グレンからの依頼
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冒険者ギルドのすり減った木製カウンターに両肘を突っ伏し、アリアは深い絶望と共に頭を抱えていた。
今更になって、己がいかに考え無しの楽天家であったかを、致死量の自己嫌悪と共に悔い改めている。
グレンの理詰めな解説を聞けば、『フェアリーレイズ』などというご都合主義の魔法薬が現実世界に存在しない事は火を見るより明らかだった。それなのに、フランシスカの静かな絶望と覚悟を目の当たりにして、同情という名の薄っぺらい正義感で、半ば勢い任せに絶対不可能な約束をしてしまったのだ。
唯一の頼みの綱は、『リバイフラワー』を調合した万能薬だった。元凶である魔力血栓症さえ治してしまえば……と、安直なシナリオを思い描いていた。
実際にその素材を求めて、過酷で知られるゼルー山脈へと単独強行を挑む覚悟も決めていたのだが。
そのゼルー山脈は、アリアの想像を遥かに超える、生態系が狂った〝絶対的難所〟である事が判明したのだ。最悪、またグレンというチート存在に頼り切るという情けない選択肢すら脳裏を過る。
しかし、そのグレンの冷徹な事実確認が、アリアを更なる絶望のどん底へと叩き落とす事になったのだ。
「────先天性魔力血栓症ですか? それは……残念ながら、リバイフラワーの薬学的効能では絶対に無理ですね」
「えっ!? どうして?」
「先天性である以上、それは外部から侵入した異物ではなく、彼女の肉体を構成する『設計図そのもの』です。つまり、単純な病原菌や毒が原因である後天性の病とは、根本的にアプローチが違うんですよ」
リバイフラワーで治せるのは、あくまで後天的に発症した病や外傷のみ。先天性の呪いや寿命など、世界の理とも言うべき〝天命〟の領域には到底抗えないという残酷な真実だった。
ならば、病そのものの完治は諦めるしかない。
その前提に立った上で、アリアは〝いちおう〟フランシスカの失われた左足について尋ねてみた。
一時的に歩かせるだけでも、何か手立てはないのかと。
「まあ、足の切断自体は病そのものによる腐食ではありませんからね。純粋な外科的『怪我』として定義するなら、高位魔法で……うーん」
と、ひどく申し訳なさそうに視線を落とし唸るグレンは、損傷部位と同じ扱いにするなら魔法で治癒できるはずだと答えた。
しかし、そのためには切断された『元の足』が残っている事。そして最低でも、切断から〝数日以内〟であることが絶対条件だという。
フランシスカが自らの足を切り落としたのは、一昨年である。
その足を腐食もしない状態で残しているはずもないし、仮にあったとしても、経過日数の観点から魔法の適用外である事は、魔法使いであるアリアなら痛いほど理解出来た。
「これはもう、フェアリーレイズを探し出すしかありませんね……」
と、カウンターの向こう側で神妙な顔をして話を聞いていたフィルネが呟いたが、実質的なタイムリミットは一ヶ月後の結婚式まで。
というか、そもそもフェアリーレイズは物理的に〝無い〟と、グレンの脳内データベースで完全に結論が出ているのだ。
「私、とんでもない余計な事しちゃった。出来ない約束で変にフランシスカさんに期待させて、一番最低な事しちゃったんだね。どうしよう……」
アリアの脳裏に、涙を堪えて深々と頭を下げたフランシスカの痛々しい姿が鮮明にフラッシュバックする。
流石のアリアも、八方塞がりで取り繕いようのない現状に、メンタルが限界を迎えようとしていた。
「あ、アリアさんは悪くないですよ。優しさ故の行動ですから……」
「いや、どうですかね。私なら絶対にそんな依頼受けませんよ。ギルド規約を無視してまで依頼主に直接会いに行くから、情に流されるんですよ。で、どうするおつもりですか?」
「ち、ちょっと。フィルネさん……、そもそもフィルネさんがフェアリーレイズの実在を真に受けて、依頼書なんて作っちゃったのも原因の一つじゃ……」
「うっ、、、それは」
痛いところを突かれたフィルネの呻き声と、必死に自分を庇おうとするグレンのやり取りを聞きながら、アリアの絶望感と自己嫌悪は雪だるま式に膨れ上がっていく。
アリアの泣きそうな様子を見ていたグレンは、急にピタリと反論をやめ、何も言わなくなった。だが、その沈黙の理由が、アリアには痛いほど伝わってくる。
グレンは、他者の逃げ場のない苦しみや悲しみを前にした時、安易な慰めの言葉を吐けない不器用な男なのだ。
どうしようもなく人の痛みに寄り添ってしまうからこそ、何も言えなくなる。
グレンのそういう底抜けの優しさを、アリアは堪らなく切なく感じる。だが、それは同情などの切なさだけではなく、ひどく純粋な〝愛しさ〟でもあるという事に、彼女はとっくに気付いていた。
「……ねえ、アリアさん」
「は、はいッ!」
グレンの端正とは言い難い顔をボーッと見つめていたアリアは、急に名前を呼ばれ、思わず裏返ったような変な返事をしてしまった。
そして、己の顔全体が沸騰したように熱くなるのを自覚する。
「え……と、とりあえず。僕に少しだけ考えがあります。もちろん、根治である病の治療は難しいのですが……」
「ほ、本当に!?」
「あまり期待はしないでください。ただ。フランシスカさんの一番の願いである『結婚式で歩く』という事なら、もしかしたら、叶えられるかもしれません」
それはつまり、車椅子ではなく、立って歩けるようになるという事だろう。
しかしアリアにもわかる。失われた足を補うのは、病を完治させる以上に魔法の理から外れた、神の領域の奇跡ではないだろうか?
だが、その物理的矛盾をグレンに論理的に問い質す気力は、今のアリアには欠片も残っていなかった。
「……私、どうすればいい?」
「一つ、依頼を受けてくれませんか? ギルドの依頼ではなく……僕個人からの依頼です」
グレン・ターナーが初めて、冒険者アリア・エルナードに対して直接頼み込んだ依頼。
それは、『魔昌石』と呼ばれる、極めて純度の高い魔力石の結晶を採取してきて欲しいというものだった。
ただ、〝それ〟はルベリオン王国の領土内では絶対に採掘できない代物だという。
魔昌石は隣国であるローン公国の東に位置する〝タタヤラ鍾乳洞〟という未開の最深部でしか採れないらしい。
隣国ローン公国までは整備された街道があるし、鍾乳洞の入り口までも比較的安全なルートが確立されているらしいが。
それでも、馬を乗り継いでも往復で十日はかかるだろう。しかし、アリアはこれまでの数々の理不尽な死線を共に越えてきた事で、誰よりもグレンという男を信用している。
彼が何とかすると言うなら、そこに必ず奇跡への道筋があるのだと。
「わかった! 私が絶対に採ってくるね!」
「すいません……僕自身が行ければ、一番早いのですが……」
と、ひどく悔しそうに言葉を濁すグレンを見て、アリアは彼が抱える制約を察した。
おそらく、一度も行ったことのない隣国の地底深くまでは、グレンの規格外な『転移魔法』でも座標指定が不可能なのだろう。かといって、先日も『王国案件』で数日ギルドを休んでいる手前。彼という社会の歯車が、これ以上長期間ルウラを空けるのは物理的に無理なのだ。
そもそも、これはアリアが勝手に受けてしまった依頼。打ち切り前提の不良債権を、グレンはソティラスとしての責任感から背負い込もうとしているのかもしれないが。
アリアにしてみれば、完全にグレンの知恵と力に頼っている立場だ。しかし、彼は自分を信用して『頼み事』をしてくれたという事実が、心の底から嬉しかった。
もはや迷う理由などない。喜んで快諾した。
そして、直ぐに旅の準備を整え、その日のうちにアリアはルウラの街を駆け出した。
死にゆくフランシスカの切実な期待と、グレンから託された無言の信頼。
そして、自らが背負い込んだ重い責任を、その背中に背負って────




