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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第一章

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帰還

血の匂いがこびりつくリーヤマウンテンを下山した矢先、グレン達は麓に布陣していたナルシー率いる第一騎士団と鉢合わせた。

 ナルシーはシラン湖の拠点が「もぬけの殻」であったこと、そしてルウラの路地裏で本物のレリックが殺害されていたという凶報を知るや否や、全速力でこの山へと馬を飛ばしてきたのだという。

 出発時に八名だった調査部隊が、半数の四名にまで削り取られている惨状に、流石のナルシーも一瞬目を見開いた。だが、彼はそれ以上何も問わず、生き残った四名の帰還をただ静かに、そして心から称えた。


 ルウラへと帰投する重苦しい道中。ナルシーは疲労の極致にある生存者たちへ、事件の顛末を問い詰めるような野暮な真似は一切しなかった。

 その徹底した配慮が、心身ともに削りきられていたグレンにとっては、何よりも有り難かった。

 (……なるほど。こういう底知れない度量と気遣いが、ナルシー・ロミリアンスという絶対的なカリスマを形作っているのか)

 彼が多くの部下に狂信的なまでに慕われている理由。それは決して〝ただ剣の腕が立つだけ〟ではないという事実を、グレンは痛感させられた。


 その後、ルウラへと帰還したグレンとアリアは、即座に解散と休息を許された。

 リーヤマウンテンの山頂で起きた悪夢のような事象の報告義務は、奇跡的に生き残った第三騎士団の無精髭の男が背負うことになったようだ。

 こうして、長く濃密で、あまりにも血生臭い波乱の『王国案件』は、ひとまずの終幕を迎えた。

 だが、グレン・ターナーという男には、まだ下ろすことの許されない重い十字架が残されている。


 翌朝。重い足取りで向かった先は、ルアンダとミラが待つ小さな家だった。


「────はい。これは間違いなく、娘が半年ほど前に、主人の誕生日に描いて贈った絵です。どこにしまったのかと探しておりましたが……ずっと、肌身離さず持ち歩いてくれていたんですね」


 汚れた紙切れを持つルアンダの手は、小刻みに、しかしいつまでも震えている。 

 その絵をリーヤマウンテンの〝遺体〟から回収してきたという事実は、訪問の冒頭で既に伝えてある。

 つまり、このボロボロの絵が彼女の手に渡ったという物理的事実が、愛する夫──ウルドルの〝確定的な死〟を宣告しているのだ。


 あの場に放置されていた全ての遺体は、人間の尊厳を徹底的に破壊された凄惨な状態で、とても遺族の目に触れさせられる代物ではなかった。

 後日、王国聖教会の神官たちだけが現地へ赴き、極秘裏に火葬と浄化の儀式を執り行う手筈となっている。

 グレンは、ルアンダにウルドルが命を落とした〝本当の理由〟を正直に告げるべきか、一晩中悩み抜いた。

 だが、サヴァロンとジャックという狂人達により「ゴブリンの生きた餌にされた」という悪魔の所業をありのままに伝えるのは、遺された家族にとってあまりにも〝酷〟すぎる。


 結局、グレンは真実の核心部分を泥で塗り固め、〝不運にも強力な魔物の群れと遭遇し、命を落とした〟という、冒険者によくある悲劇のテンプレートに留めた。

 この絵の存在自体も、最初は伏せておいた方が彼女達のためだったのではないか?

 いざこうして、悲壮な面持ちで涙を流すルアンダの姿を目の当たりにすると、やはり渡さない方が正解だったのかもしれない。

 そんな偽善的な後悔の念に駆られ始めたグレンに対し、ルアンダは深く、深く頭を下げた。


「ありがとうございます。……あの人を、私たちの元へ連れて帰ってきてくださって」


 限界を迎えた瞼から溢れ出した彼女の感情は、絵の中で微笑む勇敢な男の輪郭にポタポタと落ち、染みわたっていく。

 その涙が、どれほど複雑な絶望と感謝の狭間で流されたものなのか。それを推し量るだけで、グレンは胸が押し潰されそうになり、居たたまれなかった。


「ママ?」


 不意に、奥の部屋からミラが顔を覗かせた。

 彼女は、汚れた絵を抱きしめて泣き崩れるルアンダを不思議そうに見つめていたが、その視線が傍らに立つグレンを捉えた瞬間、幼い表情が険しい敵意へと一変した。


「ママをいじめたの!? パパを殺したくせに! かえして! わたしのパパをかえしてよぉ!」

「やめなさい、ミラ! このお兄ちゃんは何も悪いことなんてしてないのよ!」


 ルアンダが必死にミラをたしなめるが、父親を奪われたというミラの純粋な怒りはおさまらない。

 小さな拳が、グレンの足を何度も、何度も容赦なく叩きつける。極度の口下手であるグレンの脳内に、父親の死を受け入れられない幼い子供を納得させるような、気の利いた魔法の言葉など浮かぶはずもなかった。

 彼はただ、その理不尽な怒りと悲しみを全て受け止めるように、石像のようにジッと立ち尽くすことしかできなかったのだ。

 

 すると、今までグレンの半歩後ろで沈黙を守っていたアリアが、唐突にミラの前へ歩み寄り、その小さな身体をギュッと抱き締めた。


「聞いて、ミラちゃん。このお兄ちゃんが倒したのは、ミラちゃんのパパなんかじゃないの。あれは、ミラちゃんの大好きなパパを奪った、悪い悪い魔物なの。だから、このお兄ちゃんはパパの味方なんだよ。ミラちゃんのママも、お兄ちゃんに〝ありがとう〟って言っていたでしょう?」

「じゃあ……じゃあ、パパは……どこにいっちゃったの?」


 アリアは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして問いかけるミラを、さらに強く抱きしめて答えた。


「パパの姿は、もう見えないかもしれない。でもね、ミラちゃんの側にいるよ。ずっと、ずっと。これからもずっと、側にいて見守ってくれているんだよ」


 アリアの紡いだ優しい嘘の意味が、幼い頭で完全に理解できたのかはわからない。だが、ミラは堰を切ったように、アリアの胸の中で大声を上げて号泣し始めた。

 アリアは、そんなミラの背中を優しく撫でながら、彼女が泣き疲れるまで決して腕を離そうとはしなかった……。


 それから程なくして、ミラは泣きつかれて深い眠りに落ちた。

 「本当に、ありがとうございました」と何度も頭を下げるルアンダに見送られ、グレンとアリアは逃げるようにその小さな家を後にした。

 既に喧騒が始まっているギルドへと向かう道すがら。

 グレンは、珍しく自分から自然とアリアに話し掛けていた。


「アリアさんは……凄いですね。僕はあの子に、何て声を掛ければいいのか全く分かりませんでした」

「そう? ふふっ、まあ、グレンくんはお喋りするのが極端に苦手だもんね」


 そう言って、アリアは空気を和ませるようにクスクスと笑う。

 まったくその通りだ。自分のコミュ障っぷりが、これほど呪わしく、情けなく思えた日はなかった。

 次いで、アリアは歩きながら一つの核心めいた疑問を口にした。


「ねえ。どうして街を襲ったあの強化ゴブリンは、ミラちゃんが作ったペンダントを首から下げていたのかな? ……ウルドルさんの血肉を食べたから、その血がそうさせた……とか?」


 それは、グレンの論理的思考でも全く解明できていない不可解な謎だった。

 冒険者の階級プレートを一つの証明として誇示させるのは、あの狂人ジャックの悪趣味だとして理解できる。だが、ただの手作りのペンダントまでゴブリンに装備させる理由が、どこにも見当たらないのだから。

 それこそ、アリアが言うように。

 ウルドルの血肉を貪り食ったことで、強化ゴブリンの脳神経に何らかのイレギュラーな記憶の混濁が起き、無意識のうちに家族の元へ帰ろうとした……とでもいうのだろうか。


 いや、流石にそんなオカルトじみた事象がありえるのか?

 グレンは、心霊現象の類を頭ごなしに否定するようなガチガチの現実主義者ではない。

 だが、狂信者ジャックが死に絶え、ゴブリンも灰となった今となっては。その真実の答えは、永遠に闇の中へと葬り去られてしまったのだ────


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