帰還
リーヤマウンテンを下りると、グレン達は麓の辺りでナルシー含む第一騎士団と鉢合わせた。
ナルシーはシラン湖の調査後、ルウラで本物のレリックが殺されていた事を知り、急いでリーヤマウンテンに向かっていたのだ。
八名だったリーヤマウンテンの調査部隊が、半分にまで減っている事に驚いてはいたが。
生き残った四人を心からナルシーは称えた。
ルウラへと戻る道中も、疲労しきった者達に何かを聞いてくる事は一切なく。
その配慮が、心身ともに疲れきっていたグレンには有り難かった。
こういう一面がナルシー・ロミリアンスというカリスマを作っており、多くの部下に慕われている理由でもある。
彼は〝ただ強いだけ〟の人間ではないのだ、とグレンは実感させられるのだ。
その後ルウラへと戻ったグレンと、アリアは直ぐに解散を許された。
リーヤマウンテンでの報告に関しては、騎士で唯一生き残った無精髭の男が全て受け持つ事になった。
こうして長く濃い、波乱の王国案件はとりあえず終了となったが。
まだグレンにはやる事があり。
翌朝、グレンとアリアの二人はルアンダの家にいた。
「────はい。これは確かに、娘が半年ほど前に夫に描いた絵です。どこにしまったのかと思ってましたが、持ち歩いていたんですね……」
絵を持つルアンダの手は小さく震えている。
その絵が、リーヤマウンテンにあった遺体から回収してきた事は、最初に伝えていた。
つまり、そのボロボロの絵は彼女の夫──ウルドルの〝死〟が正式に認められた事を意味している。
あの場にあった全ての遺体は酷い状態で、とても見せられるものではなく。
後日現地にて、王国聖教会の者達だけで密かに火葬する予定となっている。
グレンは、ルアンダにはウルドルが亡くなった原因を正直に告げるべきか? とも思ったが、やはり全てを伝えるのはあまりに〝酷〟だ。
悪魔の所業ともいうべき真実を隠し、〝たまたま出会したゴブリンによって命奪われた〟という範囲に留めた。
この絵も最初は無かった事にした方が良いかと悩んだ一つだが、いざこうして悲壮感漂うルアンダの姿を見てると。
やはり渡さない方が良かった。
そう後悔し始めたグレンに、ルアンダが頭を下げる。
「ありがとう。あの人を連れて帰ってくれて……」
瞼から溢れ出した彼女の感情は、絵の中の勇敢な男にポタポタと染みわたっていく。
その涙が、どれほど複雑な感情の元に流されたものなのかを考えるとグレンは居たたまれなかった。
「ママ?」
ふいに奥の部屋からミラが現れた。
彼女は絵を抱えて涙するルアンダを不思議そうに見ていたが、グレンを見てその表情は一変した。
「ママをいじめたの? パパも殺したくせに! かえして、パパをかえして」
「やめなさい、ミラ。このお兄ちゃんは何もしてないのよ」
ルアンダがミラに言い聞かせるも、ミラの気持ちはおさまらないようで。
小さな拳はグレンの足を何度も叩く。
口下手なグレンが、まだ幼い子供に上手く説明出来る言葉が浮かぶはずはなかった。
ただただ、その怒りを受け入れるようにジッとしていたのだ。
すると、今までグレンの横で聞いていただけのアリアが急にミラに近付き。
そして、彼女をギュッと抱き締めた。
「このお兄ちゃんが倒したのはミラちゃんのパパじゃない。あれは、ミラちゃんのパパをミラちゃんから奪った悪い魔物なの。だから、このお兄ちゃんはパパの味方なんだよ? ミラちゃんのママは、お兄ちゃんに〝ありがとう〟って言ってたんだよ」
「じゃあ、パパは……どこにいったの?」
アリアは、泣きながら質問してくるミラに答えた。
「パパの姿はもう見えないけれど、ミラちゃんの側にいるよ。ずっと、ずっと。ずっと側にいるんだよ」
アリアの言葉の意味が伝わったのかはわからないが、ミラは堰を切ったように号泣した。
アリアは、そんなミラを優しく抱き締めたまま暫く離さなかった……
程なくしてミラは泣きつかれて眠った。
そして、何度も頭を下げるルアンダに見送られながら、グレンとアリアはその家を出た。
そして、既に営業が始まっているギルドへと向かう道中。
グレンは自然とアリアに話し掛けていた。
「アリアさんは凄いですね。僕は何も言えませんでした……」
「そう? まあ、グレンくんは喋るの苦手だもんね」
そう言ってアリアはクスクスと笑う。
まったくその通りだと、心底グレンは自分が情けなくなる。
次いでアリアは一つの疑問を口にした。
「どうして街を襲った強化ゴブリンは、ミラちゃんのペンダントをしてたのかな? ウルドルさんの血がそうさせた……とか?」
それはグレンも不思議に思っていた。
階級プレートはまだしも、ペンダントまでゴブリンに付ける意味は何もないのだ。
それこそ、アリアが言うように。
ウルドルの血肉を食べた事で、ゴブリンに若干のイレギュラーが起き、無意識に家族の元に帰ろうとしたのかもしれない。
いや。そんな事がありえるのか?
グレンは、別に心霊的な事に否定的なわけではない。
だが、今となっては誰にもその答えはわからないのだ────




