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朽ち果てし者達



 ────どれくらいの時が過ぎただろう。


 気が付くと、齢四十を過ぎたくらいの女性が様子を伺うようにグレンの顔を覗き込んでいた。

 頭には大きめの頭巾、そして修道服。


「気が付いた? もう、丸二日も眠ってたけど。シラル村で倒れてたの覚えてる?」


 そのシスターらしき女性の言葉を聞いて、ふいにグレンは〝この先の言葉を知っている〟と感じた。

 そして、その通りに彼女は言う。


「あなたを助けて、ここまで連れてきたのは〝この子〟だから。ちゃんとお礼を言うのよ」


 そう微笑んで女性は、自分の隣にいる六歳くらいの赤毛の小さな女の子を紹介した。

 それはまるでデジャブだった。


 グレンは、このやり取りを覚えている。

 すぐにわかった。これは頭の中に僅かに残っている幼い頃の自分の記憶そのものだと。


 ここは、懐かしい中央大陸の故郷『シラル村』から数キロ離れた場所にひっそりと建つ、小さな教会の中の小さな部屋に置かれたベットの上。


 女性は静かに部屋を出て行き、残された赤毛の女の子がグレンに話しかけた。


「風がね。わたしをあなたの所につれていったの」

「か、風が……キミを?」

「そう。あなたはすんごいケガだったんだよ。よくがんばったね」


 明るく優しい笑顔でグレンの頭を撫でる女の子から、幼いグレンは恥ずかしげに視線を外して尋ねる。


「ありがとう。えっと……き、キミは?」

「わたし? わたしは────」


 そして辺りは目映い光に包まれた。

 女の子が名前を言ったようだが、グレンの耳にその声は聞こえなかった。

 やがて心地よい眠気に瞼が重くなっていった。


 あの女の子の名前……なんだっけ?

 そんな事を考えていると、グレンの顔にポタリと雫が落ちた。

 それは降り始めの雨のように。

 一つ。また一つと落ちてきて、その雫の感覚にグレンは再び目を開く。


「────おお、彼の意識が回復したぞ!」


 目を開けると固い地べたに横たわっていた。

 今度は修道服の女性ではなく、瞼に涙を滲ませたアリアがグレンの顔を覗き込んでいた。


 その隣にいるのは幼い女の子──などではなく。無精髭を生やした王国の騎士だ。

 どうなってる? グレンは頭が朦朧としていた。


 必死で何があったか思い出そうとするグレンに、アリアが涙を拭いながら話し掛けた。


「グレンくん、本当に良かった。ゴブリンに刺されて動かなくなった時は、本当に死んじゃったと思ったんだから……」


 それを聞いて、ようやく思い出したグレンは反射的に腰の剣に手を掛け勢いよく立ち上がっていた。

 だが。プレートを三つも付けたゴブリンは、少し離れた所で全身を焼き切られたような酷い状態で倒れているのだ。


 唖然とするグレンの側を、背中を刺されたはずのネジイがトコトコと普通に歩いていた。

 それはそれでグレンは驚きを隠せない。


 彼は重症だった。

 それが、こんなに早く歩けるものか? とグレンは自分の目を疑ったが。考えてみれば、アリアの回復魔法があれば不可能ではないのだ。

 それでも驚異的な回復力だとは思うが。


「あのゴブリンを倒したのは、ネジイさんですか?」


 グレンは何の疑いもなく聞いた。

 彼ならばあり得なくもないと思ったからだ。

 しかし、ネジイは首を横に振り「俺、何もしていない」と答える。


「じゃあ、誰が……」と、グレンは無精髭の騎士とアリアを交互に見たが。どちらも否定する。

 誰でもないとはどういう事? と、混乱したが、そこでグレンはもう一つ大事な事を思い出した。


「そうだ。ジャックは!?」

「彼なら、あそこに……」


 アリアが指差した所には、ゴブリン以上に酷い状態で息絶えているジャックの姿があった。

 だが、それについても誰もわからないという。


 騎士の男の証言では、グレンがゴブリンに刺された後。突然、目を開けていられない程の激しい光が起きて何も見えなくなったという。


 そして次に目を開けた時には、全てが終わっていたらしいのだ。まったく釈然としないが、今は考えてもムダだと思い。

 グレンは、質問を変える。


「建物の中は。もう見たんですか?」 

「オレは、もう見た……」


 そう答えたのはネジイだった。

 しかし、彼は直ぐに言う。


「自分達でも見てみるといい」


 ネジイの意見をきっかけにグレン達は、建物の扉を開いた。そこは掃き溜めだった。

 いや。正確にはジャックが言ってたゴブリンを使役する為の場所である。


 ゴブリンを拘束していたであろう器具があり、Aランク以下の階級プレートは、まとめて捨ててあった。

 他には防具類。

 そして────、十名以上の朽ち果てた遺体である。


 遺体は形を留めていないものから、比較的最近のものまで様々だが、どの遺体にも所々あるべきものがないのだ。


 腕が無かったり、脚が無かったり。

 とにかく酷い状態であり、概ねジャックの〝お喋り〟が真実であった事を証明している。

 

 そんな中。遺体の一つから一枚の紙が出てきた。

 それは幾重にも折り畳まれ、それでも遺体のポケットからはみ出ていたのだ。


 何か手掛かりになるかも? と、グレンはポケットから抜き取ったボロボロの紙を広げてみた。

 そこには、大きな魔物を相手に斧を持って戦う一人の勇敢な男の絵が描かれていた。


 男の絵の横には拙い文字で〝パパ〟と書かれている。

 グレンはその紙を再び丁寧に折り畳むと、ルウラに持ち帰る事を決めた────


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