責任者のミス
洞窟内の三体の遺体は、腐敗の進行度に違いはあれど、いずれも冒険者が身に付けるような簡素な普段着を纏っているようだった。
そして不気味なことに、周囲の地面には無骨な鎧や兜などの防具類が、まるで脱ぎ捨てられたように無造作に散乱している。
防具を外して休息を取っていたのか?そこを強化ゴブリンに急襲されたのか? ナルシーの明晰な頭脳が仮説を組み立てる。
だが、その推論にしては致命的な矛盾がある。三体の死亡推定時刻に、明らかな「バラつき」を感じるのだ。一度の襲撃で全滅したにしては不自然すぎる。まるで死体を〝集めてきた〟かのようだ。
思考の海を泳いでも、確実な答えは浮上してこない。
ただ、装備の質からして全員が冒険者の遺体である可能性は極めて高いが、決定的な身元証明となる階級プレートも、身を守るはずの武器も、この空間には一切存在しない。
やはり、街を襲ったあの強化ゴブリンが『戦利品』として身に付けていたと考えれば辻褄は合う。
だが結局のところ、最大の謎である『何故、矮小なゴブリンが冒険者の装備を奪い、装備するなどという知能を獲得したのか?』という深淵に行き着いてしまうのだ。
「ううん。……やはり、野生のゴブリンが自発的にあんな真似をしているとは、到底思えんな」
「団長。自分は数名を引き連れて、周辺の森を再捜索して参ります」
「ああ、気を付けろ。ゴブリンは基本的に群れるからな。まだ、他にいる可能性は十分にあるぞ」
騎士が鋭く敬礼し、洞窟を飛び出していく。ナルシーは重苦しい空気が滞留する空間に残り、もう少し緻密に調べる事にした。
隠し扉や何らかの手掛かりはないかと、小一時間ほど洞穴の壁を叩き、遺体が纏う衣服の縫い目に至るまで徹底的に検分した。
しかし、成果はゼロだった。
結局、彼を嘲笑うかのように何も見つからない。
仕方なく、腐臭の立ち込める暗闇から外へ出たナルシーは、周辺を捜索していた部下たちと合流したが、外でも毛玉一つの手掛かりすら得られなかったようだ。
一瞬とはいえ、ここが『本命』の拠点だと確信した己の戦術眼が外れたことに、ナルシーは深い落胆を覚えていた。
「もぬけの殻……か」
「となると、やはりリーヤマウンテンの方に『何か』があるのでしょうか?」
「そうだな。既に拠点を移動したか、あるいは我々の動きを察知して、尻尾を巻いて逃げられたか……。長居は無用だ、急ぎルウラへ帰還する」
このシラン湖にはもはや何の価値もないと見切りをつけたナルシーだが、思考の天秤が傾くと同時に、別動隊であるリーヤマウンテンの調査部隊への懸念が不穏な雲のように湧き上がってくる。
シラン湖の徒労から得られた唯一の確固たる情報と言えば。強化ゴブリンが装備していた武器や階級プレートは、間違いなく『冒険者を殺して剥ぎ取った物』である、という事実くらいだろう。
それは逆に言えば、敵は明確な意思を持って〝冒険者を狩っている〟という証明でもある。
──しかし、一体何の為に?
ナルシーは愛馬を全速力で駆りながら脳細胞をフル回転させるが、残念ながらその狂気のパズルが解けることはないまま、ルウラの城門へと舞い戻ってきてしまった。
最初にルウラを出発してから、まだ四日と経っていない。
流石にグレン達を率いる部隊がリーヤマウンテンから帰還しているはずもないが、ナルシーは過去にシラン湖関連の依頼を受領した冒険者を洗い出す為、その足で冒険者ギルドへ向かう事にした。
喧騒に包まれるギルドのカウンターへ直行すると、数日前、強引に王国案件を受理させた時の肝の据わった少女──フィルネが、王国の一般兵と何やら揉めるように話し込んでいる。
「失礼。どうかしたのかね?」
「こ、これは騎士団長閣下! 実は、先日市内で発生した殺人事件について、ギルド側へ情報開示の要請を行っておりまして」
慌てて直立不動になる兵士を見て、ナルシーは小さく小首を傾げた。
先日の殺人事件? と記憶の糸を手繰り、ナルシーの脳裏に浮かんだのは、シラン湖へ出発する直前に街通りで騒がれていたあの一件だ。
「路地裏で冒険者が殺された……とかいう、アレか?」
「はい。ですが未だに犯人の手掛かりすら掴めておらず……」
「では、今更何の情報開示を求めているのだ?」
「被害者の身元は捜査で判明いたしましたので、その者の交友関係や過去の依頼履歴を知りたかったのです」
ナルシーと兵士のやり取りを黙って聞いていたフィルネが、会話の隙間に滑り込むようにして、極めて事務的な声で兵士に答えた。
「王国からの正式な要請であれば、当然情報開示には応じますよ。それで、その被害者のお名前は?」
「えっと、レリック・アルスタイン。黒髪の長髪で、年齢は……」
「ああ、その方ならよく存じております。最近、大掛かりな『王国案件』を受領された方ですから」
兵士の報告が完結するより早く、フィルネが被せ気味に答える。同時に、フィルネからナルシーへ向けて、射抜くような意味深な視線が送られた。
その視線の意図を測りかねたナルシーだったが、直後に『レリック・アルスタイン』という名前に思い至り、フィルネの視線の意図を読みといた。
なるほど、それは自らが依頼したものだ。
そして、他でもない。レリックという男は今まさに、リーヤマウンテンの調査部隊に参加しているSランク冒険者であり、出発の朝、ヘラヘラと笑いながら集合時間に遅刻してきた、あの非常識な男の事に違いない。
「そうか。あの男か。……で、あの男がどうしたというのだ?」
「団長閣下、彼をご存知なのですか? その男性が、今回の殺人事件の『被害者』だというお話ですが」
「なに?」
ナルシーの明晰な頭脳が、兵士の言葉を処理するのに数秒のタイムラグを要した。
何故なら、レリックという男は、たった四日前に自分の目の前でリーヤマウンテンへ向けて出立している。
路地裏で死んでいた……などという物理的矛盾は、あり得なかった。
「キミは、何を言っている。ちなみに、レリックは黒髪の長髪ではなく、金髪のパーマ男だと思うが?」
「……いえ。被害者は、黒髪の長髪です」
「黒髪? ……ならば、僕が知っている男とは別人………」
言いかけて、ナルシーは息を呑む。
自分が見送ったあの『レリック』は、別人だったというのか?
それはつまり、リーヤマウンテンの調査部隊に同行しているのは、本物のレリックを殺害して身分証を奪い、堂々と彼に成り代わった〝偽物のレリック〟である可能性が極めて高いということだった。
ナルシーは、己が犯したあり得ないほど初歩的なミスに気付き、ギリッと血が滲むほど唇を噛み締めた。
ナルシーは、グレンとアリア以外の他の冒険者の身元を書類でしか確認せず、手っ取り早く「城門前での現地集合」にしてしまったのだ。
本来、国家の最高機密に触れる特別任務に部外者である冒険者を参加させる場合、依頼したギルド側が責任を持って身元確認を行った上で、最終的には騎士団長であるナルシー本人が面接をして承認する必要があった。
しかし今回は、ナルシー自身が直接ギルドの窓口へ依頼をねじ込んだイレギュラーだった事と、急ぎの案件だった為、面倒な身元確認作業を『書類上の名前チェック』だけで済ませてしまっていた。
これは、他ならぬ騎士団の責任者──ナルシーの怠慢が生んだ致命的なミスだ。
こうなると、偽物のレリックがわざわざ本物を殺害してまで討伐隊に潜り込んだ理由など、容易く想像がつく。
リーヤマウンテンには、王国に調査に来られては決定的に困る『何か』が隠されている。そして、その核心への到達を内側から阻止する為に、今回の調査部隊に紛れ込んだのだと────




