鋼のフィルネ
ゴブリンがルウラを襲った日から二日が経つ。
ベーチャへの聞き込みは王国が行うとし、グレンとアリアには後程その結果を伝えるとナルシーは言っていたが、あれから特に何も言ってこない。
そして、あの日から新規依頼は〝護衛〟の依頼が多いのだ。
あんな事があれば当然かもしれないが、魔物なんて出た事のない街外れの川に行くにも、護衛を求める者がいるほどだ。
ただ、護衛とは言え距離が遠くないケースが多いので依頼は飛ぶように売れていた。
そのせいでルウラ支店は忙しく、現在グレンはフィルネの受付業務を手伝わされていた。
とはいえ、基本的に人と話すのはフィルネで、グレンは依頼書に受諾を記載して棚に入れるといった簡単な作業だ。
ピークを過ぎ、店内も落ち着きだした頃。
交代で休憩しようと先ずはグレンが、カウンターに立つフィルネの後ろで休憩に入った。
暫くしてカウンターにひょっこりナルシーが現れ、フィルネに「王国案件を依頼したい」と告げたのだ。
ナルシーがここに来たのは、ほぼ間違いなく〝王国案件の依頼〟は二の次で、自分に用事があるのだろうとグレンには察しがついていたのだが。
とりあえずは休憩を優先させる事にする。
ペンを取り出して「はい、伺います。どのような内容ですか?」と答えるフィルネに、ナルシーが伝えたのはゴブリンに関するものだった。
依頼内容は〝騎士団と共にリーヤマウンテンへ強化ゴブリンの調査〟である。
ただ、グレンはその話を聞いていて、募集条件に驚いた。
それは、Aランク以上の冒険者〝四名〟というものだ。
複数募集はよくある事だが、王国案件で騎士団の仕事にも関わらず、そこに部外者を四人加えるパターンは珍しい。
だが、さらにナルシーは言う。
「その冒険者の一人として、アリア・エルナードを加えてほしい」
「指名……ですか?」
「ああ。彼女以外の残り三名をAランク以上で募集してくれ。報酬は一人大金貨一枚。最低一週間は帰れない事も前提に」
フィルネは少し驚きながら「なるほど」と、ペンを走らせる。
その途中で、思い出したように然り気無くナルシーは付け加えた。
「ああ、そうだ。グレン・ターナーの同行も頼む」
────なに? とグレンは驚いて立ち上がった。一方でフィルネは、突然コトンとペンを置いた。
「別に王国の兵士様がアリア様を指名しようが、ナンパしようが構いませんが。グレンくん……いや、彼はギルドの従業員ですし、一週間も連れ歩かれては困ります」
突然、謎の反論を始めるフィルネ。
ナルシーは、急にそこに現れたグレンを見ながら「いや。彼の力は必要なのだ……」と冷静に言葉を返すが、その表情は少し険しい。
しかしフィルネは引かない。
ナルシーを怪しむように見つめながら問いかけた。
「失礼ですが、従業員を危険にさらす王国案件がある事に驚いております。本当にお国の方ですか?」
畳み掛けるフィルネを見て、グレンは呆気にとられた。おそらく彼女は騎士団長を知らないのだろう。
これは問題だ……と思い、グレンはフィルネに耳打ちする。
「フ、フィルネ。この人は騎士団の人だよ」
「はぁ? それならなおさらよ。騎士団だからってなんでもかんでも…………」
「いや、騎士団っても。騎士団長だよ。ナルシー・ロミリアンス様だよ」
不満を露にしていたフィルネが「ふぇ?」と急に変な声を出し、その顔は一瞬で青ざめていく。
どうやら凄い人に、酷い態度を取っていた事を理解したようだ。
だが、ナルシー本人は全く気にしていないようで「まあ、僕にもそれなりに理由があるのだよ」と笑顔でフィルネに答えた。
フィルネは途端に姿勢を正す。
そこに、さっきの強気な様子など微塵もない。ゴホンっと咳払いを一つして「なるほどぉ」とナルシーに精一杯の笑顔で頷く。
「わかりました、失礼しました。彼の同行ですね! はい承りました」
と、勝手に本人の承諾もなく快諾していた。
半ば呆れてため息を吐くグレンだったが、それで終わらず突然フィルネはナルシーに謎の提案を始めたのだ。
「それでは、私も同行しましょうか?」
「同行? キミは戦えるのか?」
「いえ。戦えません」
ハキハキ答えるフィルネに、さすがのナルシーも少し驚いた表情を見せる。
ハハハハと、乾いた笑いを浮かべるフィルネを見て、ナルシーは興味深そうに質問した。
「では。キミは何が出来るんだい?」
「えーと、何も出来ません。じゃあ私なんて必要ありませんよねぇ?」
「まあ。必要ではないな」
「ですよね、そうですよね、わかりました。ではこれで依頼書をお作りすればよろしいですか?」
「あ、ああ。それで頼むよ」
ナルシーが若干戸惑う姿を目の当たりにしたグレンは、フィルネの謎に強いメンタルに感心していた。
その後ナルシーは、冒険者が集まったら連絡してくれと言い残し詳しい話もせずギルドを出ていった。
入れ替わるようにアリアがギルドにやってきて、彼女に依頼書を見せて説明した所。
二つ返事でオッケーとの事だったので、ちょっと珍しい〝王国案件〟は直ぐに掲示板に貼り出された。
その後、その依頼だが。条件も良く、騎士団との合同はなかなか出来ない経験なので一日を待たず必要人数は揃い。
ナルシーに伝えた所、翌日の昼。
リーヤマウンテンへの出発が決まった────




