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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第一章

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ゴブリンを庇う少女

アリアの放った少女を庇う光の盾は、死の恐怖に急き立てられて紡いだ未熟な術式だ。

 緑色の悪夢が振り下ろした斧の一撃で、ビキンッという硬質な悲鳴と共に、不可視の空間に致命的な亀裂が走る。

 その桁違いの破壊力に、アリアの足は再び恐怖という泥沼に引きづりこまれそうになった。だが、もはや退路はない。

 光の盾が粉砕されるコンマ一秒前、アリアの短剣がゴブリンの醜悪な目元を一閃した。


 グオォォォッ! と痛みに仰け反るゴブリン。だが、それは異常個体の名に違わず、即座に態勢を立て直してアリアの胴体を目掛け、暴風のような斧を横薙ぎに放ってきた。

 アリアの基本スタンスは後衛の魔法使いだが、白兵戦の素養がゼロというわけではない。

 華奢な短剣の腹で、丸太のような腕から繰り出される重斬撃を辛うじて受け流す。重量武器の扱いは絶望的だが、取り回しの軽い短剣であれば『盾』として運用できる。


ベイナント渓谷での凄惨な敗北以降、彼女は己の慢心を恥じ、不測の事態に備えて常にこの短剣を肌身離さず帯びるようにしていた。

 だが、現実は机上の戦術を容易く蹂躙する。

 短剣の軌道で受け流したところで、神速で死角に回り込むゴブリンの連撃は、次々と新たな角度からアリアを蹂躙しようとする。

 二度、三度と刃を打ち合わせるたび、斧の圧倒的な質量がアリアの腕の神経を焼き切りそうなほどにビリビリと痺れさせる。握力はみるみるうちに奪われ、やがて限界を迎えた彼女の白魚のような手から、命綱である短剣が無残に滑り落ちた。


 ──終わった。


 無防備となった肉体。死の訪れを覚悟し、アリアが強く目を閉じた、その瞬間。

 振り下ろされるはずの斧は、何故かゴブリンの右腕ごと空高く舞い上がった。直後、ゴブリンの分厚い胸板が、何の前触れもなく横一文字に両断される。

 緑色の巨体は、まるで糸の切れた操り人形のように吹き飛び、石畳にドシャッと音を立てて沈黙した。


 一瞬の二連撃。死神を屠ったのは、黄金の髪をなびかせる王国騎士団長、ナルシー・ロミリアンスの剣閃だった。

 アリアとて、時間を稼げばいずれ騎士団が到着するとは計算していた。だが、まさかこれほど早く、それも王都最強の剣士が直接介入してくる事は想定外だった。


「おお、こんな地獄絵図でよく動けている者がいると思ったら。アリアくんじゃないか。よくぞ耐え抜いたね」

「あ、ありがとうございます……」


 極度の緊張の糸が切れ、アリアは膝から崩れ落ちた。

 だが、安堵に浸っている暇はない。あの女の子は無事か?視線を向けると、少女は血溜まりの中で倒れ伏す女性の体を揺さぶり、「ママ、ママ」と泣き叫んでいる。やはりあの女性は、見ず知らずの他人のために飛び込んだのではなく、我が子を守るための特攻だった。

 子のために命を投げ出せる親の覚悟。物心つく前から孤児として育ったアリアにとって、その血の繋がりの重さは胸が痛くなるほどに眩しく、羨ましく感じられた。


 よく見れば、女性の肩口を砕いた斧の一撃は、辛うじて即死の急所を逸れている。出血は致死量に近いが、まだ魂は肉体に繋ぎ止められている。

 少しだけ冷静さを取り戻したアリアは、周囲の惨状を見渡した。絶命した冒険者たちに混じり、まだ微かに息のある者も少なからずいる。

 彼らを救えるのは自分しかいない。アリアは静かに目を閉じ、胸の前で両手を組む。そして、己の生命力すらも削り出すような、限界突破の魔力を込めて詠唱を開始した。


「光の精霊よ、慈悲の光を我が魂に宿し、愛する者達へ立ち上がる力を────レジス・モドオル・ヒーリング」


 詠唱の完成と共に、アリアが両手を天高く掲げる。

 その瞬間、彼女の身体を起点として、物理的な質量すら伴いそうなほどの圧倒的な光の奔流が、天を衝く噴水のように吹き上がった。そして、半径百メートルを超える広大な市街地へと祝福の雨となって降り注いだ。

 肉体という器が完全に破壊された死者は、神の領域でなければ蘇らない。だが、周囲で呻き声を上げていた負傷者たちの傷口は、目に見える速度で塞がり、少女の母親の致命的な出血も完全に止血された。

 

 一方で、奇跡を体現したような光の美しさに、生き残った者たちは言葉を失っていた。

 あのナルシーでさえ、口を半開きにして降り注ぐ光の粒子に魅入られている。それもそのはずだ。光属性の最上位回復魔法〝グレイテストヒール〟を、これほどの広範囲に展開させる術者など、この国には存在しなかった。

 王国聖教会の司祭ですら不可能なその御業は、皮肉にも彼女の二つ名である『聖女』──世界に二人しか存在しないという本物の奇跡の代行者に匹敵するものだったのだ。


 その〝光のショー〟が収束すると、ナルシーは「さてと……」と、解剖研究の検体としてゴブリンの死体を回収すべく歩み寄った。

 だが、その優雅な足取りは、突如としてピタリと停止する。

 ナルシーと巨大な死体の間に、何故か先程まで泣きじゃくっていた小さな女の子が、両手を一杯に広げて立ちはだかっていたのだ。


「ダメだよ! 殺さないで!」


 狂気の沙汰としか思えない少女の叫びに、アリアもナルシーも絶句する。

 何を言い出しているの? アリアは混乱の極みの中で、改めてゴブリンの死体を凝視した。

 先程の死闘では気付く余裕もなかったが、その醜悪な緑色の首には、小さなトップのついた見慣れぬネックレスが下がっている。

 そして、もう一つ。

 くすんだ銀色の、冒険者の『階級プレート』が。


 アリアの脳裏に、ベイナント渓谷での不可解な記憶がフラッシュバックする。

 あの時、グレンがゴブリンの首を刎ねた後、何故かその足元に階級プレートが転がっていたのだ。当時は、依頼を放棄して逃亡した冒険者が落としたものだろうと、深く考えもしなかった。ギルドで再発行可能な鉄切れなど、落ちていても不思議ではない。

 だが、もし。それが最初から『ゴブリンの首に掛けられていて』、グレンが斬首した物理的衝撃によって外れ落ちたのだとしたら?


 背筋が凍りつくような仮説に辿り着いた、まさにその時。

 絶命したはずのゴブリンの巨体が、糸で引かれたようにヌルリと立ち上がり、少女の無防備な背後で血塗れの斧を高く振りかぶった。

 アリアの光魔法は、生命力を活性化させるが『邪悪』を浄化する事もないが、癒す事もない。つまり、ナルシーの神速の連撃を受けてなお、その異常個体は絶命していなかったのだ。


 ナルシーもそれに気付き、顔色を変えて踏み込もうとするが、物理的な距離が絶望的に足りない。

 二人の声にならない絶叫より早く、無慈悲な刃が、自らを庇ってくれたはずの少女へ向けて振り下ろされる────

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