荒れ狂う冒険者
◇◇◇◇◇
「なあ、もうやめようぜ。みっともねえよ」
「そうです。静かにしていれば、そのうち噂も落ち着くでしょう。これ以上暴れたら、余計に立場を悪くするだけですよ」
ルウラの酒場。濁ったエールと喧騒の中、さも悟りきったような台詞を吐く仲間達に、レオンの苛立ちは沸点を迎えようとしていた。
一人は大盾持ちの巨漢、バズ。もう一人は回復担当の神官、ベッツ。
二人とも、八年前に『ヴァルハラ』を結成する前からの幼馴染であり、レオンがリーダーとなった今でも対等な関係だったはずの男たちだ。
最近、些細なことで噛みつくレオンを見かねて「今日はゆっくり飲もう」と慰め顔で誘ってきた彼らだが、今のレオンにはその気遣いすらも「墜ちた英雄への憐み」にしか聞こえなかった。
「うるせえ!全部あの女が悪いんだろうが! あいつが俺を疑ったせいで王国騎士まで動き出して、しかも手柄だけ独り占めだぞ!」
「いや、でも聖女に良い格好したくて『手伝う』って言い出したのは俺達だしな」
「そうですね。それに彼女もあの状況なら疑っても仕方ないでしょう。今は疑いも晴れたんですから」
何故、こいつらはそんなに冷静でいられるのだ?
全てはアリアの為だった。女一人で荷車を運ばせるのは可哀想だと協力したわけで、結果的に盗賊団に襲撃された時も、レオン達はとても戦える状態ではなかった。直ぐにルウラへ戻り援軍を要請した。
だが結果はどうだ。盗賊に協力したという疑いは晴れ、アリア本人が大勢の前で謝罪してきたにもかかわらず、周囲は「アリアちゃんが謝る事ない」「逃げたこいつらが悪い」とレオン達を糾弾したのだ。
そもそも、アリアとグレンがあの人数を拘束できたなら。本来、ヴァルハラとアリアがベーチャを討ち取っていたはずなのだ。
それがたまたま漁夫の利を得た『ゴミ箱』従業員が称賛され、レオン達が評価を下げる始末なのだから。屈辱以外の何物でもなかった。
「いや。許さねえ……。そもそも全ては俺たちを騙したサヴァロンが悪いんだろ!そうだ、あの女の口から大勢の前で『ヴァルハラは何も悪くない』って言わせようっ!」
レオン的には起死回生の提案だったが、二人はひどく表情を濁した。
「いや……さすがにそれはダサいだろ」とバズ。
「そうですよレオン。そんなの、ただの逆恨みじゃないですか」とベッツは言う。
そのタメ息混じりの言葉は、レオンの心臓を冷水で満たした。
「お前ら……俺より女の肩を持つのか? そうやって物分かりのいい大人ぶって、良い格好してるつもりか!」
「いや、少し頭を冷やしてください。……暫く、ヴァルハラは解散しましょう」
「そうだな。俺もそれがいいと思うぜ。一人で頭を冷やせ、レオン」
二人はひどく残念そうな目でレオンを見ると、代金を置いて酒場を出て行った。
──なんでこうなる!
激しい憤りと裏切られた絶望。ふと周囲を見渡すと、酒場の客たちが自分を哀れむように見ている気がした。ときおり聞こえる笑い声も、全てが「ざまぁみろ」という嘲笑に変換されて脳内を反響する。
レオンはバンッ! とテーブルを激しく叩き付けると、逃げるように店を飛び出した。
「くそっ!あいつらなんか居なくたって、俺一人でもやっていける!ヴァルハラなんて解散で上等だ!」
強がりの鎧に身を纏い、隣にある冒険者ギルドへ踏み込む。
掲示板から適当な討伐依頼書を乱暴にむしり取ると、相変わらず空気のように突っ立っている〝ゴミ箱〟ことグレンと目が合った。
「なんだ、何見てんだよゴミ箱」
「い、いえ。何も……見て、ませんよ」
周囲の冒険者が「またか」と嫌悪の目をレオンに向ける。湧き上がる怒りをグッと抑え、舌打ちをその場に残し、カウンターへ向かった。
受付の女性従業員に依頼書を叩きつける。彼女のオドオドとした態度すら、自分を馬鹿にしているように思えた。急かすようにカウンターを人差し指でトントンと叩く。その態度に焦ったのか彼女は、ウッカリ依頼書を床に落としてしまう。
プツン、と。レオンの中で何かが切れた。
「テメェ! 俺には依頼すら受けさせねーのかよ!」
理不尽に吠え狂うレオン。その彼に向かって、横から冷ややかな声が突き刺さった。
「レオン様。……いい加減にしてください」
現れたのはフィルネだった。普段から自分の受付を優先してくれていた彼女の顔に、いつもの笑みはなく、ただ冷徹な軽蔑だけが張り付いていた。
自分に靡いていたはずの女にまで見下された。その絶対的な否定に、レオンはもはや自分を制御できなかった。
「……ッ!」
レオンはフィルネの胸ぐらをグイっと鷲掴みにし、その腕力に任せてそのまま宙へ高く持ち上げた。
可愛らしいピンクストライプの制服の襟は、一瞬にして恐ろしい絞殺道具へと変貌し、容赦なく彼女の首を締め上げる。
瞳の毛細血管を限界まで血走らせる『狂戦士』染みたレオンの姿に、その場の全員が畏怖を抱き、誰一人として──レオン自身すら、自らを抑えられなくなっていた。




