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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第一章

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意図的な稽古

詰まるところ、ナルシー・ロミリアンスという男は、盗賊ベーチャの狂言じみた供述を「事実」として検証しようとしていた。

 王国騎士団長にして、西方大陸最強の剣士。そんな雲の上の存在に力量を認められてしまえば、ベーチャの証言はただの妄言から「一級の報告書」へと昇華してしまう。


 国王は盗賊の言い分など歯牙にも掛けなかったようだが、この男が真実を掘り返せば盤面は容易く引っくり返る。いや、既にひっくり返っているのだろう。

グレンが遺跡にいたことが証明され、ギルドで「無能」を演じていたはずの彼が、どうやってベーチャを倒せたのか?それを知りたがっている。

 ただ、それを知られるのは、平穏を愛するグレンにとって文字通り死活問題だ。


「ははは……ぼ、僕なんかが、騎士団長様と剣を交えるなんて。お話になりませんよ」

「いいから構えたまえ。なあに、ただの『お遊び』だよ」

「そ、そうですか。……では、お手柔らかに」


 (適当なところで、見栄え良く負けよう)

 

 そう打算を弾き、グレンは仕方なく木剣を正眼に構えた。

 しかし、次の瞬間。

 視界からナルシーの姿がブレた。否、ブレたのではない。彼の神速の踏み込みが、グレンの網膜の処理速度を置き去りにしたのだ。


 ────速すぎる!


 適当に負ける? 冗談じゃない。その木剣の切っ先は、寸分の狂いもなくグレンの喉仏の急所を捉え、完全に〝殺し〟に来ている。

 手を抜けば木剣であろうと頸動脈を砕かれて即死する。生存本能が理性を蹴り飛ばし、グレンは反射的に自身の木剣を振り上げた。

 

 パァンッ!!

 

 乾いた破裂音が稽古場に響き渡る。

 グレンの迎撃を受けたナルシーの木剣は、軌道を大きく逸らされ、その手を離れて高い天井へと弾き飛ばされていた。

グレンにすれば、「弾いてしまった」。

 そうするしか生き残る術がなかった。一瞬でも「敗北の演技」に思考を割いていれば、グレンは今頃、冷たい石の床で喉を押さえて痙攣していただろう。


 (この男、最初から遊ぶ気なんて微塵もないじゃないか!)


 グレンは、思わず射抜くような視線でナルシーを睨みつけた。

 しかし、当のナルシーはと言えば、空になった右手をヒラヒラとさせ、実におどけた顔で肩を竦めている。

 周囲で稽古をしていた騎士たちは、団長の剣が宙を舞ったという信じ難い光景に顎を外しそうになり、アリアもまた、目を丸くして固まっていた。


「アハハハ!」


 突然、ナルシーがおでこに手を当てて吹き出した。全員の視線が彼に集中する中、彼は床に転がった木剣を拾い上げ、悪びれもせずに言い放った。


「いやはや、お前たち、今のことはくれぐれも内緒にしてくれよ? 『うっかり』剣がすっぽ抜けてしまった。僕としたことが、恥ずかしい所を見せたね」


 そのあまりにも茶目っ気のある言い草に、張り詰めていた騎士たちからドッと安堵の笑いが漏れる。アリアも、笑っていい場面なのだと判断したのか、限りなく控えめな苦笑いを浮かべていたのだが。

 ただ一人。グレンだけは、顔面を硬直させたまま笑えずにいた。

 手が滑るわけがなかった。すっぽ抜けるはずがなかった。あの突き技は、長年の修練によって極限まで精錬された、間違いなく回避不能の必殺技だった。


 しかし、グレンとナルシー以外の誰一人として、あのコンマ一秒の「デス・ゲーム」を視認できていなかった。


「どうも今日は調子が悪いようだ。……アリアくんとも打ち合ってみたかったが、考えてみれば君は魔法主体だ。僕と剣で立ち合うなんて、ナンセンスだったね」


 カラカラと笑うナルシー。だが、その笑みの奥に潜む爬虫類のような冷たさを、グレンは確かに感じ取っていた。

 彼は意図的にグレンを試し、そして「確信」を得たのだ。

 ただの従業員という評価は、この瞬間、王国最強の騎士の頭の中で飛躍的に高められた──いや、「引き上げられた」のだ。


 その後、ナルシーの執務室へと場を移すと、毒にも薬にもならない他愛のない雑談が繰り広げられた。そして「王国案件の件、よろしく頼むよ」と、含みのある言葉と共に針のむしろのような時間は終わりを告げた。


「────最初は少し怖い人かと思ったけど、意外と面白い人だったよね。団長さん」

「そ、そうですね……ははっ」


 城からの帰り道。無邪気なアリアの言葉は、グレンの鼓膜を素通りしていった。

 ナルシーは今後どう動くのか。どのような手段で外堀を埋め、自分を盤上に引きずり出そうとするのか。その思考だけでグレンの脳のキャパシティは限界だったのだが────

それから一週間、王城からは不気味なほど何の音沙汰もなかった。


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