最強従業員のミス
支店長のマルクスは店の奥で事務的な作業をしており滅多に表に出ない。
しかも朝は誰よりも早く出勤し、夜は誰よりも遅く帰るので、冒険者の中にはマルクスを知らない者もいるくらいだ。
そのマルクスが営業時間に店内の掲示板の所にいるのは稀である。
故にフィルネは驚きのあまり一瞬言葉を失ったのだろう。いや……彼女の場合は愚痴を聞かれた事が原因かもしれない。
「し、支店長……あの、今のは私の裏の部分が勝手に言い放った事ですので」
珍しく慌てるフィルネは、見ててなかなか面白いものだとグレンは思っていた。
全く言い訳になっていない所が可愛くも感じる。
「はははっ。正直なのは良い事だよフィルネくん。そんなキミには朗報かもしれないな」
「は、はぁ……」
「今回のキミのペナルティは無しだ。相手が相手だったからね。それに今回の一件があり、うちの支店も新しい仕事を始める事になった。つまり売上が上がるので、それでチョンチョンと言った所だ」
フィルネは何が起こったのかわからないようで、呆然と直立不動のまま固まっていた。
そこでグレンがフィルネの顔の前で手を振って見ると、その手は彼女にパシンと叩かれた。
「あのどういう事ですか? 新しい仕事?」
「まあ今回の件で依頼主を判断する重要性はフィルネくんも理解したと思うが、ギルド側も判断する必要がないほど堅い依頼主と連携する時が来たと言う事だ。後程発表するつもりだったが、フィルネくんにはここで言っておこう。明日からルウラ支店は〝王国案件〟を始める」
マルクスの声は大きい。
〝フィルネくんには〟とか言いながらも、既に周囲の冒険者にもその声は届いており。一気に周辺が盛り上がった。
ただフィルネの顔が険しくなったのをグレンは見逃さない。
王国案件とは──それはズバリそのまんま、王国からの依頼の事だ。
つまり依頼主が王国なので、今回のような〝報酬金踏み倒し〟なんて事は絶対に無いし、報酬金自体も高額だ。
冒険者達は積極的に受けるし、ギルドの売上は跳ね上がり、皆がWin-Winである。
────だがフィルネは言う。
「どうしてですか? 支店長も〝王国案件〟はしないと言ってたじゃないですか」
「うむ。先ほど国王に呼ばれてな。やらざる得なくなった。もちろん、ルウラ支店の現状は私も理解している」
フィルネは王国案件に前向きじゃないようだ。
王国案件は従業員と冒険者、双方にプラスになる。一般の依頼主にだけは少しマイナス要素があるが、影響は多少にとどまるだろうとグレンは考えている。
「では何故ですか。ルウラは今でも一般案件が多いんですよ? それに冒険者のランクも人数も、中央大陸に比べたら全然……」
「知ってるさフィルネくん。だから言ったろう、これは国王の望まれた事なのだよ」
マルクスの少し強めの口調がフィルネを黙らせた。
我にかえったフィルネは、ペコペコ頭を下げ「すいませんでした。仕事に戻ります」と言い残し、その場を立ち去った。
グレンには彼女の言いたい事が伝わってきた。
王国案件に冒険者が集中して、処理できない一般案件が増えると言いたいのだ。
仕事熱心なフィルネらしい考えだとは思う。
しかし、彼女含め従業員にとって王国案件は放っておいても売れるし、報酬金の回収は確実。ギルドの売上が上がれば給料にも反映されると良い事だらけなのに、わざわざマルクスに意見したのは少し意外だった。
「グレンくんも少し話をしたいのだが?」
「あ、は、はい……」
そう来る事はグレンにはわかっていたので、直ぐにマルクスの後をついていく。
カウンターの奥に入り、さらに奥にある店長室の中へと案内されたグレンは少し豪華な革張りのソファーに腰かけた。
その向かい側に腰かけたマルクスがペコリと頭を下げる。
「いやグレンさん。王国案件の事は、本当に申し訳ありません!」
「いやいや、や、やめて下さい! だから普通にしてくださいよ支店長」
「私なんかでは国王に頭があがらず! グレンさんには余計に負担をかける事になるかと……」
「こ、国王陛下には誰も頭あがりませんし。それは仕方ありませんよ。僕の事も、別にリンザールでは普通の事でしたし」
「ソティラス最強のグレンさんを派遣して頂いたギルドマスター殿に何と説明すればよいか────」
ルウラ支店において唯一マルクスだけがグレンの正体を知っている。
『ソティラス』は本店のギルドマスター直轄の組織であり、支店長といえど頭があがらない立場なのだがグレンにとっては正直しんどい。
マルクスには過去何度も〝普通に接してください〟と言っていたが、彼の態度は未だ変わらないのだ。
グレンを前にした時のマルクスの言動は、他の従業員の前とは一変するのでグレンは毎回戸惑うのだ。
「ギルドにとって王国案件はめでたい話ですよ。まあ、僕にとってはあれですが。しかし何故急に王国案件の話が?」
「ギルド側と冒険者側の良い信頼関係を評価されたみたいで……、ほら。グレンさん。聖女様を助けに行ったんでしょ?」
「あぁ……はい、なるほど」
つまり、グレンが従業員制服でウロウロし過ぎたのだ。思い出してみれば、アリアがルウラに帰還した時も隣にいたのを捜索隊に見られていた。
これは完全にグレンのミスだったのだ。




