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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第一章

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致命的なミス

支店長、マルクス・レペット。

 彼はルウラ支店という巨大な歯車の最深部に鎮座する、通称「厳格なる置物」である。

誰よりも早く出勤し、誰よりも遅く去るそのストイックな生活のわりに全く表には出てこないので、並の冒険者はその顔を拝むことすら叶わないが。確実に、静かに、ギルドの奥から従業員の接客態度に睨みを効かせている。

 そんな怪物が、白日のもとに、あろうことか掲示板の前という俗世に姿を現したのだ。

 

 フィルネが凍りついたのも無理はない。まさに蛇に睨まれた蛙。上司の前で盛大に愚痴を吐いてしまった事の彼女の絶望感は計り知れない。


「し、支店長!……あの、今のは、私の『心の裏側』が勝手に独り言を漏らしただけでして……!」

「ははは! 正直なのは美徳だよ、フィルネくん。そんな君に特大の朗報を届けに来たんだ」


 慌てふためくフィルネを眺めながら、グレンは内心で「なかなか見られない希少な光景だ」と場違いな感心を抱いていた。

だが、マルクスの口から放たれた言葉は、彼女の、そしてグレンの運命を根底から書き換えるものだった。


「今回のペナルティは免除だ。相手が筋金入りの悪党だったからね。それを見抜けないのを従業員の責任にするのはしのびない……それより、我が支店は明日から『王国案件』を正式に受理することにした」


 その一言が、静まり返っていたギルドに爆ぜるような喧騒を呼び込んだ。

 王国案件。それは「国家」という絶対的な信用を背景とした、高額かつ確実な依頼の代名詞だ。客が国なら、踏み倒しのリスクは皆無。報酬も桁違いで冒険者の懐は潤い、ギルドの売上も天を突く。

まさに、誰もが幸福になれるチート案件であるのだが────フィルネは、それを聞いて噛みつくような鋭い視線をマルクスに向けた。


「どうしてですか!? 支店長は、あれほど王国案件には手を出さないと仰っていたじゃないですか!」

「うむ。……先ほど国王陛下に拝謁してね。やらざるを得なくなったのだよ。もちろん、君が懸念している『一般案件の停滞』については、私も痛いほど理解はしている」


 フィルネの危惧は正当だ。

 冒険者のリソースが王国案件という華やかな依頼に集中すれば、路地裏の切実な悲鳴(一般案件)は、冒険者にスルーされ、ゴミとして処理される確率が高まる。

意外と、分け隔てない対応をモットーに掲げる彼女にとって、それはギルドの存在意義に関わる「改悪」でしかなかった。

 だが、マルクスの断固たる口調が、それ以上の反論を許さない。彼女は唇を噛み、軽く頭を下げると、逃げるように持ち場へと戻っていった。


 嵐が去った後の静寂。

 マルクスは、背後に佇むグレンへと、射抜くような、しかしどこか縋るような視線を向けた。


「グレンくん。……少し、話をしたいのだが?」

「あ、は、はい……」


 来るべき時が来た。

 グレンは促されるままカウンターの奥、重厚な革の匂いが漂う支店長室へと足を踏み入れた。

 そして扉が閉まった瞬間、王都のギルドを束ねる鉄の男マルクスが、椅子から滑り落ちんばかりの勢いで深々と頭を下げた。


「……いや、グレンさん! 王国案件のこと、本当に申し訳ありません!」

「いやいやいや! やめてくださいよ支店長、普通に……普通に接してください!」

「私ごときの器では、国王陛下の熱意を押し止めることができず……! 結果として、貴方に多大なる負担を強いることになってしまいかねず……」


ルウラ支店において、グレン・ターナーの真の役割を知る唯一の男がマルクス。

 グレンは、『ソティラス』最強の個体。本店のギルドマスターが派遣した「究極の英雄型」。

 マルクスにとって、グレンは敬うべき上官であり、同時にいつ牙を剥くかわからない天災のような存在と認識しているが故の態度だった。


「陛下の望みなら仕方ありませんよね。……それより、そもそも何故そんな話に?」

「それが……ギルドと冒険者の『盤石な信頼関係』が、王宮で高く評価されまして。ほら、グレンさん……アリア様を助けに行ったのでしょう?」

「あぁ……。……あ」


 納得がいった。

 やはりグレンは、あまりにも不用意だったのだ。

 派手なピンクストライプの制服を着たままで、迂闊にもベーチャ達に対峙してしまったと思えば、軽く捻り上げ。アリアを颯爽と救い出したのだから。


 「信じられない強さのギルド従業員が、高ランクの冒険者を救出に来た」

 そんなベーチャの証言で、あの場で起きた事が部分的に明らかにされた。もっともそれは、一部の騎士関係者で留まり、世間に漏れ出てはいないが。それでも、そのヒロイズムが国王の耳に届かないはずがなかった。

 

 グレンが守ってきた秘密は、彼自身の「油断」によって明らかとされたのだ。

 明日から始まる王国案件という名の濁流。

 グレンはソファーに沈み込みながら、自らの詰めの甘さを呪い、そして、これから始まるであろう「忙しい日常」の気配に、深く絶望的な溜息を吐くのだった。


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