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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第一章

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仲の悪い二人

「────ねぇねぇ、グレンくん! この依頼の内容詳しく教えてよ。あ、やっぱりこっちかな? ……ねぇ。どっちがお奨め?」

「あの……アリアさん。そういうのは、あちらの受付で聞いていただけませんか?」

「いいじゃない。減るもんじゃないし、教えてよ」

 

 ここ数日、ルウラ支店の掲示板前では、少々歪な光景が定着していた。

 冒険者達の至宝たる「聖女」アリアが、ギルドのゴミ箱ことグレンに、つきまとうように言葉を投げかける日常。

 対人恐怖症に近いグレンにとって、彼女の姿は「予測不能な災害」と同義だ。姿を見るたびに心拍数は跳ね上がり、逃走経路を無意識に探ってしまう。


 だが、それが不快かと言われれば、答えは否だ。石ころ同然に扱われてきた彼にとって、自分を「個」として認識し、体温のある言葉を向けてくれる彼女の存在は、戸惑いながらも拒みがたい光を帯びていた。

 しかし、光が強まれば、その分だけ「影」の濃度も増すのが世界の摂理である。


「あ、あの……フィルネさん。アリアさんが依頼について聞きたいそうで……」

「知らないわよ。どうせ暇なんだから、貴方が最後まで相手したら?」

「いや……あの、暇って。それも否定はできないんだけど……」


 氷点下の視線を投げつけ、フィルネが去っていく。

 近頃の彼女の態度は、もはや「無視」を通り越して「敵意」に近い。心当たりのないグレンは、ただただ首を傾げるばかりだった。


 アリアとの距離が縮まるたびに、一度は近付いたような気がしたフィルネとの溝が再び深まっていく感じだ。この等価交換のような人間関係の推移に、グレンは溜息を吐きながら再び掲示板へと意識を戻した。

 そこで目が止まったのは、『イルマール大森林の遺跡から荷車の引き上げ』という一枚。

 それは比較的新しい案件だが、早くも『再』の印が一つ押されていた。


 とはいえ内容は単純。遺跡に放置された発掘品積載の荷車を、ルウラまで回収・搬送すること。

 本来なら、すぐに「売れる」はずの依頼だ。

 確かに大森林までは距離があり、道なき道を行く行軍は難儀を極める。だが、それを差し引いても報酬額は破格だ。少数の精鋭で、手間とリスクを天秤にかけられる賢明な冒険者なら、飛びついて然るべき〝優良物件〟のはずなのだが。

 何故、これが投げ出されているのか。


「ふーん。その依頼、気になるの?」


 横から滑り込んできたアリアの声を、グレンは一度スルーした。だが、彼女はそんな些末な拒絶など存在しないかのように言葉を継ぐ。


「へぇ。無視するんだ。どうせ、また打ち切りにしてグレンくんがこっそり片付けに……」

 

 その続きが紡がれるより早く、グレンの右手が反射的にアリアの口を封じる。

 最重要機密である裏の仕事を、公衆の面前で、それも鼻歌を歌うような軽さで漏らそうとした彼女に対し、思考よりも先に手が反応したのだ。

 だが、手のひらに伝わる彼女の唇の感触と、見る間に朱に染まっていく彼女の頬を視界に入れ、グレンは弾かれたように手を離した。


「す、すいません……!」

「う、うん。私も、ごめん……ね。ところで、この依頼、やっぱり『処理』するつもり?」

「あ、いや。そのうち売れるとは思いますけど……」


 グレンは困惑と共に後頭部を掻く。

 数日前、執拗な追及に根負けした彼は、自らの「ソティラス」としての役目をアリアに打ち明けてしまった。今や彼女は、冒険者の中で唯一、彼の真の役目を知る共犯者である。

 だからといって、彼女に何でも報告するわけにはいかない。

しかし────


「ふーん、じゃ私がやろうかな? 何か『引っかかってる』んでしょ?」

「い、いいえ。アリアさんは、ご自身のやりたい仕事を選んでください」

「やりたくてやるんだよ。……もし私に気を使ってるんだったら、一緒に……来る?」

「い、いやいやいや! 僕は、正規の業務がありますから!」


 グレンは全力で首を振った。

 正規の業務が依頼の破棄なのか、それともそれを〝片付ける〟事なのかが分かりにくい返答となったが。

それは内心の動揺と、僅かな「喜び」を隠すためのグレンの過剰な拒絶反応だった。

そんな二人のやり取りにタイミング良く新たな「強者」が割り込んだ。


「アリア様……」


 冷気を纏った声。振り返れば、そこに仁王立ちしていたのはフィルネだった。


「彼に接客の真似事は不可能です。依頼の相談であれば私が伺います。それと、『そんな奴』であっても一応は従業員です。職務を放り出しての同行など断じて許容できません」

 

 (そんな奴……)

 グレンの心に、フィルネの辛辣な言葉が深く突き刺さる。やはり嫌われているのだ。それも、底知れないほどに。

 だが、アリアもまた、ただの「聖女」ではなかった。彼女はフィルネへと一歩詰め寄り、腰に手を当てて不敵に笑う。


「あら。グレンくんは随分と職場内で煙たがられているみたいだし。 だから私が彼を外の世界へ連れ出してあげようかと思ったのだけれど?」

「いえいえ、滅相もございません。少なくとも、私は彼を煙たがってなどおりませんし。ただ、彼の『低い生産性』がさらに低下しては、店が回りませんので」

「そうなんだぁ。でも、グレンくん、貴方のこと、怯えた目で見てるけど?」

「気のせいですわ。……さあアリア様、受付なら私が『完璧に』努めさせていただきますから。あちらへどうぞ!」

「あ、そう。……じゃあ、お願いするわね!」


 それは物理的な閃光こそ放っていないものの、周囲の冒険者たちが息を呑み、一歩後退りするほどのプレッシャーを伴っていた。一流の術者同士が魔力を練り合っているような、逃げ場のない緊張感。

 

 一方で、一人取り残されたグレンは、カウンターへと向かう二人の背中を眺めながら、ただ呆然と呟く。

 

「……あの二人、仲悪かったのかな?」

 

 得体の知らない嵐の中心にいるような感覚を覚えたグレンは、ソティラスの暗躍よりも、あるいは魔王の復活よりも。ルウラ支店に吹き始めたこの不穏な風に一抹の不安を感じていた。


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