フィルネの想い
結局、依頼を達成した冒険者も、完了報告に現れた従業員の正体も、霧に包まれたまま一週間が過ぎた。
祖母の病は、叔父──レフがリバイフラワーから精製した薬によって劇的な回復を見せていた。どこかの酔狂な冒険者が命を懸けて摘んできた奇跡の花。だが、その恩人の名はルウラの喧騒の中で埋没していた。
ところが、運命の歯車は何気ない同僚との雑談によって唐突に回転し始める。
「────そういえば、フィルネが休んでた二日間、本当に地獄だったよ。依頼は山積み、受付はパンク寸前。それなのに、あいつときたら……。相変わらず、給料泥棒の名に恥じない行動してたよね」
「 ……あいつって、グレン?」
給料泥棒とは、グレン・ターナーを形容する、これ以上ないピッタリな(と周囲も納得する)蔑称である。
そしてフィルネが聞いたのは、その「給料泥棒」が、自分が欠勤した日と寸分違わぬタイミングで、ギルドを不在にしていたという事実だった。
偶然という言葉で片付けるには、あまりに出来すぎているが。滅多に欠勤しない、空気のような男が、自分の「絶望の時間」と重なっていようとは。フィルネは軽い目眩と共に思わず額を押さえる。
ただ、先入観という名のフィルターを剥ぎ取った瞬間、フィルネの脳細胞は、かつてない速度で情報の断片を不気味に繋ぎ合わせ始めた。
第一に、リバイフラワーという希少な依頼内容を把握していたのは、その依頼書を作った自分と、目を通したかもしれない冒険者達。
そして、依頼を冷酷に打ち切ったグレン・ターナー。
第二に、あの日、戦場のような店内で走り回っていたギルド従業員の中で、唯一「行動の空白」を持っているのは、不在だった(同じ日に休んでいた)グレンだけである。
フィルネが導き出した一つの仮説は、あまりにも荒唐無稽だった。
(あの花を持ってきたギルドの職員は、まさか……グレン?)
本人に聞けば良いのだが、まずフィルネは確認作業に走った。依頼主である叔父レフの元へ飛び込み、あの日現れたギルド職員の特徴を詳しく問うたのだ。
それによると、若い男性でスラリとした細身。少し茶色がかった髪。
以前の彼女なら「どこにでもいる人物像だ」と切り捨てただろう。だが、今の彼女は、その「どこにでもいる地味さ」こそが、グレン・ターナーという男と一致している事に大きく納得していた。
しかし、その帰結の先には巨大な「何故」が居座っている。
何故、彼が自ら打ち切りにした依頼を完了出来るのか。彼自らが冒険者に頼んだのか?
中央大陸の本部から、わざわざルウラという辺境の支店へ送り込まれてきた、依頼書を剥がすだけの男。元々、フィルネはそんなグレンの仕事に疑問を感じていたが、それが今になって再び強い違和感となって蘇る。
(……彼には、決して触れてはならない『裏』がある)
その興味は、途端に熱を帯びた監視へと変貌した。
半数以上の従業員が、彼のサボり癖に呆れ、その存在を意識しない事で精神の平穏を保っている。それはフィルネも同じだった。しかし、それ故に、グレンという従業員の行動を詳細に理解出来ていない可能性は大いにあった。
一度疑いの目を向けたフィルネの追跡からは、誰も逃れることはできない。
こうして観察を始めて三日。
その日、彼女は、彼が打ち切った依頼書を捨てる〝ふり〟をして「懐へ収めている」現場を押さえた。
それ以後、フィルネの監視はギルド内での業務中に限らず、業務終了後にまでエスカレートし、更に数日後。
フィルネはとうとう目撃する事になる。
ギルドの閉店後、漆黒の夜気に溶け込むようにして静かに「破棄したはずの依頼」を遂行しているグレン・ターナーの姿を。
その行動は、呪いのように彼女の心に定着した。もし彼が破棄した依頼全てに対して同じように行動しているとしたら。あの日、リバイフラワーを採りに行った冒険者とは、彼自身である可能性がある。
────それから、一年以上の月日が流れ。
フィルネは、相変わらずグレンの行動を追い続けていた。そして、それは既に確信へと変わっていた。
グレンは、破棄するしかない依頼を自らで解決して、その依頼報酬を自らが回収しているというフィルネの考察は間違いではなかった。
ただ、彼を知れば知るほど納得出来ない事がある。
それは、少なくとも彼は冒険者の〝尻拭い的な行動〟を他人に知られないようにしている事だ。よく知りもしない依頼者の為に時には死地へ赴いたり、割にも合わない依頼を黙って片付ける英雄的行動をしている。
にも関わらず、「ゴミ箱」「無能」と嘲笑われても、その行動を秘匿し続けているのだ。
何も言い返さず、ただ静かに石畳を見つめるグレンの横顔。フィルネは、そんな彼を、痛みを伴う視線で見守り続けてきた。
だからこそ彼女自身も「何も知らないふり」を貫く事を選んだ。日々募っていく彼への〝やるせない気持ち〟を胸に秘めたまま。
いつか彼が自ら真実を語ってくれる日が来る事を信じながら────




