ヒトの世とダンジョンの変遷
どのエントランスから入っても、『るるぽーと』では各種テナントと様々なレジャー施設が楽しめる。しかし、ダンジョンだけは全てのエントランスから遠い位置に存在するので、移動にモノレールを使うのが一般的だ。
他店舗と比較すると利用者の少ない不人気施設だからか、利用者が死傷する恐れすらある危険なエリアゆえか――その真相は、ただ単に『るるぽーと』の始まりがダンジョンであった、というだけの話だった。
ダンジョンを起点に枝葉を広げてできたのが、この超大型商業施設である。
ダンジョンのさらに奥地には、数百メートルの分厚い壁や床面、もしくは天井をすり抜けでもしない限り、到達できないエリアがある。エリアまで直接繋がる通路がないため、そもそもエルフ族か魔族の「次元移動」がなければ、足を踏み入れられない場所だ。
まるでアリの巣のように上下左右、縦横無尽に複数の部屋が乱立したこのエリアは、エルフ族の間で〝里〟と呼ばれている。
里の部屋は、ほぼ全て二十畳ほどのワンルームで構成されており、キッチンバストイレなどが部屋内に含まれているものから、共同住宅のようにバストイレを共有するタイプなど様々だ。少しでも部屋を広く、自由に使いたいエルフは後者のタイプを選ぶらしい。
そんな里の最上階とでも言うべきか。『るるぽーと』のドーム型天井に一番近い場所へ作られたその部屋は、女王アリ――ではなく、エルフの王が過ごす居室だ。
王の居室だけは広大な三部屋がセットで用意されており、リビングキッチン、バスルーム、寝室とそれぞれ独立している。それらは一本の廊下で繋がっていて、他のエルフが住む部屋とは違い戸建ての平屋みたいな様式だ。
三部屋は全て特殊な魔法壁で覆われており、出入りするには扉を直接開閉するしかない上、不思議と位置情報が読み取れなくなっている。つまり、例え「次元移動」が使えたとしても、魔法で部屋の中へ侵入することはできないのだ。
では、どのようにして王と接見するのかと言うと、まず魔法壁に覆われていない廊下へ「次元移動」するしかない。そして、最奥にある寝室の扉を守る防人のようなエルフに謁見申請をするのだ。
許可が下りるかどうかは、王のスケジュールと防人の裁量次第であった。
「ロ~デュオゾロ先輩~!」
廊下の総面積だけでも、他のエルフ族が暮らしている居室より広いのではないだろうか。そのだだっ広い空間を、一人の青年エルフが駆けていく。
その昔、エルフの王を真似て伸ばしていた髪の毛は、思いのほか手入れが面倒だという理由でバッサリ切ってしまった。今では王よりも防人の短髪エルフの方が、よほど近い風体をしている。
ハーフエルフという産まれゆえか、同年代と比べあまりにも小柄だった背も、成人を迎える頃に急成長した。妹はその辺りの勝手が違ったようだが――双子とは言え、そもそも性別が違うのでこんなものだろうか。
「ロデュオゾロ先輩! シャルルエドゥ先輩に急ぎお伝えしたいことがあるんですけど、今どんな感じです? 来客中ですか?」
最奥の扉、その前に立つ短髪の防人エルフ――ロデュオゾロは、以前と比べれば目の下のクマが随分と薄くなり、顔色も良い。
彼は、目の前まで駆けてきた青年アザレオルルを見ると、大げさに肩を竦めて見せた。
「……リーダーに来客がねえ時なんかあると思うか?」
「あー、まあ、来客中ですよねえ……ちなみに、取り込み中だったりします? しばらく時間かかりそうですかね? 自分、持ち場を離れてここまで来たんで、あまり長居はできなくて~」
「そもそも、簡単に持ち場を離れんなって話なんだけどよ……お前、相変わらずだな」
ロロは呆れ眼でアズを見下ろしたが、しかし随分と近くなった目線に、ふと口元を緩ませた。それからガシガシと頭を撫でつければ、「ちょ、自分シャルルエドゥ先輩にしか興味ありませんから!」と生意気な言葉が飛んできて息を吐く。
この『るるぽーと』を造り出した功労者は、アズと言っても過言ではない。
彼の発案で生まれた「隠しエリア」と言う名のレイドゾーンは大成功を収め、予想されていた通りに、他のダンジョンでも同じシステムのエリアが乱立した。
とは言え、後追いのダンジョンも成功したかと言えば、一概にそうとは言えない。また、あらかじめエルフの王もといシャルが神々と特許について話してくれていたので、彼らのダメージは少なく済んだ。
そんな隠しエリアの成功だけでも数百年は稼げたが、アズはその後も意欲的にダンジョンの改革案を打ち出し続けた。例えば、最初の成功から五百年が経った頃、彼は唐突に「今度は、モンスターの仕組みを変えてみませんか?」と言い出したのである。
今まで、絶命したモンスターは冒険者がエリアを移動するまで放置されていた。お掃除エルフたちは、冒険者が自分の手でモンスターを解体し、好きなだけ素材を採取して満足するのを待つしかなかったのだ。
骨肉を失ったモンスターの体を補填・復活するために家畜の骨肉を混ぜた結果、肉そのものの味わいが変わったとしても、採取に飽きた冒険者が死体蹴りのような真似をしていても、ただ見ているしかなかった。
アズの新たな改革案は、正にその部分へ切り込まないかと言う問いかけだった。
具体的に言うと、冒険者がモンスターを倒した瞬間に「時間停止」の魔法を発動して、即座に遺体を回収する。代わりに、遺体があった場所へ任意の素材を置いて魔法を解除する――というものだ。
この手法ならば、冒険者に渡す素材をエルフ側が決められる。利用マナーがまるでなっていない冒険者が居ても、なかなか欲しい素材が出なくて苛立つ姿を見れば、いくらか溜飲が下がる。モンスターの復活にかかる素材の費用も抑えられるし、彼らの遺体がいたずらに損壊されることもない。
ヒトからすると、まるでリアルなゲームをプレイしているような感覚だった。倒したモンスターが瞬きする間に綺麗さっぱり消えて、代わりにモンスターが落としたらしきアイテムが現れる。
落とすアイテムがランダムであることは面倒だが、解体の手間が掛からないので狩りの効率が上がる。より多くのモンスターを倒せば経験値が稼げるし、しかも落とすアイテムはどれも血脂ひとつ付いていない状態で、冒険者の手指に衣服、運搬用の袋が汚れる心配もない。
実はこの頃、ヒト族は汚れ仕事全般を厭うようになっていた。例えばどのようなものかと言えば、体力的にきつい肉体労働、不快や危険を伴う作業、他人に後ろ指を差される仕事など、多岐に渡る。
それらを〝汚れ仕事〟と大きくまとめるのもなんだが、恐らくヒト族は、神々に甘やかされ過ぎたのだ。
処理場では機械が働き、建築や土木作業、工場での製造も機械が行い、街の警備巡回や取り締まり、救急搬送や消火活動ではアンドロイドが活躍した。生身のヒトは機械のメンテナンスだけしていれば良い。
実は、これらの機械は〝ダンジョン〟とそれに関わる魔法アイテムと同じ、神造製だ。例え壊れても所定の場所へ廃棄すれば勝手に消えて、新しいアンドロイドが現れる。
これもひとえに、神々がヒト族の安全と平穏を願うがゆえに与えた、ギフトのようなものだった。
さらに五百年、千年、二千年と長い年月が経過する中で、一時期ヒト族の意識や嗜好が変わった期間がある。その際、法律や宗教で動物性たんぱく質の摂取を禁じられたことによって、漁業も牧畜産業も完全に消滅した。なんと屠殺の技法や、家畜や魚の飼育法どころか存在そのものまで失われている。
そういった経緯から農業だけは盛んに行われているが、まるで研究施設のような屋内で土すら使わず水と光だけで育成されているのだから、なんとも味気ない。
今を生きるヒト族に法の縛りはないものの、ダンジョンや『るるぽーと』で得られるニクやサカナがそもそもなんなのか理解しないまま口にしている理由は、そこにある。「トリ肉ってなんの肉?」どころか「てかニクって何?」である
そういった意識や感覚は冒険者も同じで、彼らもまた時代の流れと共に少しずつ変わっていった。
まずモンスターの解体を嫌がる者が増え、モンスターの巣そのものであるダンジョンの汚れた環境すら嫌煙し、まるで汚れ仕事の頂点であると言わんばかりの〝冒険者〟そのものにも憧れをもたなくなった。
神々がヒト族をドロドロに甘やかし続け、利用者の意識も大きく変わっていく中で、やがて全国のダンジョンそのものが存続の危機を迎えたのだ。




