シンクユイット
シンクたちがダンジョンの入口に辿り着くと、そこでは、まだ十歳にも満たないであろう子供たちが盛り上がっていた。
「やったー! トリノニクの交換チケットが当たった! 母さん喜ぶぞ~!」
「えぇ、良いなあ~……トリノニクってなんだかよく分からない食べ物だけど、すっごく美味しいよね! 私は油で揚げたヤツが好き!」
「俺はオークノニクの方が好き」
「僕は絶対にミノノニク!」
ダンジョンの入口には、医務室の他に子供向けのガチャガチャコーナーが設けられている。一回千ゴールドと高額だが、当たるモノによっては十分に元が取れるとして大人気だ。主に食料品や日用品が当たるため、子にせがまれた親御さんの財布の紐も緩みやすい。
ちなみに、ダンジョンのバトルシミュレーターの対象年齢は十二歳以上と法律で決まっている。競技者になれない子供たちは、こうしてガチャを回し、ダンジョン内で入手できるアイテムの雰囲気を味わうしかないのだ。
「いつか、あの子たちも〝トリノニク〟がコカトリスから入手できるアイテムだって気付くんだろうな……」
「僕、それを知ってからトリノニクを食べられなくなりましたよ」
コカトリスとは、頭と胴体は鶏、トカゲや蛇に似た長い尾、ドラゴンのような翼をもつ化け物である。一体どの部位が〝トリノニク〟になるのかは分からないが、この事実を知ってしまった競技者は、たいていトリノニクを食べられなくなる。
なぜコカトリスから入手できることは分かっているのに、正確な部位が分からないのかと言えば――ダンジョン内で死んだモンスターは、即座に消滅してしまうからだ。
そして、消滅した代わりにトリノニクや羽根、くちばしなどの素材アイテムがランダムでポップする。本当に謎原理だが、ダンジョンとは神の遺構だからこういうものなのである。
落ちるアイテムがランダムなせいで、何度も同じモンスターと戦わなければならないデメリットはある。しかし解体の手間はないし、手も汚れないという利点もある。
そもそも、モンスターの死体を競技者の手で解体するなど、考えただけでもゾッとしてしまう。
ちなみに、トリノニクに限らずニクやサカナと言えば、まるで食料品店で売られているもののように、パック詰めされた肉塊としてモンスターが落とすアイテムだ。生鮮食品系のアイテムには、ご丁寧に保冷バッグまで付いてくる。そのまま街の人間に転売するも良し、家まで持ち帰って調理するも良しだ。
そもそも、食料品店に並んでいるものは全てダンジョン産のアイテムだ。管理システムらしきエルフが用意しているのか、競技者が売ったものなのかは分からない。
「いらっしゃいませ、ダンジョンへようこそ。ご利用は初めてですか?」
ガチャコーナーを横切ってダンジョンの中へ入ると、すぐさまエルフの案内人がお決まりの挨拶をした。
背はそこまで高くないが、華奢ですらりとした体躯はモデルのようだ。胸元まで垂らした金髪は癖一つなく――決められたセリフしか吐けないシステムだと、分かっているはずなのに――花のような香りがする女エルフだった。
「……おっ、ラッキーだなシンク。彼女はかなり愛想が良い方の案内人だ、競技者の中でも人気がある」
「ああ、案内人も日替わりだし、色んなタイプが居ますもんね。僕、他のダンジョンで凄い癖の強い人に会ったことありますよ。皆にメスガキって愛称付けられて、可愛がられてました」
「うわ、懐かしいな! 俺も久々にメスガキの接客を受けたくなって来たよ――と、浸るのは後にして……今日は隠しエリアの下見に来たんだ。こいつ、シンクにも資格があるはずだから、踏破履歴を調べてくれないか?」
「はい、踏破履歴をお調べいたしますね。お名前は『シンク』様で、お間違いありませんか?」
案内人の女エルフは、わずかに笑みながらこてんと小首を傾げた。「可愛いなあ……」なんて和んでいる先輩競技者をよそに、シンクは首を横に振る。
「シンクユイット……シンクは愛称です」
「――シンクユイット。五十八番……」
「え? なんですか?」
女エルフは、碧い瞳を大きく丸めた。それからシンクの名前を復唱して、不可解な言葉を紡ぐ。
シンクはすぐさま聞き返したが、しかし女エルフは表情を笑みに戻してしまった。まともに会話のキャッチボールができない、アンドロイド――それが『るるぽーと』のエルフという存在だった。
「失礼いたしました、シンクユイット様ですね。踏破履歴に問題はございません。隠しエリアに挑戦する資格を有していることを確認いたしました。こちらへどうぞ――」
質問に答えることなく踵を返した女エルフに、シンクは不満顔になった。しかし先輩が彼女を追って歩き出したため、渋々後をついていく。
すると、先輩が声を潜めて話しかけてきた。
「……なんか、番号みたいなの言ってたか?」
「たぶん……」
「シンクの名前って、会ったこともないクソ親父さんが付けたって話だったよな? エルフが反応する名前ってことは、もしかしてジェシカさんが話してたことって本当だったんじゃ――」
「やめてくださいよ。母の虚言癖を真に受けてたら、身が持ちませんよ? まさか先輩、信じてるってことですか? 僕の父親は『るるぽーと』で誰よりも美麗なエルフで、人間とエルフの間に生まれた僕はハーフエルフなんだ……って? よく見てくださいよ、僕の耳。どの辺が尖ってます? むしろ人より丸いと思いますけど」
「いや……耳はだいたい丸いもんだし……でもなぁ~。だってお前、正確なところは計算できないだろうけど、たぶんまだ二十歳にはなってないだろ? ハーフエルフってのは、二十歳になるまでは人間と見分けがつかないって話じゃないか。耳が尖るのも金髪になるのも、碧眼になるのも二十歳になってから突然だって言うだろ」
真剣な眼差しで懇々と説明してくる先輩競技者に、シンクはわざとらしいため息を吐き出した。彼は「いや、そもそもハーフエルフなんて見たことありませんし……本気で言ってるんですか……?」などと言いながら、呆れ顔をしている。
シンクの母ジェシカは、どこか変わった人間だった。少なくともシンクにとっては、十二歳で街を出るまで愛情いっぱいに育ててくれた良い母であったが――不特定多数に対しては、妙な壁を作っていたように思う。
母はその昔、ダンジョンに魅せられて競技者になったらしい。しかし、競技者として大成するどころか、十四歳で初めてダンジョンを訪れたその日に挫折している。
なんと、実際にモンスターが現れる部屋に一度も入ることもなく――だ。どうも、ダンジョン入口の案内人だった青年エルフに恋をして、競技者どころではなくなってしまったらしい。
母は、その青年こそシンクの父親だと言うのだが、誰も触れられないはずのシステム相手に、何を血迷ったことを言っているのか。とても信じられる話ではなかった。
百歩譲って事実だとして、このダンジョンで案内人をしているならいつでも会えそうなものを、シンクが母に連れられてガチャを回していても〝誰よりも美麗なエルフ〟とやらは一度も現れなかった。
母は働きに出ている様子すらなかったが、不思議と母子の生活が困窮することはなかった。その代わりいつも寂しそうな顔をしていて、シンクが目の届かない場所へ行くことを酷く嫌がった。
しかも居もしない父の存在に執着して、せっかく男好きのする容貌に生まれたのに、コブつきでも好意を寄せてくれる男たちを、頑なに跳ね付ける。そうして父に生き写しだというシンクしか見ないものだから、彼はますます窮屈な思いをしながら成長する他なかった。
そうした束縛こそ、シンクが自由な競技者に憧れる原因になったと言っても過言ではないだろう。
やがて十二歳になったシンクは『るるぽーと』のダンジョンを踏破して、街を出た。新人の自分を世話してくれた先輩競技者に聞かされた隠しエリアに挑戦するためには、シャールエイド中にあるダンジョンを踏破する必要があったからだ。
国中を放浪している間にも、母から何度も「寂しい」「早く帰ってきて」と連絡があったが、シンクはダンジョン踏破に夢中になった。
そうして、競技者の中でも最年少と言える若さでクレアシオンまで戻って来たのだが――ダンジョンの内と外では時間の流れが大きく違うため、母はとっくに老衰で亡くなっていたという訳だ。
「未婚の母親が言う「あなたの父親はエルフで、実はあなたはハーフエルフなのよ」って冗句は、割と有名なヤツじゃないですか。無責任な種馬に台無しにされた人生を、できるだけ悲壮感少なく笑い飛ばすための……ただし、息子がイケメンの場合に限るっていう但し書きが付きますけど」
「自分で言うなよ、その通りすぎてぐうの音も出ねえし……じゃあ、ジェシカさんが嘘を吐いてるとして、お前の親父さんはどんなヤツだと思うんだ?」
「さあ……まあ、この通り顔だけは良いでしょうね」
「……だからさぁ」
「少なくとも、例え僕みたいなコブつきでも「天使のように愛らしい」と評判だった母を骨抜きにした男です。とんでもない魔性でしょうね……何せ、母は死ぬその瞬間まで父一筋だったそうですから」
「ああ、ったく、本当に顔が見てみたいね! ジェシカさんに『ジジ』なんて猫みたいな愛称を付けるセンスも疑うよな……普通『ジェス』だろうに!」
「母は、僕に「ママ」より「ジジ」と呼ぶよう強制するくらい気に入っていましたけどね」
先輩競技者は「何から何まで気に入らねえ種馬野郎だな!」とヒートアップしている。さらには、ゆっくりと前方を歩く案内人の女エルフを、大股で抜き去ってしまった。
そもそも、彼はシンクと違って隠しエリアの常連なのだ。ただシステムに付き合っているだけで、道案内などなくとも目的地に辿り着ける。
シンクはまた一つ息を吐いてから、彼の後を追うために女エルフを追い抜いた――しかし。
「――エド先輩に対して、生意気な口を……これだから、ヒト族はカワイイんですよね……」
「え……っ、あ、あの……?」
何やら不穏な呟きが聞こえた気がして、振り返る。
すると、愛想が良いことで有名らしい女エルフは微笑み一つ浮かべておらず、大股で歩く先輩競技者の背中を冷めた眼差しで見つめていた。
上手く聞き取れなかったが、何か妙なシステムエラーが起きているのかも知れない。このエルフというシステムは、シンクの周囲ではことさら不具合を起こしやすかった。
少しでも触れたら医務室へ強制移動させられるはずが、シンクの場合、なぜかエルフから体を当ててくることがある。当然、その際シンクは医務室に移動しない。さらには今のように、決められたセリフ以外の言葉を発することもあった。
シンクは途端に不安を覚えたが、しかし女エルフが微笑みを浮かべたので胸を撫でおろす。
「シンクユイット……シンクユイットの貴方も、早く家族の元へ行かなければなりませんよ」
「家族……? 僕の母はもう亡くなりましたけど――それに、五十八番目っていうのは、一体……?」
「おい、シンク! 置いてくぞー!? 俺以外のメンバー全員、待たせてるんだからなー!?」
「はっ……はい!!」
先輩競技者に呼ばれたシンクは、先輩と女エルフを交互に見た後に走り出したのであった。
――彼が自分に定められた運命を知るまで、あと少しである。




