るるぽーと
広大な敷地面積を誇る『るるぽーと』には、何十、何百と回転ドアの出入り口が設けられている。
入場の際には強い抵抗を受け、退場の際には背後から受ける猛烈な風で押し出される。ドームの内と外で気圧の差をつくり、空気の膜で屋根を支える技術が使われているのだろう。
しかし、これほど巨大なドーム屋根を気圧差のみで支えられるはずもなく、ぽーと内には巨大な柱が何本もある。その一つ一つに名鑑プレートが付けられており、買い物客の間では「十時に〝ミザリー〟の柱で待ち合わせね!」「〝アティ〟の前にできた新しいカフェ、もう行った?」なんて使われ方をしているらしい。
なぜ、まるで人名のような名鑑が付いているのか。これもまた人類にとっては長年の謎であるが、恐らくは教会に長椅子を寄進した者の名が彫られるのと、似たようなものではないかと考えられている。
これは、名鑑の中に〝ダンピエールニルヴァンシュタインエドワードライオネル〟と、明らかに複数の人間が力を合わせて寄進したであろうものが残されているからだ。
陰謀論が好きな者などは、この遺構を建てるために人柱となった犠牲者の名だ、なんて盛り上がっているらしい。
「ここは本当に、いつ来ても凄いところですね。他の街とは比べ物にならないと言うか……」
シンクは――あくまでも、本人の体感曰く――七年弱ぶりに訪れた「るるぽーと」の賑わいに驚いているようだった。
とても屋内であるとは思えないほど遠い天井に、それを支える何本もの太い柱は、空に向かって枝を伸ばす大木のように独特な形をしている。ぽーと内を歩くのはダンジョン目当ての競技者ばかりではなく、買い物客やレジャーを楽しむ者など、多岐に渡る。
「そりゃあ、な。神聖国家シャールエイドの始まりは、クレアシオンではなく『るるぽーと』のダンジョンって説もあるくらいだ」
「……陽キャの間では否定されてますけど」
「ふん、ダンジョンに入ったこともないくせに軽視するヤツらは、何も分かってないんだよ。あいつらは口を揃えて陰キャだのゲームオタクだのとバカにしてくるが、例えば俺たちが本気で戦ったとして、どっちが勝つと思う?」
シンクは不満げな先輩の問いかけに答えなかったが、その代わり挑発的な笑みを浮かべ、肩を竦めて見せた。
ダンジョンの中で競技者が楽しんでいるのは、ゲームなんて生易しいものではない。競技者が望む限り永遠に現れるモンスターと、文字通り実戦をしているのだ。
街中でただの人間相手にイキり散らかしている輩には分からないだろうが、モンスターの中にはクマより巨大なもの、毒をもつもの、見るもおぞましい形姿のもの、人を食らう者など――多種多様な化け物が存在する。
それらが現実として襲い掛かってくる恐怖と言ったらない。モンスターを殺す感覚はもちろん、時にはその逆も味わうハメになる。
「そう言えばシンク、別のダンジョンでは何回ぐらい死んだ? 踏破が難しいところもあっただろ」
「いちいち数えてないですよ……基本、ダンジョン内なら死んでも生き返れますし」
「この仕組みこそ、何よりも「ゲームっぽい」ってバカにされる難点でもあるんだよな……一度でも死ぬ感覚を味わってから言って欲しいが」
時には、ダンジョン内のモンスターに競技者が負けて、殺されることもある。どこまでもリアルなバトルシミュレーターは、モンスターに肉を引き裂かれる痛みさえ的確に伝えてくる。
あまりの痛みに絶叫し、号泣して、例え失禁しながら助けを呼んだとしても、誰も来てはくれない。喉には泡立った血が詰まり、引きちぎれた肉にはところどころ黄色い脂肪が見えて、燃えるような熱さが冷えて動かなくなっていく体に、絶望する。
いっそ頭を潰してくれれば一息で逝けるものを、モンスターに「殺してくれ」と懇願したところで無意味だった。
やがて意識を失うと、さすがは神の遺構――死んだ競技者は、なぜかダンジョンの入口にある医務室で目を覚ます。
基本的には五体満足の状態で復活するが、運が悪いと体の一部を永遠に欠損することもある。どうも、結果はモンスターにどんな殺され方をしたかによって変わるらしかった。
死と復活の繰り返しで精神を壊すことなく、また体を欠損するような負け方をせず、むしろ死ぬこともなくモンスターに勝ち続ける。それができない者は、競技者を引退するしかない。
「まあ良い、隠しエリアについて……だったよな? とりあえずダンジョンへ向かおう」
「はい。僕、子供の頃から憧れだったんですよ。『るるぽーと』でしか体験できないレイド戦……その踏破を目指すパーティの一員になること」
「ははっ、まだまだゴールは遥か彼方って感じだけどな。けど、シンクが居れば何かしら変化が起きそうな気もしてるんだよな――お前だけだろ? 案内人のエルフに触れてもエラーが起きないの」
「僕は僕で、エラーっぽい反応ですよ。そもそもエルフと言うか、エルフの姿を模した管理システムって感じがしますけどね。たぶん、生身の生き物じゃないでしょう?」
「……まともに触れた試しがないから分からん。施設内の注意書きに「エルフの案内人には不用意に触れないでね! 重大なシステムエラーが発生します」とある通り、触れると即座に意識を失って医務室で目を覚ますからな」
「医務室で目を覚ますってことは、たぶん謎に死んでますよね……確かに、重大なエラーだと思います」
しかもこのエラー、対象者は競技者だけではない。何せ『るるぽーと』のあらゆる店、施設内で働いている店員は、誰も彼もが耳長でエルフ族らしき姿形をしている。
彼らは丁寧に接客してくれるし、必要最低限のサービスを受ける分には、なんの問題もないように思える。しかし、まるでゲームの村人Aかと思うくらい決められたセリフしか話さないし、世間話をしようにも会話のキャッチボールができない。ほとんどアンドロイドだ。
さらに、ぽーと内のあらゆるところに「エルフの案内人には不用意に触れないでね! 重大なシステムエラーが発生します」という注意書きが掲示されており、実際に触れたり「君カワウィーね!」なんて執拗に口説いたりすると、突然意識を失ってダンジョン入口の医務室で目を覚ますことになる。
痛みも何もない上に、死んだ実感が一つも湧かないことが不幸中の幸いだろうか。
少しくらい痛い目を見なければ、同じバカを繰り返すのでは――と思われがちだが、ダンジョンの入口がぽーと内の奥まった場所にあるので、元の場所へ戻るのが面倒だという理由で皆エルフに触らなくなるらしい。
何せ六十万ヘクタールを超える敷地面積だ。徒歩だけでは移動がしんどくなる部分もある。
かく言うシンクたちも、正にこれから施設内のモノレールに乗車しようとしているところだった。




