神聖国家シャールエイド
経済的に、福祉的に、国民の幸福度的に、エトセトラ――とにかく、この世で一番栄えている国はどこか。その問いには、人類の誰しもが口を揃えてこう答えるだろう。神聖国家シャールエイドだ、と。
国名の由来は諸説あり、紀元前二千年ほど前にまで遡る。その昔、魔族にそそのかされて地に堕ちた邪神を、人類とともに力を合わせて葬った神の名がシャールエイドだとする説が一般的だ。
残っているだけ奇跡だが、ほぼ古文書レベルの古い資料しか残されていないため、神の真名についてはブレがある。地域によってはシャルエイドと呼んだり、双子の神シリルとエイドと呼んだり、あまり統一性がない。
シャールエイドの中心地には、始まりと終わりを意味する円環の街クレアシオンがある。この国の歴史は、ここクレアシオンから始まったと言っても過言ではない。
何せ、クレアシオンにはなんでもある。教育機関も福祉施設も店も娯楽も、なんでも揃う。人口は右肩上がりの割に治安が良く、消費税がない代わりに他でしっかり徴収するため、税収も安定している。
一つ難点を挙げるとすれば、移住者の増加で年々居住スペースが狭くなっていることだろうか。シャールエイドは間違いなくこの世で一番栄えているが、単純に国土だけで言うと、あまり広い国ではなかった。
それにも関わらず経済的に豊かな理由は、世界中を探してもクレアシオンにしかない、超大型商業施設の存在が大きい。
「スライムを倒すのもビビってたお前が、もうベテラン競技者になって帰ってくるなんてな……」
「いや、いつの話をしてるんですか? 先輩こそ……僕と別れてから結構経つのに、全然年を取ってないですね。さすが、クレアシオン一の廃競技者は健在らしい」
「はっはっは! 言うようになったじゃないか、シンク!」
クレアシオンのメインストリートを、二人の男性が談笑しながら歩いている。
シンクという青年はまだ二十歳そこらの若者で、先輩と呼ばれた男性は三十代後半に見えた。どちらも暗いネイビーブルーのスラックスに、ストレッチ素材のポロシャツ、肘と膝にはプロテクターを付けている。さらに、まるで胸甲のような胸当ても。
彼らは競技者と呼ばれる、プロアスリートのようなものだ。ようなと濁す点がミソで、世界的にその地位が認められているかと言えば、決してそうではない。
そもそも、彼らが実力を発揮できる場所は、シャールエイドの限られた街にしかなかった。圧倒的に競技人口が少ない上、悲しいかなその競技の特性から、一部の者には「な~んか、オタクっぽくて暗いっつーか……ちょい、キモくね?」などと揶揄される始末である。
実際、こうして揃いのユニフォームを身にまとい街中を歩いているだけでも、一部の人間から冷やかしの視線を向けられる。すれ違いざまに「お兄さんキレーな顔してんだから、プレイヤーなんて辞めて別の仕事やればァ~?」なんて、お節介極まりない軽口を浴びせてくる者も居る。
しかし、シンクたちはこのような扱いを受けることに慣れ切っているのか、さして気にした様子もなく歩を進めている。
目指すは、競技者の聖地『るるぽーと』だ。競技者人生はここから始まり、ここで終わる。
円環の街クレアシオンと言う呼称は、ここから生まれた――なんて話もあるが、競技者のあまりの名声の低さから、その説は疑問視されている。
「シンク、クレアシオンを出て何年になる? 出た時は、確か十二になったばかりだったよな」
「何年と言われても……僕の体感では七年強です。世界時間で答えるなら、軽く七十年は経ってるんじゃないですか? 戻って来るなり、母は老衰で亡くなったと聞かされましたから」
「なっ、ジェシカさんが!? 同じ街に暮らしていて、そんな話聞いてないぞ……」
「母は根っからの人嫌いだって、先輩も知っているでしょう? 隣人が異変に気付いて、密かに火葬してくれたそうです。そもそも、例え同じ街で暮らしていたとしても意味ないですよ。ダンジョンの内と外じゃ時間の流れが違うんだし」
シンクは街に戻って来たばかりだ。つまり、実の母の訃報を耳にして、まだ数日しか経っていない計算になる。それにも関わらず淡々と冷めた受け答えをするシンクと比べて、先輩と呼ばれた男性の方がよほどショックを受けているようだった。
クレアシオンが擁する、競技者の聖地『るるぽーと』――またの名を、大型商業施設『るるぽーと』。
総面積は驚異の六十万ヘクタール超えで、この施設そのものが一つの街としてカウントされてもおかしくない広さだった。施設はその全てがドーム状の屋根に覆われており、全天候型のショッピングモール兼遊び場として世界に名を轟かせている。
生鮮食品から家具家電含む生活用品店、全世界の衣類小物を扱うセレクトショップや、カラオケ映画館に屋内スポーツ場、まるで遊園地のようなアミューズメント施設に、大型イベント広場、水族館、宿泊施設などなど。
クレアシオンにはなんでもあると言うよりも、むしろ『るるぽーと』にはなんでもあると言った方が正しい。
この広大な敷地面積をドーム状の屋根で覆い尽くすなど――しかも、崩落事故一つなく安全に運営されているなど、一体どんな工法で建てられたのか。その疑問は、考えるだけ無駄だった。
どうもこの『るるぽーと』と呼ばれる施設、すでに失われし神話時代の遺構がそのまま利用されているらしい。そのメイン遺構こそ、通称ダンジョンと呼ばれるARバトルシミュレーター施設だった。
ダンジョンの中では、まるでゲームの世界にダイブしたような格別の没入感を得られる。
真四角の部屋がいくつも用意されており、どこに入るかによって現れるモンスターが変わるのが特徴だ。バトルシミュレーターと銘打つ通り、競技者は自由にモンスターと戦うことができる。
コンピューターの創り出した仮想空間に没入するVRと違うのは、そのリアルさだ。
レンズやゴーグルを着用せずとも、ダンジョンの中へ入ればたちまちモンスターが現れる。これは、デジタル情報なんて可愛いものではない。
例えば、スライムに剣を振ればボヨンと跳ね返される。
素手で触れればヌチャリと水っぽい感覚があり、実際に濡れて汚れる。逆にスライムが飛び掛かってくると、しっかりと衝撃を受ける。顔に覆いかぶさって来たら、最悪――。
とにかく、どういう原理なのかは知らないが、正に神の御業とも言える遺構だった。
「そうか……ジェシカさんが……もう、そんなに経つのか……」
「ちょっと、息子の僕より落ち込まないでくださいよ。まさか先輩、まだ母のこと狙ってたんですか? 亡くなった時には九十歳近い老婆だったそうですけど?」
シンクが眇めた目で見れば、男性は「それが息子の口から出る言葉かよ……?」とうなだれた。
「お前はもっと、そこまで見目麗しく生んでくれたジェシカさんに感謝した方が良いぞ」
「確かに、母は男ウケする見た目だったと思いますが……その母曰く僕の容姿は父に生き写しらしいですから、あまり関係ありませんね」
「……ジェシカさんが人嫌い、つーか男嫌いになった元凶か。一体どんなクソ野郎だったんだか――誰も見たことがないって言うから、想像すらできないな」
「まあ、済んだことはもう良いですって。それよりも先輩、ダンジョンの隠しエリアについて詳しく教えてくださいよ。シャールエイド中にあるダンジョン全てを踏破した者にしか開けない、特別な扉があるんですよね?」
どこまでも冷めた反応のシンクに、先輩競技者は嘆くように天を仰いだ。




