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シャルの反抗期

「可愛い孫の遺伝子を継ぐ子、ひ孫だぞ? 見たいに決まっている! くっ……ルーという無二の理解者ただ一人で満足していたはずが、全く、エルフとはなんと強欲で、醜い生き物なのだろうか……ッ!」

「孫やひ孫を見たいと願うのは、何もエルフ族に限ったことではないと思うが……」

「――しかし! ワシに生まれた新たな願いは、〝公平〟という特性をもつルーそのものを造り変えてしまう恐れがある。ただでさえワシのためだけに生きるお前を、これ以上振り回す訳には――そんな折に、だ! ルーが()()()()()()()()()! 『普通のエルフになって、誰か(ヒト)を愛したい』と!」

「じぃじ、僕の書いた文字に妙なルビを付けないでくれ」


 エドゥアルトは机に顔を伏したまま、途中テンポよく入る孫のツッコミを総無視して喚き続けている。

 このエドゥアルトという男、対ヒト族に対してならばどこまでも親切になれるし、己の身を犠牲にして繁栄を願えるほど滅私奉公(めっしほうこう)の精神性を発揮する。しかし、それ以外に対しては酷く自己中心的なワンマン男であり、何もかも平等に扱えと声高に叫ぶものの、エルフ族らしく『誰よりも自身が尊い』と信じてやまない自己矛盾も持ち合わせている。

 その矛盾した傲慢さは――散々ヒト族に尽くして来た割に――十億ポイントの使い道を、ヒト族ではなく自身の〝寂しいから理解者が欲しい〟と言う願いに使った点にも、よく表れている。

 だからこそ、シャルの手紙を受け取った時には渡りに船だと思ったことだろう。エドゥアルト発信で「死ぬ前にひ孫が見たいから、やっぱりお前の〝特性〟ちょっと弄らない?」と言うのと、シャルの相談に答える形で提案するのとでは、全く違う。あくまでもエドゥアルト比ではあるが。

 (はた)から見れば、自分勝手な願いでシャルを造り出した挙句、さらに勝手な理由で彼を振り回そうとしているだけだ。シャルはその特性上、例えどんな理不尽な要請でも頷くしかないと言うのに。


「――ぃ、異議ありぃ~!! 私はぁ、それって間違ってると思いますぅ~!」


 ダニエラはいつもの間延びした喋り方のまま、しかし珍しく大きな声を出した。放心状態だったらしい周りの後輩たちが、驚いたように肩を跳ねさせている。完全に脱力してしまっているシャルと、机に突っ伏していたエドゥアルトが、揃ってゆるゆると顔を上げた。


「そんな言い方じゃあ、ヒト族を優先しちゃうじゃないですかぁ~! 仮にシャルルンが真のハーレム王になったとしてぇ、私たちは常に順番待ちをするしかないってことでしょう~? 寿命の長いエルフ族なんて、何千年でも待たせておけば良いと思ってるのかも知れないですけどぉ、すぐ死んじゃうヒト族ばかり優先的に抱かれたらぁ、順番待ちしてても意味ないじゃないですかぁ? 公平性を重んじるシャルルンは「ヒト族は、チャンスが一生に一度きりと言っても過言ではないから……じぃじも望んでいたし」とかなんとか言ってぇ、エルフの相手なんてしてくれないと思いま~すぅ! しかも平等に抱き始めるとなるとぉ、たぶん性別もお構いなしでしょう~? そんなの私ぃ、ヒトの総数を減らしたくなっちゃうかもぉ……」


 頬を膨らませながら物騒なことを主張するダニエラに、後輩たちはハッと目の覚めたような顔をした。中には「先輩がハーレム王になるならアリかもな」「順番待ちさえしてれば、平等に愛してもらえる訳だし」なんて思っていた者も居たようだが、ダニエラの指摘する通りだ。このままでは、シャルはヒト族専門のハーレム王になってしまう。公平性がどうのと言うくらいなら種族関係なく平等に相手して欲しいものだが、限りある寿命を持ち出されては、納得せざるを得ない空気になるではないか。

 エドゥアルトは考える素振りを見せると、一つ頷いた。


「ふむ……では、もっと範囲を絞ってはどうだろうか。遺伝子を残すと言うことは、ある程度()()()を考える必要もあるだろう。年齢なり、性別なりを――」

「いやいや、異議ありぃ!! 自分はそうは思いませんね! 今の時代、生産性がどうとか性別がどうとか言うのはご法度ですよ!? それって愛に関係あります!? 差別反対! そもそも、世の女性は子を産む機械ではありませんから!! ねえ、ロデュオゾロ先輩!? 男だって、産めるもんなら産みたいですもんねえ!?」

「いや、だから俺は、リーダーに抱かれたいなんて思ったことがねえんだって……死ぬ可能性もあんのに、お気軽に産みたいとも言えねえしよ」


 ダニエラの次は、鬼の形相のアズが大声で異を唱えた。あまりの熱意に周りが引いていてもお構いなしだ。なんなら、ロロまで巻き込んで男女差別反対を訴えたかったようだが、しかし彼は全く同調してくれなかった。

 アズが「裏切り者ぉ!」などと喚いているのを尻目に、エドゥアルトは悩むように低く唸っている。肝心のシャル本人の意見は、誰も聞いていない。


「うーむ……確かに、性別や年齢によるカテゴリー分けは公平さを欠くか……しかし、それなら範囲をどう決めるべきか――対象者は、意思疎通が量れる知的生命体に限られるだろう? 他には……そうだ! ヒト族については全員が対象ではなく、ルーが本気で「愛しい」と思えた者だけに限定するのは? エルフ族と魔族については、出会った時期が古い順にしてはどうだろうか? 長命種と言っても寿命はあるし、やはり死期が近い者から優先的に済ませてやるべきだ」

「えぇ~!? どうして、ヒトだけ愛せるように改悪しようとしてるんですかぁ~?」

「改悪って……『全て』を愛すのは、現実的じゃないと思ってだな……」

「シャルルンがヒト()()愛せる方が、現実的じゃないと思いますけどぉ~? そもそもぉ、どうしてシャルルンに強制するんですかぁ? ヒトを好きなのはお祖父様でしょう? エルフ族の中では変わり者だったかもですけどぉ、エルフってだけでヒトに好かれるじゃないですか~。ひ孫って言うか、ご自分で子をもうけることだってできる、はず……なのに~……?」


 激昂していたダニエラは、しかし、自分の放った言葉に対して首を傾げた。言葉尻に近付くにつれて、喋る勢いも弱まっていった。


「お祖父様ってぇ、どうして()()なさらないのぉ~? やっぱりぃ、ヒトとの寿命の違いが、より孤独にさせるからぁ……?」

「確かにヒト族は愛らしいが、なんと言うか――ワシはたぶん、愛着障害に近いものを抱えている。他人と親密になるのは難しい」


 愛着障害とは、幼少期に養育者との間で安定した信頼関係が築かれなかったことで、極端に人を警戒したり、人間関係の構築に困難を抱えたりする特徴をもつ障害だ。いくつか型があり症状を断定するのは難しいが、〝人には近づきたいけど、いざ親密になると傷つくのが怖くなり逃げ出してしまう〟なんて厄介なパターンも存在する。恐らくエドゥアルトは、このパターンだろう。

 何せ、幼い頃より種族関係なく平等に接していた異端児だ。生粋のエルフ族である両親との関係さえ、良好ではなかったに違いない。


「ルーほど完全に信じられる味方なら手放しに愛せても、それ以外を信頼して心を寄せるのは、強い抵抗と恐怖感があってだな……いやいや、自分でも勝手なことを言っている自覚はあるんだ。理由は障害(これ)だけじゃないが……あまり詳しく言いたくないんだよ、(こら)えてくれ」


 一度は落ち着いたように見えたダニエラの表情が、また厳しくなっていく。「自分、納得いきません!」などと詰め寄る少年も居る。それらを手で制しながら、エドゥアルトは気まずげに目を反らした。

 そうして険悪な雰囲気が続く中、またしてもトリスがおずおずと口を開く。


「でも……そもそもエド先輩、まだ十億ポイント貯めてませんよね――? いくらエドゥアルトお祖父様がひ孫を欲しても、エド先輩が神々に願えるのは数万年先の話で……その、間に合わない、ですよね」


 それこそ、つい先ほどエドゥアルトの寿命の話をしたばかりである。その問題をすっ飛ばし、シャルの特性に変化を加えるだのなんだのと議論していることこそ、不毛ではないか。浮かんで当然のトリスの疑問には、今の今まで黙りこくっていたシャルが答えた。


「……僕の〝特性〟は、神々にも有効だと言っただろう」

「え……まさかエド先輩の場合、やろうと思えば十億ポイントなくても問題ないと言うことでしょうか?」

「そうとも言える。僕の保有しているポイントは、すでに五十三億だからな」

「ごじっ……ええ!? そんな、まるで戦闘力みたいに……!? ど、どういうことですか!? 十億ポイント貯めたくて、頑張っていらっしゃるって話でしたよね!?」

「いくら断ったところで、勝手に()()()()()()()僕にはどうしようもないだろう。僕が財布(スカウター)の残高をあまり気にしないからって、神々の手でコソコソと増額され続けた結果がこれだ。どこまでが正当な報酬なのか、今となってはその境界も曖昧だが――あくまでも自力で正当に稼いだ十億ポイントで願いを叶えたいから、使わなかっただけだ」

「えぇ……」

「だから、やろうと思えば今すぐにでも神々に願えてしまう。会うたびに「願いは決まったか」と問われるのも、それが原因だ。気は全く進まないが……ただ、じぃじきっての願いではな。あまり時間が残されていないことも事実だし」


 シャルは、絶句してしまったトリスを見ながら、ため息交じりにそうぼやいた。それからしばし考え込むと、エドゥアルトに視線を移す。


「じぃじが本気で願うなら、僕は性豪でもハーレム王でも、なんにでもなるよ。エルフ族や魔族は出会った時期が古い順に、ヒト族なら愛せる相手だけを――細かいところは後で詰めれば良いだろう。ただ代わりに、文字通りじぃじの『本気』を見せて欲しい」

「ワシの本気?」

「僕はじぃじのためなら、例え気が進まなくても――神々にねじ込まれた不正ポイントさえ使ってしまう。これは他の者からしたら不条理極まりない、最低最悪の行為だ。そこまでして僕の公平性を曲げたいと願うなら、じぃじもそれなりに身を切って、僕への愛情を示して欲しい」

「なんだ、そんなことか? それなら――」

「つまり端的に言えば、僕の()()()の相手はじぃじになる。これが受け入れられないなら、ひ孫は諦めて欲しい」

「………………なんだって? ワシの聞き間違いか?」


 エドゥアルトのIQが下がったかと思えば、シャルのIQまで下がったのだろうか。もしくは、あまりのストレスでおかしくなったか。この場の誰しもがそう思った。しかし、彼はいつも通りの淡々とした口調で説明し始めた。


「確かに、僕はじぃじのために生まれた存在だし、じぃじの願いは無条件で受け入れる――それが当然として生きてきた。でも、他でもないじぃじが言ったんだ、本当は僕の反抗期を楽しんでみたかったって」

「え? いやいや、ルー……」

「僕の〝特性〟を神々の力で曲げると言うのは、まるで、一度死んで生まれ変わるほどに深刻なこと……なんだろう? 皆が言うには。そこまでのことを望むからには、僕もじぃじに強く望みたい。公平性を捨て、命まで捨てるなら、せめて最初の相手は僕が望む者を――それは、心から愛するじぃじしかあり得ない。そもそも、僕が生を受けて初めて会ったのはじぃじだ。前提条件とも合致する。じぃじを差し置いて他に行くなど、道理が通らないとすら感じる。少なくとも、じぃじが存命の内はそんなこと起こり得ないと思ってくれ」

「ま、待てルー、どうしてそんな意地悪を言うんだ……? そもそも、ワシらは血縁関係であってだな」

「僕は神造であって、厳密に言えばじぃじの血を引いていない。じぃじこそ僕には多くを望むのに、どうして僕の望み一つ叶えてくれないんだ。一心に愛し育ててくれたことは間違いないが、自分の身を削ることなく、僕にだけ嫌な役割を押し付けている。種族も性別も関係なく、ハーレムをつくれ? それなのに、じぃじ()()はダメなのか? 全く分からないな……反抗の一つや二つ、見せても良いだろう」


 シャルは淡々と告げてから、ふと目元を緩ませて笑った。まるで、悪戯の成功を喜ぶ子供のように。

 自身の存在価値さえ曖昧で不安がっていた時には、決してできなかったことだ。しかし、部下やじぃじに話を聞いた結果、自分は本当の意味で愛されているのかも知れないと気付けた。例え最愛(じぃじ)の意に反することをしても、それさえも()()な孫の素材になる。だからこそ、もう安心して反抗できる。


「それってつまりぃ、お祖父様さえ頷いてくれたらぁ、今すぐにでもシャルルンのハーレム(どう)が始まるってことぉ……?」

「まあ、そうなるな」

「その前提条件で行くと――職務で忙しいシャルルエドゥ先輩が、接点の少ないヒト族をすぐさま愛せるとは限らない……つまり、エルフ族と魔族から順に食い散らかすってことですよね!?」

「その表現が適切かは分からないが、極端な話そうなるな」

「そ、それ! その、エド先輩の中で! ハーフやダークといった、混ざり者の扱いはどうなるのでしょうか!?」

「……いつも言っているように、君らは大分類で言えば〝エルフ族〟だろう」

「なんか盛り上がってるとこ悪いけどよ、対象者は当然『希望者に限る』よな? 目につくものを誰彼構わず食ったりしねえよな?」

「当然、そうなる。僕を望まない相手を、無理やりどうこうしようとは思わない」


 部下四人から代わる代わる質問を投げかけられたシャルは、淡々と回答していった。そうして一問一答が一息つくと、シャル含む五人の目がエドゥアルトただ一人に向けられた。彼は口元を引くつかせると、物凄い勢いで顔を真横に振り回した。


「だ、ダメだダメだ! ルー、悪いがそれだけはできん! ワシは純潔のまま死にたい! いや、そうしなければならんのだ!!」

「純潔……? それには、何か深い理由が? 神々が言うには、純潔を守ったところで、僕らが太古に失った魔法は取り戻せないらしいが……」


 首を傾げながら問うシャルに、エドゥアルトはぐっと言葉に詰まった。しかし、この場に居る全員から向けられる眼差しに観念したのか、やがて自棄を起こしたかのような大声で告げた。


「ワシは……ワシはヒト族に尽くして来た実績を認められ、ルーとは違うベクトルで神々に気に入られとる。だからこそ、神々と死ぬまで純潔を貫くと約束したんだ! そうすれば、なんと来世は()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい!! 来世は絶対にヒト族が良い! 長生きしてばかりでクソつまらんエルフ族なんて嫌じゃ! こんな忌々しい種族の記憶も、全消去してもらうんじゃ~!!」


 拡声器も何もないはずのシャル宅に木霊(こだま)したエドゥアルトの叫びは、なぜかエコーがかって聞こえた。そうして「じゃ~! じゃ~……! じゃ~……」という魂のやまびこが収まると、ぽかんと呆けた顔をしていた面々が一斉に彼に詰め寄った。


「まさかぁ、それが言いたくないっていうもう一つの理由ぅ~!? シャルルンにばっかり勝手な役割を押し付けておいてぇ、そんなワガママが通る訳ないじゃな~い!?」

「そうですよ! シャルルエドゥ先輩の童貞なんて、全人類が喉から手が出るほど欲しい黄金の宝物(ほうもつ)ですよ!? なにバカなこと言ってんスか、今すぐこの場で脱いでくださいよ! 自分、お手伝いしますから!」

「バカなこと言ってんのはどっちなんだ……? そもそもお前、リーダーと出会った時期で言ったらかなり新しい方の部類だろうに……」

「でも、お祖父様が覚悟を決めてくださらない限り、後に控える私たちは永遠に幸せになれないってことですよね……!? そんなのって、あんまりです……!」

「いいや! 嫌と言ったら嫌じゃね!! こちとら四万年かけて貞操を守ってきたんじゃぞ!? ここで折れて、来世もエルフにされたらどうしてくれる!? 誰か責任とれるのか!? おおん!?」

「例え来世がまたエルフ族だったとして、果たしてじぃじに今世の記憶が残されているのかという疑問はあるが……そうなると、僕が真のハーレム王になるのは難しい」

「ル~……! 何も、こんなところで意固地にならんでも~!!」

「それこそ、どの口が言ってんスか!? こうなったら、もう隠しエリアがどうとか言ってる場合じゃありませんね! 全エルフで囲みましょう!」

「言っておくが、僕が求めているのはあくまでもじぃじ主導の意思による承諾だからな。手荒な真似や脅迫などしようものなら、僕はそんな真似をした者を絶対に許さない」


 シャルがそう忠告しても、ロロを除く部下たちはギャアギャアと騒ぎながらエドゥアルトを囲んでいる。しかし、対するエドゥアルトも一切引けを取らず「いいや、絶対に嫌じゃね! それは無理じゃね! でもひ孫だけは欲しい!!」などと応戦しているようだ。

 やにわに騒がしくなった室内で、ただ一人シャルだけが口元に笑みを浮かべていた。じぃじが折れるのが先か、それとも彼が亡くなるのが先か、もしくは――。

 これは恐らく、エドゥアルトとシャルルエドゥにとって最初で最後の親御喧嘩もとい、じじ孫喧嘩である。

 エドゥアルトは終生シャルを説得しようと必死に構うだろうし、周りも巻き込んで賑やかな日々を送れるだろう。そうして過ごせるならば、近付く終焉も少しは悪くないものとなるに違いない。


 シャルはふと神々の消えた天井を見上げると、果たしてどこまで反抗し続けるべきなのか、自分でも驚くほど穏やかな気持ちで考えたのであった。

これで本編は完結となります。

途中何度も休載した関係で、膨大な時間がかかってしまいました。ここまでお付き合いくださった皆様には頭が下がる思いです。本当にありがとうございました。

ただ、ここで終わってしまうと「肝心の隠しエリアの結果は?」となりますので、次回からエピローグを数話更新する予定です。

最後まで、あともう少しだけシャル一行にお付き合いいただけると幸いです。

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