閑話休題
「しっかし……よく、そこまで先読みできるよな? 俺らみたいなただのエルフは、まず「都合よく改造すれば良い」なんて考えもしなかっただろ。労役に対する不満があるヤツは、仕事をサボるのが関の山だってのに」
「お、ちょっとちょっと、なんですか? ロデュオゾロ先輩。そんなに褒めたって、分配金は平等ですからね~?」
「純粋に褒めてるだけだろ」
ロロが感心した様子で褒めれば、アズは得意げに鼻を鳴らしながら「自分、ダンジョンの構想なら他にもたくさんありますよ! ネタ切れするまで改造と改良を続けるつもりです!」と胸を反らした。それから、ホワイトボードに『特許出願に関する提案と続く改善案』と銘打ったテーマに沿い、箇条書きを綴り始める。まだ隠しエリアの成功も確定していないのにも関わらず、彼の頭の中にはすでに、隠しエリア解放後の構想が用意されているらしい。
ホワイトボードを黒く染めていく文字の羅列に、ダニエラは「アズちゃん、すご~い」とにこやかに拍手を送り、ロロは感心を通り越したのか呆れたような眼差しをしている。神々が登場したことで一行を支配していた緊張感のようなものは、完全に霧散してしまったらしい。
アズを中心にして盛り上がる面々を尻目に、トリスはシャルとエドゥアルトが座るダイニングテーブルに近付き「あのぅ」と声を掛けた。
「なんだか、すっかり話が逸れてしまいましたが……結局、エドゥアルトお祖父様の思われる答えってなんなんでしょうか? エド先輩は『普通』に変わるべきなのか、このまま生きるべきなのかって言う――」
彼女の問いかけを耳にすると、ホワイトボードの前で騒いでいた三人がぴたりと口を閉じた。神々の登場や特許の話などで盛り上がり、すっかり忘れていたのだ。そもそも、一行がこの場に集められた理由すら――それは、渦中のシャルも同じだった。
彼は思い出したように「ああ……」と漏らすと、途端に表情を強張らせてエドゥアルトを見た。エドゥアルトは孫の様子に苦笑いを浮かべると、一度咳払いをしてから頷いた。
「まだ話し合いの途中だったな。さて、どこまで話したんだったか――とにかく、今ルーが危惧しているのはワシの寿命だろう? エルフ族の寿命は四万から五万と幅があるものの、ワシはとうに四万を過ぎているし、いつ死んでもおかしくないラインに足を踏み入れている。このままワシが居なくなれば、ワシしか〝特別〟に思えないという特性が足枷になる。まだ四千年しか生きていないルーが、ワシの死後、残りの約四万年を独りでどう生きれば良いのか……要はその不安が、お前の存在理由そのものを揺るがせている状態なんだろう? 神々のお気に入りたるお前が、まさか天寿を全うできずに早死にするとも思えんしな」
エドゥアルトが問えば、シャルは小さく首肯した。テーブルの周りにはトリスだけでなく、いつの間にかアズやダニエラ、ロロまで近付いて来ている。
「ワシは自分の孤独を癒すことに夢中で、ルーの将来について深く考えていなかったんだと気付かされたよ。とは言え、この不安を解消する方法は――本当に、簡単なことだと思う」
「……僕は、どうすれば良い? どう生きれば、最期の時までじぃじの完璧な孫で居られるだろうか……?」
どこまでも不安げに問いかけるシャルに、エドゥアルトは穏やかな笑みを返した。それから、優しい声色で真っすぐに告げた。
「ルーよ、性豪にならないか?」
「……………………せいごう?」
言われた言葉の意味が分からなかったのか、もしくは意味が分かった上で祖父の心が分からなかったのか、シャルはたっぷりと間を開けてから首を傾げた。周りの者も、エドゥアルトの頭よりもまず己の聴力を疑ったのか、閉口したまま固まっている。
「絶倫でも、艶福家でも良い。神々に願うべきは『普通』でも『不変』でもなく、その一点のみだとワシは思う」
「その……そうか………………じぃじ、念のため理由を聞いても良いかな」
シャルは、なんとかギリギリのところで言葉を振り絞ったようだった。彼のもつ特性上、性的な話題は生理的にNGなのである。今回は相手が敬愛するじぃじだったから、唾棄すべきかどうか限界まで迷った結果、折れたらしい。
誰に対しても公平であれ――その〝特性〟が原因で、シャルは性衝動とは無縁な生を送ってきた。一度でも誰かを抱けば最後、ただ公平であるためだけに、この世の全てを抱くハメになるからこそ働く防御システムのようなものだろう。それは、シャルが完璧なエルフである以上死ぬまで続くはずの特性だった。じぃじの没後、シャルを永遠に孤独たらしめる最大の要因でもある。
「理由は一つしかない。ルー、お前を孤独から救うには、性豪になるしかないからだ」
「僕が普通のエルフに生まれ変わるでも不変でもなく、性豪になると……つまり、どうなるんだ?」
「分からんのか? 真のハーレム王になる」
「どう……だから、あー……詳細を、教えて欲しい」
自信満々に意味の分からないことを言い続ける祖父に、シャルはまたしてもギリギリのところで耐えた。まるで、クレアシオンの問題児アズと会話する時に似た何かを感じる。敬愛するじぃじ相手にそんなこと、有り得るはずがないのに。
あれだけ嫌悪していた「次元移動」をホイホイ使用するようになったのは、痛風の悪化が原因だとばかり決めつけていたが――この会話のキャッチボールの下手さ加減、もしや痴呆の症状が出始めたのではなかろうか。しかし、神々が登場するまでにしていた会話に違和感はなかった。
つまるところ、ことこの話題に関してはエドゥアルトのIQが下がる、と言うだけの話だろう。
「良いか、ルー。誰に対しても公平なエルフであって欲しい――その願いに変わりはない。しかし、その特性が原因で誰とも関係を深められないと言うならば、多少の変化を加えるべきだ。ただ、この世の全てを抱くのは現実的じゃない。〝実際に会ったことがある者〟や〝少なくとも数年以上は友好関係が続いている者〟など、あらかじめ範囲を限定するべきだろうな。そうして名実ともにハーレム王として生きるためには、性のスタミナが必須になる。この部分が性豪へ繋がる訳だな」
「性のスタミナなんて言葉は、初めて耳にしたよ」
「お前は完璧に生まれた神造エルフだから、体力面に関しては一つも問題がない。もしかすると、生まれ持ったスキルが隠されている可能性もある。ただ、四千年もの間まるで経験がないと言うのは不安要素になる……ルーの求められ具合から言って、一日に複数人捌く必要があるだろう? ハーレムを安心安全に管理するには、神々の力を借りるしかない」
「じぃじ……」
「まあ、聞け。今ある特性を上手く活かせば、刃傷沙汰なしで多くの者を幸せにできるんだぞ? ハーレムの一員になりたいと願う者は、クレアシオンのエルフだけじゃない。他のダンジョンで働くエルフ族はもちろん、魔族もヒト族もルーを好きになるんだ。全部抱き込めとは言わん、しかしな――」
「なあ、じぃじ」
「ええぃ! どうか分かってくれ、ルー! ワシ死ぬ前に、ひ孫が見たいんじゃもん!! てか、ヒト族とエルフ族がまともに愛し合った結果生まれるハーフって、どんなじゃろうの!?!? いっちばん見てみたい!」
「……長い前置きだったが、それこそがじぃじの本音だな?」
いきなり机に突っ伏して喚き始めたエドゥアルトを見て、シャルは気が抜けたように肩の力を抜き、それから項垂れたのであった。




