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不労所得

 シャルの解説と神々のもつ驚きの体積を聞いたトリスは、絶句して目を丸めている。髪の毛一本にも満たないと言ったって、この部屋から溢れんばかりの存在感であった。しかし、数え切れないほど膨大な意識の集合体という点には頷ける。例えば、神々の体中にびっしりと付いていた目玉――あれら全てがただひたすらにシャルに向けられていたことなど、いかにも全意識が彼一人に集中していたことへの証明に他ならない。

 あの様子を見るに、神々もなかなかに強火のシャル狂いらしかった。


「それで、神々はなんと言っていたんだ?」

「――え? アレって、じぃじさんにも伝わらない言語だったんですか? でも昔、シャルルエドゥ先輩を造ってもらう時に話したことがあるんですよね?」

「ああ、その時はあのような姿ではなく、エルフを模した体で顕現してくれていたからな。もちろん、言語もこちらに寄せてくれていたよ。ただしルーは特別に優秀だから、わざわざ翻訳されずとも神々の言語が理解できてしまうようだ」

「特別に優秀と言うか……たぶん、それも先輩の特性がなせる(わざ)ですよね? 他人の顔の細かな違いが分からない相貌失認と同じく、言語の違いさえ()()()()()ことになっている――どこまでもフラットに、言語の壁すら感じさせない公平性ってことか」


 シャルは、興味深そうに自身を分析するアズに頷いて見せた。確かにシャルにとって、言語の壁などあってないようなものだ。相手の話す言葉が分かるし、普通に母国語を喋っているつもりが、何故か相手にも言葉が通じてしまう。

 ただし、これはあくまでも相手が知的生命体である場合に限られる。例えば犬猫が鳴いていても意思の疎通は(はか)れないし、神々に精神を破壊されてしまった元魔族――モンスターの鳴き声を聞いても同様だ。

 恐らく、エドゥアルトの願った〝誰からも愛される〟特性の『誰からも』の対象は、知的生命体に限られているのだろう。シャルは別に動物に嫌われはしないが好かれる体質でもないし、モンスターと真正面からぶつかれば平気で襲われる。


「神々の用件は、(おおむ)ねいつも通りだったよ。そろそろ願いの一つや二つできたか、と……それだけだ」

「ダンジョンの改造については、今のところ黙認するということだな。つまり、少なくとも神罰の対象にはならない――むしろ、隠しボーナスの付与に繋がる可能性が高いようだ。良かったじゃないか、アズ少年」

「えっ、そういうことになるんですか? と言いますか、色々と驚いてばかりで考えが及ばなかったんですけど……シャルルエドゥ先輩。神々と気軽にお話しできる間柄なら、ちょっと呼び戻してもらえません?」

「……神々をか? 一介のエルフがそんな真似できるはずないだろう。いや、恐らくやろうと思えばできないこともないが、進んでやりたくない」


 何故ならば、そんなことをするエルフは普通ではないし、私用で神々を呼び出してしまっては公平性に欠けるからだ。まず、そういう問題ではないと言うか、シャルが呼び掛けただけでラフに現れる神々など、見たいとも思わないと言うか――。

 そもそもアズは、何を目的にこんな傲慢極まりない要請を口走っているのだろうか。神々を前にした時はあれほど恐れ(おのの)いていたくせに、もう恐怖心を忘れてしまったのか。

 そうしてシャルが胡乱(うろん)な眼差しを向けると、アズは珍しく真剣な表情で続けた。


「隠しエリアの件が、自分のボーナス……もとい『徳』に繋がるなら、早い段階でハッキリさせておきたいことがあります。具体的には、神々の力で特許権を与えて欲しいんです」

「特許権……と言うと? まさか、隠しエリアの件そのものにか? いずれ他のダンジョンでも同様のエリアが開設されると?」

「はい。自分は、確実にパクられると思ってますよ。クレアシオンで隠しエリアが成功したら、すぐにでも――だって、一つのダンジョンに一つあれば楽じゃないですか? 隠しエリアの乱立なんて、秩序あるRPGロールプレイングゲームでは有り得ませんけど……残念ながら、この世界はゲームじゃありません。成功モデルさえあれば、後追いしたくなりますって」


 アズは、すっかり部屋の置物と化していた私物のホワイトボードに文字を羅列し始めた。

 特許を出願するための条件として、一に産業上の利用可能性――実際に、工業や商業で活用できる技術であることを証明する必要がある。これについては、隠しエリアを運用することで得られるメリットを考えれば、わざわざ証明するまでもない。

 まず、モンスターの巣として機能しているエリアと比較すれば、原状回復の容易さが段違いだ。それだけでも作業の効率が上がり、エルフは楽をできる。また、永遠に終わらないレイド戦を仕掛ければ冒険者の動きを統制できるし、ベテラン冒険者がダンジョン内に居るだけで、ルーキーの死傷率が減少する。これらは十分に、産業上の利用可能性を高めていると言えるだろう。

 次に、新規性や進歩性――つまり、世界的に見て誰にも知られていない技術であること。専門家でも簡単には思いつかないレベルの工夫があること、などが求められる。

 これらについても、そもそも隠しエリアを造ろうなんて構想自体、アズのハーフらしいぶっ飛んだ思考回路から生まれたものなので、問題ないはずだ。純血のエルフはダンジョンに穴を開けようなんて考えもしないし、大昔にはあったらしいダンジョン内のレイドゾーンも、ヒトが死にまくり赤字になるばかりで使えないから廃れてしまった、不人気アトラクションのようなものだった。


「自分は、この構想をクレアシオンで独占したいと考えている訳ではありません。ただ、後追いするからには〝使用料〟くらい払ってもらわないと、割に合わないですよね? だって、隠しエリアは――熟練の冒険者を呼び込んで新人冒険者の面倒を見させようって思惑は、始まりのダンジョンたるクレアシオンでしか成立しないことです。他のダンジョンでも同様のエリアを開設されたら、熟練の冒険者は分散してしまいます。なんなら、クレアシオンと比較して難易度や報酬を調整することで、さらなる人気を獲得しようとするかも知れません」

「なるほど、一理あるな。しかし、これだけ大掛かりな工事を施しておいて、アズ個人が特許の出願とは……受理されるかすら怪しいぞ」

「あ、さすがに自分個人が出願するなんて、そんな厚顔無恥な真似はしないですよ? 他所のダンジョンで隠しエリアが開設・運営されるたびに〝クレアシオンで働くエルフ全員に平等に〟ある一定の使用料を分配する――という条件を願い出るつもりです。例え言い出しっぺが自分だとしても、あのエリアは周囲の協力があって完成したものです。それに、「自分だってずっと前から構想を練っていた」なんて、妙な言いがかりを付けてくるパイセンも居ることですし? 利益の独占を狙うのはリスクが高すぎる。自分は、細く長~く不労所得を手にできる方が助かります」


 アズは大げさに肩を竦めながら、そんなことを言った。当然「何が『妙な言いがかり』ですか! 至って正当な意見でしょう!!」と憤慨する妹の高い声が聞こえてきたが、彼は一つも気にした様子がない。


「気は進まないが、そういった理由ならば……まあ、近いうち神々に話してみよう。そもそも、隠しエリアに(かか)るどこまでの範囲をクレアシオンの特許として申請できるのか、定かではないが――この世に存在する全エルフ族と魔族の積んだ『徳』によるポイントの加算や、減算の処理を可能としているくらいだ。特許の使用料を平等に分配するくらい、神々なら問題なくこなせると思う」

「でもぉ……いくら後顧(こうこ)の愁いを断つためとは言え~、本当にクレアシオンの皆で分けちゃって良いのぉ? 実際に企画したのも、責任者を集めて直接プレゼンしたのも、アズちゃんなのに~? なぁんか、私特別なこと何もしてないのにぃ、クレアシオンのエルフって言うだけで不労所得をもらえるなんて、罰が当たっちゃいそぉ~」

「いやいや、ダニエラ先輩が居なかったら、拉致られた冒険者を芝居で騙すなんて不可能でしたよ。それに、クレアシオンのエルフだからこそ――ですって。自分ら、ただでさえ〝エルフが絶対に働きたくないダンジョン、万年ワースト一位〟に配属されてるんですよ? せめてちょっとした副収入くらいなきゃ、やってらんないでしょう?」


 笑顔で答えるアズに、ダニエラはあっさりと「そっか~! それもそうだよね~」と、いとも簡単に納得した。

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