神々の采配ミス
いまだ自分の世界に入ったまま考察を続けるアズと、ダニエラに反論できないまま黙り込んでしまったトリス。室内が再び静まり返ったところで、シャルが一つ短いため息を吐いた。
「まさか、神々が今日この場に姿を現すとは思わなかったが――これも良い機会だ。新卒の君らにとっては、初顔合わせだった訳だし……簡単に説明しておこうか」
シャルはいつも通りの淡々とした語り口で、神々について解説を始めた。
そもそも、シャルが神々と邂逅するきっかけを作ったのは、言わずと知れたじぃじ――エドゥアルトである。彼がヒト族ファーストに生き、十億ポイントを貯めた結果、神々が褒美を授けるために下界へ顕現したのが始まりだ。
そうして、エドゥアルトが十億ポイントで願ったことは『孫が欲しい』だった。具体的にどんな孫かという話は既出のため割愛するが、要約すると〝誰からも愛される〟完璧で可愛い孫である。
神々は彼の願いを忠実に、どこまでも完璧に叶えて見せた。お陰で無事シャルルエドゥという神造エルフが爆誕して、四千年と少しの間、種族や老若男女問わず様々な生き物を虜にしながら生きている訳だが――。
ここで、神々でさえ想定外の事態が起きる。誕生したシャルは、他でもない神々の手で〝誰からも愛される〟という特性を付与されていた。この、誰からもという点がまずかった。シャルを目にした者は、誰もその魅力から逃れられない。それは、この世に生を受けたばかりの赤子――シャルを一目見た神々も、例外ではなかったのだ。
可愛い孫を与えられたことに狂喜乱舞するエドゥアルトの横で、神々もまた狂い、戸惑った。下界で愛おしいのは、健気でいじらしい祈りを捧げてくれるヒト族だけだったはずだ。
十億ポイント貯めたからには褒美のひとつも与えるが、エルフ族や魔族なんてものは、神々にとって愛しいヒト族を虐げる、この世のガンでしかない。ヒトを虐げる上に争いごとが大好きで、放置していたら、自然が破壊されようがなんだろうがお構いなしで戦い続けてしまう。だからこそ神罰を下した。そのことは、数万年が経過した今も誤りだと思っていない。
――だと言うのに、このエルフ族の赤子の、なんと愛らしいことか。無条件で慈しみたくなる。ヒト族に対する庇護欲とは、また少し違うものだ。
神々曰く、大げさに言えば「この日、初めて恋を知った」とのことらしい。まさか神々も、自身の手で付与した〝誰からも愛される〟という特性の餌食になるとは、夢にも思わなかっただろう。それほどエドゥアルトの願いが貪欲で、孫に対する愛情に溢れていたとも言えよう。
そうして初恋を知った神々は、事あるごとにシャルの前に現れるようになった。赤子の成長を見守っていたのは、エドゥアルトだけではないのだ。
誕生日祝いは毎年欠かせないし、エルフの養成学校へ入学する時も、卒業する時も祝った。もちろん入社祝いもしたし、エドゥアルトの退職が決まり「今後は気軽に会えなくなると思うと、寂しい」なんて目を潤ませるシャルを、抱き締めたりもした。
しかし、それでも足りなかった。いくら会っても、いくら彼の視界に入っても、いくら言葉を重ねても全く足りない。神々は、シャルを渇望するばかりだった。
彼を独占したい、特別に想われたいなんて神らしくもない願望も抱いたが、シャルの特性は〝誰からも愛される〟ことだけではない。神々が彼を優遇しようとすればするほど「公平じゃありませんよね」と距離を置かれ、嫌われこそしないが、好かれることもなかった。
頻繁に姿を見せることさえも、やんわりと苦言を呈される始末だ。まさかエルフ族が苦言を呈すなんて――と思う一方で、相手が神だろうとフラットに接する姿勢も好ましく、想いが止められない。神々はシャルルエドゥという劇薬を前に、ありとあらゆる理性のブレーキが故障していた。
やがて神々は、頻繁に顕現することさえ叶わないならば、せめてエルフ族の仕事に関連することで接点をもてないかと考えた。具体的に言えば、一年に一度の隠しボーナス配給日だ。
素行の悪かった者はボーナスが貰えるどころか減給される、通称『年末調整』と呼ばれている日ならば、さしものシャルも苦言を呈さないだろう――いや! やっぱり一年に一度じゃ寂しいから、今後は隠しボーナスの配給を前期と後期に一度ずつの計二回にしよう! ね!? シャル、それくらいは良いよね!? 全エルフと魔族に平等に配給するなら、全然不公平じゃないもんね!? ねっ!? 大好きだよ!? こっち向いてピースして!?
「……と言う訳で、神々は半期に一度のボーナス配給日が近付くと、ああして姿を現すことがある。普段は周囲の者を怯えさせないように姿形を変えてくれるんだが、先ほどのフライング顕現ではそれがなかったな。僕は特性が邪魔をして、神々を畏れる気持ちすら満足に湧いてこない。自分でも、不敬にも程があると思うんだが……神々は、僕の物怖じしないところも気に入ってくれているらしい」
「フライング顕現って、一体……てかシャルルエドゥ先輩って、神々から見てもオモシレー男って訳ですか?」
解説を聞き終えたアズが問いかければ、シャルは小さく肩を竦めて見せた。
「オモシレー男と言われてもな……ああ、ちなみに「神々」と複数形で呼ぶのは、どうも、膨大な量の意識の集合体が神を形成しているらしいと聞かされたからだ。意識が一つではないからこの世の全てを見通せるし、演算処理能力も尋常じゃない。先ほど次元の裂け目から見えた体――のような部分も、神々にとっては極めて小さなパーツだ。僕たちで言うところの、髪の毛一本にも満たないだろうな」




