彼らのその後
ヒト族を贔屓し続ける神々のせいで労働機会を失いつつあるのに、神々はまだ、それでも魔族とエルフ族の懲罰を撤回しようとはしなかった。魔族とエルフ族をダンジョンから開放すれば最後、ヒト族の平穏が壊されるからだ。
例え労働中でも「中抜け」制度を使い、ダンジョンの外を自由に歩けるエルフ族はまだ良い。しかし、十億ポイントを貯めない限り、死ぬまでダンジョンから出られない魔族にとっては、由々しき事態であった。
とは言え、比較的自由に過ごせるエルフ族からしても、あまり楽観視できる状況ではなかった。
何せ実働を稼げないため、いつまで経っても次のシフトと交代できない。いくら「中抜け」で外出できたとしても限度があるし、職務放棄すればタイムカードは減算されるし、下手なことをすればポイント赤字にもなる。
それらの問題解決に乗り出したのもまた、アズであった。彼は、隠しエリアの作成やモンスターの仕様変更だけでなく、ついにはダンジョンの作り替えを提案したのだ。
モンスターの巣という設定を破棄して、いっそリアルな没入型ゲーム体験施設にすれば良い――と。
何せ、彼には怖いものなんてない。ダンジョンそのものを破壊して新しい建物を造り出すくらい、朝飯前であった。
しかも、彼の陣営にはシャルルエドゥが居た。神々と直接交渉ができる上に、その特性を活用すれば神々を味方に付けることすら難しくない、チートのハーレム王である。
当然、シャルはそのような〝ズル〟を良しとしなかったが、もはや二種族を巻き込む最大の危機を前にして、意固地になってもいられなかったのだ。
かくして、洞窟型だったクレアシオンのダンジョンは、今では立派なARバトルシミュレーター施設として生まれ変わった。
冒険者という汚れ仕事やダンジョンそのものが嫌煙されるなら、いっそどこまでもゲームシステムに近付けたアミューズメント施設にしてしまえ、というのがアズの考えだった。
隠しエリアの時と同様、真四角のコンクリート製で作られた個室には土ホコリ一つない。モンスターが食すために置かれる家畜の死骸も、彼らの糞尿もないし、薬草や湖、そこを泳ぐ魚の影もない。
倒すと同時に消滅するモンスター、代わりに現れる素材アイテム。備え付けの専用パットを操作すれば、エリア移動をせずともその場でモンスターのおかわりができる。
さらに重要なのは、死んでも蘇るプレイヤーだ。
アズはある時、唐突に「死んだヒト族を魔法の大釜に入れると、どうなるんですかね? どなたか経験あります?」と、まるで悪魔のような疑問を投げかけた。
もちろん、周りに居たエルフは「なんて恐ろしいことを言い出すんだ」「ヒトの遺体を弄ぶなんて、神々に消されるぞ」とドン引きしたが、彼の好奇心と行動力は誰にも止められない。
その結果はモンスターと同様で、例え大窯にヒト族を入れても、水晶に閉じ込められたフィギュアのような形態で排出される。しかも、水晶を割れば蘇るところまで一緒だった。
この仕様に気付いたアズは、よりリアルなバトルシミュレーターが完成すると大いに喜んだ。しかも、この手法でヒト族を生き返らせた場合、死亡によるポイント減算のペナルティが取り消されることまで判明した。
例えダンジョンの中でヒトが死んでも、大釜さえあれば水晶に入った状態で蘇生できる。あらかじめ復活スペースとして医務室でも用意しおけば、あとはそこで水晶を割るだけで良い。
エルフに「時間停止」や「収納」の魔法がある限り、例え複数のプレイヤーが同じ部屋に居たとしても――なんなら、『るるぽーと』内のどこでヒトが死のうとも、問題にならなかった。
欠点があるとすれば、毒をもつモンスターに溶かされた肉体や、捕食されて瞬く間に消化された血肉は再生できないことだろうか。
モンスターの欠損した体を補填する時と同じく、大釜に肉や化合物といった代替品を混ぜれば、再生できないこともないのだが――ヒトの場合は強い拒否反応が出るようで、せっかく蘇っても再び死に至るケースが多い。
ヒト族の間で「負け方によっては体の一部を失う恐れがある」と噂されているのは、こういった事情によるものだった。
「まあ、今リーダーと会ってんのダニエラさんだし、そこまで時間かからねえと思うが」
「……えぇ!? ダニエラ先輩、これで何回目ですか! もうとっくに先輩の番終わってんのに、また割り込みってことですよね!? さらに自分の番が遅くなるでしょうが!!」
「いや、チビどもと一緒に来てたし、さすがに純粋な面会だろ……」
「それはロデュオゾロ先輩の個人的な感想と、希望的観測に過ぎませんよね!?」
「その熱意と慎重すぎるくらいの疑り深さ、仕事でも発揮してくれれば言うことなしなんだがなあ」
すっかり呆れ返った様子の防人ロロに対して、アズは「先輩から最側近に望まれた唯一無二の勝者のくせして、いまだにベッドを共にしたことない臆病者は、黙っててもらえます!?」と憤慨した。
すぐさま「だから俺は、男に興味ねえの! その点も考慮した上での人選に決まってんだろ!!」という反論が飛び、アズはまるで納得していない表情で、やれやれと首を振る。
「――ま、ロデュオゾロ先輩の好みってちょっと変わってますもんね」
「はあ? 藪から棒に何だよ」
「自分、ルルトリシアが言ってたの聞いちゃったんですよねえ……「ロデュオゾロ先輩は二人きりだと甘えん坊になる」って」
「……はあ!? それ、トリ――ッチビシアが言ったのか!? どこで、誰に!?」
「………………げぇ。カマかけただけなのに、マジにならないでくれません? ライバルが減ったのは良いことですけど、双子の妹が顔見知りと恋仲とか、キッツ~」
「テメエ……分かった。ここから先、三千年はリーダーと面会できないもんと思えよ。俺の権限はリーダーの次に強いってことを忘れるな」
「ちょっと!? ほんの冗談じゃないですか!! 嘘、嘘! 全然キツくないですって! 兄として応援しますよぉ、義家族になるなら不和は止しましょうって!」
「不和を生じさせる一番の原因が、何を言ってやがるんだか……」
くるりと手のひらを返して媚びへつらい始めたアズに、ロロはまた大きなため息を吐き出した。
すると、あまりにも騒がしかったせいか、彼の背後にある大きな扉が音を立てて開く。中から飛び出て来たのは、身長百二十センチくらいの子供エルフ二人だ。
一人はエルフ族らしい尖り耳に金髪碧眼の白肌、もう一人は尖り耳に銀髪赤目と褐色の肌と、ダークエルフの特徴を備えている。色彩だけ見ればあまりにも違うが、背丈から髪の長さ、顔のつくりに表情まで瓜二つの双子だった。
小さな双子はロロを見るなり笑みを浮かべると、彼の両手にそれぞれ飛びついた。
「ロロちゃん~、ママのお話長くてぇ、シリル飽きちゃったぁ~」
「エイドお腹空いたぁ~、ロロちゃんご飯もってな~い?」
母親そっくりの間延びした喋り方と、まだ生まれて八百年ほどの幼児とは思えない、妙に艶っぽい目つき。今は寸胴の幼児体型だが、いずれサキュバスも真っ青のセクシーダイナマイトと、インキュバスも逃げ出すセクシーマッチョに成長するだろう。
なぜだか一部ヒト族の間で〝建国の始祖たる双子の神〟として祀り上げられている双子の名は、姉がシリル、弟がエイドという。より母の血が濃い褐色肌は弟の方で、彼らの祖母に当たるサキュバスクイーンは、孫の中でもエイドをことさら可愛がっているとかなんとか。
両手を封じられたロロは、困ったような苦笑いを浮かべている。
お世辞にも子供に好かれやすいとは言えない強面の風貌なのに、それでも物怖じせず、おっとりのんびりと飛びついてくる双子。そんな双子の後に遅れて姿を現した母親は、まさしくダニエラである。
「あれぇ~? アズちゃんが居る~、今日お仕事はぁ~?」
「シャルルエドゥ先輩にお伝えすることがあって、抜けてきました! ダニエラ先輩は……まだ育休が明けてないんでしたっけ。ていうかそのお腹、もしかして何度目かの産休ループですか?」
「うふふ~。この際、使える制度は全部使っちゃおうと思ってぇ~。あと三百年くらいは続けられる計算なの~」
ダニエラは相も変わらず、下着と見まがうような薄布を身にまとっている。以前にも増してパンパンに張った胸元と、それに劣らぬほど膨らんだ腹が非常に目立つ。
あまり腹を冷やすのはどうなのかと心配にもなるが、ただでさえ頑丈なエルフ族と魔族の血を引いているから問題ないのだろう。
その腹を見ながら、アズが僅かに眉を顰めた。
「……今度の子の名づけは、どうなるんです? まさか、真面目に考えるなんて言い出しませんよね」
「え~っとぉ……思い出せるのは、カリプソとエッジバルとサルヴァトーレ、あとルイス? もし男の子だったら、頭文字をとって〝カエサル〟なんてどうかなあ~? シャルルン以外はジャガイモだしぃ、やっぱりママ譲りの名づけ方が火を噴いちゃうね~」
「ダニエラ先輩が横入りした訳じゃないと確定して安心したような、それで良いのかと疑問に思うような――先輩が頭悩ませて名付けたの、今のところ双子だけですもんね。父親がジャガイモじゃないって分かってるから」
神妙な顔付きで言うアズに、ダニエラは含み笑いを返すだけだった。ロロの両腕にぶら下がる双子は、口を揃えて「パパがちゃんと分かってるのはぁ、シリルとエイドだけだもんねぇ~」と得意げである。
今から約五千年前には男性恐怖症を拗らせていたような気がするのに、ダニエラもすっかりサキュバスらしくなったものだ。元よりその素質があったからこそなのか、それとも初めの一歩さえ踏み出してしまえば、後は野となれ山となれ精神なのか。
いずれにしても、ただの社畜として一生を終えることなく社会福祉制度を限界まで使い切ろうと目論む姿は、同世代の誰よりも人生を謳歌しているようで何よりである。
そうして、元「エルフが働きたくないダンジョン万年一位」を盛り立てた面々が話し込んでいると、開いたままの扉からエルフがもう一人、遅れて姿を現した。
現場に駆り出されることが減り動きの邪魔にならなくなったせいか、輝くような金髪は足首まで長く伸びている。以前は禁欲的な緑のローブばかり着ていたのに、今では夜着のようなガウン姿で過ごすことが増えた。前合わせが緩く閉じられているせいで肌の露出も増え、元から備わっていた気だるさも相まって、とんでもない色香を漂わせている。
彼こそが家の主――名実ともにハーレム王となった、シャルルエドゥである。




