ハーレム王の今までと、これから
シャルは予定にない来訪者の姿を認めると、途端に渋面になった。それから、まるで寝起きの重い体を支えるのが億劫になったかの様子で、扉に身を預けながら目を眇める。
「アズ……貴様、どこぞの人気飲食店に配属されたんじゃなかったか。数百年前に「自分、店で人気ナンバーワンのエルフになったんですよ!」とかいう内容の手紙を送って来たはずだが」
「うわあ、シャルルエドゥ先輩! かれこれ三十年ぶりぐらいに生で見ますが、年々色気と疲労感が増した見た目になっていきますね! そういうとこ、ほんと永遠にタイプです!!」
「アズ」
「アッ、うっす! はい! 自分、今も『るるぽーと』内の歓楽エリアにあるクラブで、ナンバーワンホストやってます!」
「……男女が会話を楽しみながら飲食するだけの店、だろう? 決してダンジョンではない――そのはずなのに、なぜ貴様の所属部署はダンジョンで死傷する競技者よりも、よっぽど多い死者を出しているんだ。毎日毎日、報告や陳情書が届く僕の身にもなってくれ」
「自分、絶対にお触り禁止のお高く留まったエルフとして売ってるんで! 客にはそこがウケてますし売上もナンバーワンですし、今更キャラをブレさせるのはちょっとな~って感じっスね! そもそも「触るな」って書いてんのに触ろうとするヒトが悪いでしょう? 自分にしては珍しく、ルール内で健やかにやらせてもらってますよ!」
「珍しくって、自分で言っちゃうところがアズちゃんだよねぇ~」
「今この瞬間に持ち場を放棄してリーダーの家を襲撃してる時点で、ルールもクソもねえけどな」
アズの主張に加えて、ダニエラとロロの合いの手まで耳にしたシャルは、盛大なため息を吐き出した。まるでその吐息を吸い込むかのように「あ~! アティちゃんが喜ぶご褒美が出た~!」なんて言いながら深呼吸を始めた双子の姿に、酷い頭痛まで覚える。
「それで……本来なら約束のない者と面会するつもりはないんだが、どうせ貴様は僕が話を聞くまで帰らないだろうから聞こう。何の用だ?」
「ああ、そうでした! ルルトリシアから報告があって、どうも五十八番がクレアシオンに還って来たみたいですよ?」
「五十八――シンクユイットが? そうか、随分と早い帰還だな。もうエルフ化の兆候は見られるのか?」
「いえ、それが戻りが早すぎたようで、まだ二十歳を迎えていないみたいですね。ヒト前でエルフ化するのもアレだし、いっそ迎えに行くのもアリかな~なんて思いますけど。ちなみに、五十八番目のジジさん――ええと、今世の名前はなんでしたっけ?」
「ジェシカだ」
「そうそう、ジェシカさんは、ほんの数年前に天寿を全うされたようですよ。もしまだヒトに転生したがるようなら、次は五十九番目になりますね」
報告を聞いたシャルは、途端に愁いを帯びた表情を浮かべて頷いた。
「さすが、ジジ――じぃじは忍耐強いな。ヒトに囲まれて幸せに暮らしたいというささやかな願いを、かれこれ人生五十八回分も阻み続けているのに、心が折れないとは……毎度エルフに魅了されてヒト族の男を遠ざけるし、生き方が下手過ぎて愛する子供たちにも愛想を尽かされてばかりのくせに、なぜ「来世はエルフに生まれ変わりたい」と思ってくれないのか。いい加減ヒト族への輪廻転生は諦めて、エルフに転生して欲しいものだがな」
「シャルルンがこれだけ執着する相手はぁ、今も昔もお祖父様だけだもんねえ、羨ましいなぁ~」
「……ダニエラさん、そこあんま羨ましがるとこじゃねえと思いますよ。リーダーがやってること、結構えぐいし」
シャルと、彼が敬愛して止まないじぃじ――エドゥアルトの最初で最後のジジ孫喧嘩の終焉は、実に呆気ないものだった。喧嘩勃発から数十年も経たない内に、エドゥアルトが寿命を迎えたからだ。
元より覚悟していた別れだが、シャルは悲嘆に暮れた。またエドゥアルトは思いのほか頑固で、シャルをハーレム王に生まれ変わらせるための交換条件を呑むことなく旅立った。
そのような状況で、彼に「残念ながらじぃじは居なくなったし、仕方ないからとりあえず〝性豪〟になって、新しい家族をつくろうよ!」なんて言える者が居る訳もなく、さすがのアズも打つ手なしでしょんぼりと落ち込んでいたものだ。
しかし幸いなことに、シャルの悲しみは長く続かなかった。生前エドゥアルトが言っていたとおりに、彼は死して数年後「天使のように愛らしいヒト族」の女性として生まれ変わったからだ。
もちろん、エルフとして天寿を全うした記憶など綺麗さっぱり忘れているし、姿形どころか性別さえ違うが、その魂だけは変わらないままに。
そう――魂が変わらなかったからこそ、シャルは強く惹かれたのだろう。彼自身のもつ「じぃじとチョコレートに目がない」という特性は、ハーレム王になった今も健在である。
かくしてシャルは、ヒト族の女性に生まれ変わったエドゥアルトと運命的な再会を果たし、互いに一目惚れをした――訳ではなく。
あまりにも落ち込んだ様子のシャルを見るに耐えかねた神々が、「ほらシャル、見て! 元じぃじだよ! ヒト族の女になっちゃたけど、きっちり生き返らせたよ! だから元気出して! お願い、投げキッスして!?!?」と気を回し、生まれ変わったじぃじ改め一代目ジジを連れて来たのだ。
神々に連れられて来た時はまだ赤ん坊だったため、いくら天使のように愛らしかろうが一目惚れもクソもない。ただ、それでも目を惹かれたのは、魂がエドゥアルトと同じものだったからに違いない。
じぃじの再誕に歓喜したシャルは、ひとまず一代目ジジの成長をヒトの世に託して見守った。やがて彼女が十代後半になると、神々に「僕を〝性豪〟にして欲しい」と願った。それから一代目ジジの前に姿を現せば、あとはとんとん拍子に進む。ただのヒトが、彼の魔性に抗えるはずがないのだ。
なんと――姿形は変わってしまったが――シャルの出した交換条件と、生前のエドゥアルトが「見たい」と願っていたことは、どちらも無事に果たされたのである。
そうして「初めてはじぃじ以外ありえない」という前提条件を達成したシャルは、名実ともにハーレム王としての道を歩み始めた、という訳だ。
「しっかし……言い方は悪いけど、真のハーフエルフが、これほどコスパの良い存在だったとは――て感じッスよね」
ロロの言葉に、ダニエラとアズが頷いて見せる。
「う~ん、たった二十年でぇ、成人エルフと同じ姿に成長しちゃうんだもんねえ~? ウチの双子ちゃんなんかぁ、まだ生まれて八百年のお子ちゃまなのにぃ~」
「エルフ族は成長速度が極端に遅いし、養成学校に入学できるのも千歳からですもんね。そこ行くと、二十歳までは短命種のヒト族と同じ成長スピードで、そこから先は長命種のエルフ族と同じスピードになる天然物のハーフはコスパ、タイパが段違いですよ」
試験管ベイビーとして体外で育まれたハーフエルフと違い、エルフとヒトが直接交わって生まれた天然物のハーフエルフは、不思議な特徴を備えていた。
二十歳まではヒト族として生き、二十歳になった途端に丸かった耳が尖り、髪色が金になり、瞳の色も碧に変わる。そして、寿命さえもエルフと同等レベルまで引き延ばされるのだ。
養成学校に通うまでに千年かかるエルフとは異なり、天然物のハーフエルフは僅か二十年で入学できてしまう。なんなら、成人そのものの完成された体と成熟した精神から、本来なら七百年かかるところをほんの数年で卒業する者まで居た。
「我が子のことを単なる労働力と見なしたくはないが、この発見のお陰で随分と助かったのは間違いないな……今でこそ働き手は多いが、昔は酷い労働環境だったし」
じぃじの生まれ変わりと愛を育めて、間に生まれた愛の結晶はエルフの労働力としてこの上ない好条件で、シャルにとってなんの不幸もない。
強いて言うならば、純粋なヒト族として生まれた一代目ジジが、百年も経たぬ内に死んでしまうことだけが不服だった。ただ、そうした寿命の差も気にならない程の早さで二代目ジジが輪廻転生することになり、三代目も、その次もまた同じで、シャルの感覚は段々と麻痺していった。
どれだけ愛情を注いでも「来世は私も、あなたと同じエルフになりたい」とは言ってくれないもどかしさ。どれだけシャルに夢中でも、やはりエドゥアルトの根っこにあるヒト愛が強すぎるのだろうか。いつだって「次もヒトとして生まれるから、必ず見つけてね」なんてロマンチック極まりないことを言って、一人で死んでいくのだ。
やがてシャルは、「あまりにも愛情を注いで、幸せな気持ちのまま逝かせるのが悪いのか?」「次はもう少し孤独感を味わわせてみるか?」「僕に沼らせた状態で冷たく突き放したらどうなる?」「いつになったら長命種に生まれ変わりたいと願うようになるんだ?」なんて、様々な効果測定をするようになる。
じぃじと死に別れて約五千年、かれこれ五十八人のジジを虜にして不毛な攻防を続けている訳だが、結果は芳しくない。終焉を迎えたはずのジジ孫喧嘩は、実は今も続いているのかも知れないとすら思える。
「まあ、なんにしても……そうだな。とりあえずシンクユイットと会ってみよう」
「ええ!? いやいや、エドゥアルト先輩はここに居てくださいよ、下手に下界に降りると先輩を目にしたヒトビトがおかしくなりますって! 五十八番目なら、自分が攫ってきますから!」
「現時点ではヒト族のシンクユイットを、堂々と攫うなどと言うな。前々から思っていたが、貴様もなんだかんだ神々のお気に入りだよな……普通のエルフならとっくに処されている言動だろうに」
「そんな、あんまり褒めないでくださいよぉ」
「別に褒めてはいない」
顔をだらしなく緩めて照れるアズに、シャルはまたしても深いため息を吐き出した。ハーレム王の受難も、ジジ孫喧嘩も、まだ数千年は終わりそうにない。
これにて完結です!
長い間お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。
最後に人物紹介と言いますか、本編→エピローグの間に彼らに何があったのか簡単にまとめたオマケを更新して、終わろうと思います。




