決戦開始
目的地となっている場所に近づいて行くと、既に辺りは戦場と化していた。
奧の袋小路になっている場所に伸びた道、周りに民家は無く、何の為に造られたか分からない道を奥に進むにつれて、点々と血の跡や誰かが転がり砂利が抉れた跡、踏み留まって出来た足跡などが無数に点在していた。
そして奧、男達の怒声に混じって咲乃の息づかいや空太との連携を保つ為の声が日陰の耳には届いた。
少なくとも咲乃はまだ生きている。空太の声も拾おうとしたが、男ばかりのこの場所にあっては声を聞き分けることの出来る日陰と言えど空太の声だけを拾うことは出来なかった。
咲乃が連携を保とうとしているのならば生きているのだろう。
空太に関してはぞんざいな考えしか浮かばないのは空太が男だからだろうか。苦笑しつつ町娘が人の声を聞きつけて、思わず近づいて来てしまったと言うような演技をしつつ、それでも足早にその中心地に向かって日陰は進んで行く。
後ろに人の気配が無いところから正政組の主だった面々は全て集めることに成功したのだろう。
夜目の上、松明の炎がチラチラと揺れるせいでハッキリとは見つけることが出来なかったが、戦闘に参加していない者達の中に小乃美が届けてくれた文に記載されていた首領らしき大男だと思われる者が、周りから頭一つ分抜けだしているのも確認出来た。
前方に意識を集中しているせいか誰も日陰の存在には気づかない。
もう少し、近づいてみるか。
気づかれるのは出来るだけ近づいてからの方が良い、と更に一歩一歩と確かめながら男達との距離詰めて行く。
しかし油断だけはしないように、気を張って日陰は足を進める。例の小乃美の策略も戦略も全て読み切り、鍛えられている訳でもない単なるごろつきに過ぎない正政組の者達を使って、仮にも軍警官として鍛え上げられた一ノ華組を破ったほどの知略を持つもう一人の首領、奴ならばここに近づいて来た日陰の存在に気づかない筈が無い。
恐らくは今頃誰かに言いつけて、様子を見させようとしている筈だ。その者が来るまでどれだけ大男に近づき、そしてもう一人の首領がどこにいるかを突き止める。それが狙いだ。
日陰に近づいてくる者。そいつが現れる方向に首領はいる。その位置を確かめる。
そう思っていたのだが男達は皆日陰に背を向けたまま、つまりは咲乃と空太の方を見たまま動きがない。
そのまま日陰は戦闘に参加していない男達の直ぐ後ろまで近づいてしまった。
不用意に足を止めることも出来ないので更に近づいて行く。こちらの策を読まれていたか、それとも本当に気づいていないのか、どちらも同じだけ可能性がある。
日陰は迂闊な行動をとることが出来ず、かと言ってこれ以上近づくのも難しい。仕方が無いとばかりに砂利に躓いた振りをして音を立てた。
「ん?」
一人の男が日陰の立てた音に気づいて振り返った。男は一瞬日陰がここまで近づいていた事に驚いたのだろう。目を見開きその後腰に差した獲物を握ったまま、じりじりと日陰に向かって近づいて来た。
今の日陰の恰好は町娘のものだが、相手が誰であれ油断しないように言い含められているに違いない。
咲乃と空太が町人の格好をしているから尚更だ。
「あ、あの。あなた方は?」
声を震わせて、怖がっていると言う演技をするが、やはり声の演技は難しい。途中本当に掠れてしまう。
宵丸に声帯模写を習っておくべきだったか。
そう思ったが、男は何の疑いも抱かなかったようで、腰に置いていた手を外した。
「町の娘か。俺たちは正政組だ勿論知っているだろう?」
自慢げに語る男に、驚いた顔をしてから頷く。
「今、軍警の奴らに天誅を下しているところだ。分かったら帰んな。お前みたいのがいると危ねぇぞ」
「あ、はい。あの……」
「軍警には言うんじゃねえぞ。分かってんだろうがな」
それが当たり前というような口調に、日陰はやはり、と納得した。それで済ませられると思っている。
それが示す意味は正政組の勢力は町人にも及んでいると言うこと。これ以上長引かせると本当に町中が正政組に支配されることになる。
「すみません、あの、足が震えてしまって出来れば手を貸していただけると」
「あん? なんだよ畜生」
面倒臭そううに頭を掻きながら男はゆっくりとこちらに歩いて来た。辺りをそっと伺うが、誰も男と日陰に気づいている様子は無い。
この男は見張りに近い役割なのだろう。
だからこの男が対応している以上他の者が気にすることは無いと言うことか。
近づいてきた男が、座り込んでいる日陰の顔から身体までをじろじろと舐め回すように
見る。その視線に耐えながら、日陰は何とか笑顔を浮かべて男に笑いかけた。
「お前、よく見るといい女だな」
下卑た笑いを浮かべながら手を差し出す男に、ぞわりと背筋に寒気が走るのを感じながら差し出された手に自分の手を伸ばし。
日陰はその手を強く引くと同時に立ち上がり、状況を把握しきれていない男の首に手を回した。
「動くなよ。変態野郎」
「……っ!」
悲鳴を上げようとした男の喉を掴み、声を殺す。外に出ることの無かった喉の振動が日陰の手にも伝わる。
その振動が止まり男が声を出すことを諦めたのを感じてから、空いている腕で男の腰に刺さった脇差しを抜き、握ったその手を反転させると喉元に刃を押しつけた。
「見回り組だ」
耳元で囁く。
「僕の質問以外に言葉を発すれば殺す。助けを呼んだら殺す。ついでに僕に下卑た視線を送ったら殺す。分かったらゆっくり頷け」
言ってやると、男は言われた通りゆっくりと顎を下ろした。
微かに震えているのは日陰が本気であると分かったからだろう。
男の首元に当てられた刃は、ほんの少し手前に向かって引くだけで喉元をパックリと切り裂くことが出来る。
「あそこにいる大男が、お前らの首領だな」
喉に当てていた腕を外し、人差し指を偉そうに腕組みをして立っている大男に向けた。
「あ、ああ」
頷こうとして喉に刃先が当り、慌てて首を元の位置に戻し、男は自分の喉に当てられている刃を見た。
「もう一人、君たちには頭の切れる首領がいると聞いているが、どこにいる?」
「き、今日は、まだ。来ていねえ。あの人はそもそも滅多に俺たちの前には顔を出さねぇんだ」
「一ノ華組とやり合った時はいたか?」
日陰の質問に男は再び声を落としてああ、と返事を返す。
「なぜ、一ノ華組が来ることが分かった? その男の指示だろう?」
「強力な、情報網があるってみんなは言っている。だけど余計なことを言うと処罰されるから誰も聞いたことはねえ」
「今日、僕らが来ることは聞いていたか?」
「……いや」
首を振る。
嘘を言っているようには見えない、やけに口が軽いのも、所詮は金で繋げているからだろう。初めから忠誠心も何も無いのだ。
そう結論づけて、日陰は僅かの間、閉口した。
「な、なあ。もう良いだろう。全部話したんだから、命は助けてくれよ」
震えた声の懇願に、日陰は思考を取りやめて、男に目を向けた。
「そうだな、命は助けるよ。その前に最後の質問だ」
「なんだよ。何でも聞いてくれよ」
なんとしてでも生き残りたい男の必死さを感じながら、日陰は手にしていた脇差しに力を込めた。
「一ノ華組の組長、一ノ宮小乃美。彼女の目と腕を直接奪ったのは誰だ?」
ゴクリと息を呑む音。
男の目が泳いでいるのは何か動揺しているからか、それとも日陰の殺気にあてられているからか。
男はゆっくりと手を持ち上げて、大男を指した。
「やったのは、頭だ。でも指示したのは国士の奴だ」
「国士? もう一人の首領か?」
「ああ、アイツはいつも顔に布被ってて顔は誰も知らねえんだ。でもアイツは自分でそう名乗ってた。国を変える国士だって、俺達ゃそんなもんはどうでも良いから心ん中では笑ってたんだけどな」
「国士……」
呟いて、目を伏せる。先程見た影と、男の言葉が繋がった。
「な、なあ。離してくれよ」
間の抜けた声に目を開けて恐怖で歪んだ男の顔を見た。
醜い。日陰にとってそれはそれだけで嫌悪の対象であり、自分の為にあっさりと仲間を売るその男の浅ましさは十分嫌悪の対象だった。
「ああ、そうだったな」
手を離すとその瞬間を見計らい抜け出した男が仲間の元へ駆け出した。その男の足の腱を手にしていた脇差しで追いかける形で切り裂く。
突然の痛みと衝撃に醜い悲鳴を上げ、男はその場に蹲った。
斬られた方の足を胸に抱え、地面をのたうち続ける。
その声に後ろの方に固まっていた男達が一斉に日陰を向いた。そこに浮かぶ視線は謎。何があったのか把握し切れていない、刀を手にしている日陰を敵かどうかまだ判断がついていないのだ。
それは日陰の容姿と、こんな近くに突然現れたことに関係しているのだろう。
「な、なんで!」
足を押さえ声を荒げる男を見下ろし、血のついた脇差しを無事に残ったもう片方の足の太ももに突き刺した。
肉を貫く感触と、再度闇に響いた男の叫び声。それにようやく男達は日陰を敵だと認識し一様に刀や槍を構えた。奧に立つ大男も日陰を訝しげに見やりながら、ゆっくりと近づいて来る。
日陰の視線はその男しか捕らえていない。
その事が逆に周りの男達の動きを抑制していた。いや抑制と言うよりは怒りやその他の檄情を膨らませつつある小康状態にしていたと言うべきだろう。
相手にされていないことに腹を立てた男達は、何かの切っ掛けで一斉に襲いかかってくるのだろう。
そうなれば今の日陰に打つ手はない。けれどそうは成らないことを日陰は分かっていた。
「軍警見回り組吹雪組筆頭、境内日陰だ。神妙に縛に着け」
首元から手を入れて背部に隠していた刀を抜くと空太と咲乃にも聞こえるように声を上げ、近づいてくる大男に向かって啖呵を切った。




