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カミツキカミカ  作者: 足立 拾
第四章 結ビ
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各々ノ覚悟

「では、二手に別れるとしよう。合図は例の方法で」

 あらかじめ決めていた場所まで着き、日陰は早速とばかりに二人に指示を出した。


「ああ、任せとけ」


「お気をつけ下さい、日影様。町中にいる男共の視線にも、重ねてお気をつけ下さいね」

 咲乃の手が日陰の手に重ねられそこに強い力を込められた。彼女の必死さが伝わり日陰は表情を緩ませながら一つ頷いてみせる。


「咲乃もね、いざとなったら空太を盾にして良いから」

 女装に関する心配は聞き流し、日陰が告げると咲乃も直ぐに頷いた。


「心得ております」


「おい! 早く行くぞ」

 肩を怒らせながら歩いていく空太。


「では後ほど」

 最後に一声掛けた後、空太を追いかけながらも、最後まで日陰のことを気にして何度か後ろを振り返っていた咲乃もやがて道を曲がり民家の影に消えていった。


 一人残った日陰は、こちらの様子を伺っている町人達を尻目にひとまず目立たないところに隠れていようと、隠れられる場所を探して歩き出した。


「さて。初陣だ」

 落ち着いた言葉とは裏腹に鼓動はいつもと違う速度で揺れていた。


 それは着慣れていない女装をするために腹に巻いた帯のせいではないだろう。


 唇がいやに乾く。それを実感しながらこれから始まる乱世を駆け上がる為の第一歩となるべき戦争を思い浮かべて、日陰は唇に舌を這わせた。


「ついでに、小乃美の敵討ちもさせて貰おうか」

 先程咲乃が彼女のことを口にしたからだろうか。小乃美のことを口にした自分に驚きつつも、それもまた有りかと、心の隅に入れておくことにした。


 敵討ちと言う言葉も行為も本来ならば好きでは無いのだが、彼女。一ノ宮小乃美の為ならば敵討ちと言う感情のままに剣を振るうのも悪くはない。


 良くも悪くも日陰にとって彼女は特別な存在だ。幼き頃からの知り合いであり、自分が目指す見回り組に必要不可欠な人材で、その上誰も知らない自分の全てを知っている女。


 民家と民家の間になりを潜め、背中を民家の壁に預ける。脆そうな木造の壁に体重を乗せないようにしながら、日陰は息を吐いた。


 息が白く染まり夏よりも濃く輝いて見える星の浮かぶ闇へと霧散していく。


 その様子を眺めながら、日陰の目は屋根と屋根との間から覗く半月の尻尾だけを捕らえた。


「冬の半月か。悪くないな」

 今夜を無事生きて終えることが出来れば、皆揃って月見酒で乾杯するのも悪くない。


 そんなことを想いながら、日陰はその場でジッと合図が来るのを待つ事にした。

 予定の時刻まで後大凡一刻。町の中はまだ耳が痛くなるほどの静寂しかなかった。




 同時刻、日陰や空太達がいる場所よりも更に少し外れた町の片隅に彼女は立っていた。


 目に浸けた眼帯と未だ吊されたままの腕を携えて、立っていたのは長い黒髪を揺らす女、一ノ宮小乃美。彼女もまたこの町へと戻って来ていた。


「まだ、何も起こってくれるなよ」

 その格好は軍警官のそれでは無く、町娘の風貌で、誰も彼女が一ノ宮小乃美であるとは気づく者は居ないだろう。時折、眼帯と吊されれた腕を差し引いて尚、魅力的な彼女の美貌に身惚れる男はいたものの、片目になっても消えない強い眼力に押され、誰にも声を掛けられること無く町の中を悠々と歩いて行く。


「私が行くまで、そう」

 吊るされている腕に引っかけた柄がくるりと曲がった杖を揺らし、小乃美は口元を歪めて笑って見せた。


「私がそこに辿り着くまで……」

 何かの力に導かれるように、躊躇いも迷いも見せずに彼女は歩いて行く。その道は確かに日陰達がいるその場所に繋がっていた。


「宴会の始まりの音が聞こえないことを祈ろう」




「柄の悪い声が聞こえてきやがるな」

 やれやれと首を振りながら、男達の騒ぎ声が響く町中を歩く空太の言葉はしかし、隣を歩く咲乃には届いてはいなかった。


「心配です」


「お前、俺の話聞いてねーな」


「重要な用件でなければ後にして下さい。私は今忙しいのですから」

 服の胸元を押さえ、咲乃は深く息をついた。


「忙しいって、忙しくなるのはこれからだろ」

 耳に届く声は徐々にその大きさと量を増している。


 正政組も常に全員で活動している訳では無く、それこそ見回り組のように町中を数人一組に別れて歩き、天誅を下す相手を捜していると聞く。その任務が無い間、正政組の連中が集まっているとされるのが咲乃が突き止めた長屋であり、首領も大抵はそこにいるらしい。


 その長屋に一般人を装い近づいて事を起こす。


 件の現場まであと少しだと言うに胸に置いていた手を組んで、空へと向かって祈りを捧げている咲乃に空太は呆れて言った。


「日影様が町人のゲスな視線で汚され無いよう、神に祈りを」


「神ってお前キリシタンだったか?」

 神という言い方は、家がごく一般的な仏教家庭である空太にとっては聞き慣れないもので、日陰に意味を聞いて初めて理解したような物だったが、神と言う言葉を使うのは殆どがキリスト教に属するキリシタンであり咲乃がそうだとは聞いたことが無かった。


 事実彼女は首を横に振って見せた。


「いいえ、私の家も仏教徒です。ですが日影様がそう呼ぶのでしたら私は仏を神と呼びましょう」


「相変わらずの盲目ぶりだな」


「失礼な。私は誰より目が良いのです。日影様と言う素晴らしい主を見つけ出すことが出来たのですから」

 本気を感じさせる咲乃の言葉に空太は鼻を鳴らし、次いで今の会話で思い出したことを口にした。


「でも日陰の家ってかなり古い旧家だろ。珍しいよな、そう言う家がキリシタンだなんて」

 たとえ古くから続く家であろうと、その時々の当主がずっと同じ宗教を継承して行くと決っている訳では無く、時には代替わりと共に仏教でも他の宗派やキリスト教に変わる例が無いとは言えないが、それでも珍しい事には違いない。


「日影様は無宗教だと思いますが」


「無宗教? 神とか言っておきながら?」


「以前そんなことを言っていました。神の存在は信じているけれど呼び方や形に拘るのは嫌いだと」


「変な奴」

 宗教など入る入らないなど関係無く、元々の家系によって決まる物であり、熱心な教徒で無ければそんな物入っていようといまいと関係があるのは家の誰かが死んだ時だけ、日常で関わることは無い。


 それをわざわざ否定する日陰の気持ちは空太には理解出来ない。


「その変な奴に心底惚れているのは、貴方も同じだと思っていますけど?」

 眼鏡の奥の切れ長い瞳が空太に向けられる。その目に当てられて空太は小さく笑った。


「性別が今の格好のままだったら、もっと惚れているところだけどな。いや惜しいなしかし」


「その場合日影様の側にいさせませんよ。そうですね去勢してからならば百歩譲って許可しましょう」


「怖ッ! なら咲乃は?」


「何です?」


「日陰が女だったらそこまで惚れた?」

 その質問に、咲乃は表情を変えないまま一拍考える間を開け、その後ああ。と言う風に頷いた。


「私は日影様が男であろうと女であろうと、この世の誰より惚れる自信があります」

 当たり前だろうとばかりに宣言してみせる彼女には、一片の偽りも入っていない。


「怖ぇ女」


「ええ、日影様のお墨付きです」

 長屋はもうすぐそこまで迫っている。さてと空太は腰に差したサーベルの鞘を握り、それに力を込めた。


「じゃ、我らの主が乱世を駆け上がる為の、その初陣を華々しく飾ってやるとすっか」


「珍しく意見が合いましたね。寒気がします」


「へっ」

 雑音が鳴り続ける中、二人は同時に左右の扉の取っ手に手を掛けた。


「用意は?」


「いつでも」

 言葉の終端と共に二人はその戸を同時に開け放つ。


 自分たちがこの世の何より信じている者の為、偶には息を合わせることも大切だと感じながら。




 耳に微かな笛の音が聞こえた。


「来た」

 予め決めていた合図。その笛の音に日陰は民家の影から表通りに出て行き、そのまま事前に確認していた集合場所に駆け出した。


 町中も先程までの静寂とは打って変わり、ざわめきが広がり始めていた。町人がそれらしい噂話をしているのが耳に入る。


 町中での噂話と言うのは風より早く伝わるものらしい。


 後は全て予定通りに事を進めるだけ。

 全て順調に進めば何の問題も無く、正政組を潰すことが出来る。


 聞こえなくなった笛の音の変わりに男達の怒声が地鳴りのように低い振動となって足裏から伝わって来る。


 走りながら流れ行く景色、その一瞬の中に映ったある人物の顔。顔と言うよりは目だ。そこにいた全ての人間の中で最も暗く狂気を秘めた瞳。日陰はその瞳に立ち止まり、後ろを振り返った。


 けれどそこに日陰が見た影は無い。


 突然立ち止まった日陰の行動と、その美貌に町人達は目を白黒と交互に変えている。見間違えだろう。と考えて日陰は再び前を向き、走り出す。


 それまで以上の速度で、日陰は集合場所となっている町外れの袋小路に向かっていく。


 正政組の連中は二人をそこに追い詰めたと思うだろう、その実自分たちの逃げ場が無くなっているなどと思いもせずに。


「出来れば神頼みはしたくないからね」

 そっと日陰は自分の瞳に手を添えた。慈しむように、恐怖を押し殺すように。


 奥に進んで行くにつれ民家の数が徐々に減ってきている。それは町の外れに近づいている証拠だ。


 あと少し、あと少しで全てが始まり、そして終わる。


 逸る気持ちを抑えながら日陰は更に強く地を踏んで駆け出した。

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