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カミツキカミカ  作者: 足立 拾
第三章 転ガル運命
12/27

転ジテ、翌日


 昨日遅くまで今後の対応策について考えていた吹雪組一同は、同じ部屋で眠りについていた。

 遅くなった為、帰るのが面倒だと言い出した空太に対抗し彼を見張ると言う名目で何故か咲乃まで一緒に泊まることとなった。


 そんな中で一番早くを覚ましたのは咲乃であった。


 彼女は基本的に眠りが浅く、睡眠時間もそう長く取らなくても行動に支障が無い、燃費の良い身体の造りをしていた。


 目を覚ました咲乃は先ず何より先に日陰の元に近づき、彼の安全を確認した。


 同じ部屋で寝るのは不味いと咲乃だけ別室に追いやられていた為、咲乃の見張ると言う役割が果たされたのか心配だったのだ。


 寝室に並んだ二つの布団、空太は間の抜けた顔つきで夜のうちに布団を蹴飛ばしたのだろう、体に何も掛けず、腹まで出して眠っていた。


 この冬場に寒く無いのだろうか、と一瞬だけ考えたが、咲乃には彼の寒応性などより主の貞操の方が心配だった。

 そこには隣の男とは違い、布団に入ったまま動かなかったのでは無いかと思うほど、綺麗に眠っている主の姿。


「日陰様」

 名前を呼ぶ。


 大切な名前だ。彼女にとってただの音であるはずの名前と言うものを、これほど大事だと思ったことは一度も無く、そしてまたこの名以上に大事と思う名はこの先きっと現れはしないだろう。


 取り敢えず日陰に何も異変が無いことを確認してホッとする。


 口に出して言ったことは一度も無いが、境内日陰と言う男はそこらの女よりも遙かに見た目麗しい。鴉の濡れ羽を思わせる黒い髪と、女性と同じほどに細い肢体、全体的に整った顔立ちの中でも女性のそれを思わせる長い睫毛に覆われた目が彼女は特にお気に入りだった。その瞳で見られると自分の身体はおろか心までも囚われてしまいそうになる。


 軍警官はその性質上、女よりも男の方が圧倒的に多く、そのせいか男色に走る者も多いと聞く。

 空太をそうだと疑っている訳では無いが、女の身である自分でもここまで魅力を感じてしまう日陰ならばこそ、心配なものは心配だ。


 ひとまず安心し、咲乃は朝食の支度をしておこうと、音を立てないように寝室の襖を閉めた。


 取りあえず朝食の用意をする前に、新聞と牛乳を取りに行こうと外に出て、郵便受けに刺さっている新聞を先ず手に取った。


 一面の記事だけでも確認しようと広げ、咲乃は目の焦点を記事に合わせた。


 その記事の見出しを読み、内容を理解して咲乃は牛乳を手にすること無く、家の中に戻って行った。

 乱暴に硝子戸を閉じて寝室へと向かう。


 一刻も早く、この記事を主に伝えなくては。


 一ノ華組、壊滅ス。


 新聞に記載されている記事を咲乃は日陰の元に届ける為に、狭い家の中を足音を立てて走り出した。


「日影様! 起きて下さい」

 勢いよく開けた襖の向こう側で、既に布団から身体を起こしている日陰が朝だからだろう、僅か目尻を下げた瞳を咲乃に向けていた。


「起きてらっしゃたのですか」


「今起きた。咲乃が廊下を走るとは珍しいからね、重大な事件でもあったのか?」

 寝ぼけ眼ながら頭の方はしっかりと働いているようで、日陰の言葉に咲乃は手にしていた新聞のことを思い出し、彼にそれを差し出した。


「これを」


「ん」

 受け取り、見出しで目を止めた日陰はそのまま大した反応も示さずに、記事の文に目を進め始めた。


「驚かれないのですか?」


「僕が言ってたじゃないか、そう長持ちはしないって」

 読み終えたのだろう、新聞を畳みながら、日陰は布団から起き出した。


「悪いが布団を上げておいてくれるかな。僕は食事の用意をしてくるから」


「は、はい」


「ん。ああ、そうだ忘れていた」

 頷き、開いたままの襖に向かって歩き出す前に日陰は足を止めて、咲乃の顔を真正面から覗き込んだ。


「おはよう、咲乃」


「おはようございます。日陰様」

 唐突の笑顔に面を喰らいながらも、咲乃は何とか自分を保ち、挨拶を返した。

 うんと首を振りながら、咲乃の横を日陰が通り過ぎる。襖の閉まる音と共に咲乃は布団の上に腰から砕けるように落ちていった。


「朝から眩し過ぎます。日影様」

 言葉を言い終わってから自分が布団に顔を埋めていることに気づき、彼女は取り敢えず深呼吸をすることにした。日陰の香りが彼女の脳髄に染み渡る。そんな気がした。




 いつもより一人分多い食事の用意をしながら、日陰は先程読んだ記事の内容を思い出していた。


 動きが速すぎる。


 それが第一に感じた感想だった。一ノ華組がそう長く持たないのは日陰の中では確定されたことだった。それは一ノ宮小乃美、彼女が指揮をする以上いつかはそうなるときが来るだろうと分かっていたからだ。


 一ノ宮小乃美と言う女は、元来人の上に立つべき人間ではない、いや、立てない人間である。


 それは彼女の生まれ持った資質の問題であり、彼女の持つ能力が人を動かすことや人の上に立ち指揮を取ることとは全く別物だったからだ。


 しかし、それでも才では無く努力によって手にした彼女の指揮能力。

 それを持ってして数日で壊滅してしまうとは正直予想外ではあった。


 昨夜三人で今までの正政組の動きや、開示されている情報から算出した相手の戦力に大幅な修正を加える必要がある。と卵を手に取りながら、日陰は頭の中で考えを進めて行く。


「手が少し足りないな」

 両手で卵を割りながら、もう一つ置かれている卵に目をやる。


「手が足りない。なら、足すしかないか」

 卵の殻をごみ箱に捨てて、最後の一つの卵に手を伸ばしながら、日陰は今後のことを考えながら調理を続けた。




 軍警署は混乱を極めていた。


 一ノ華組の壊滅により、見回りと警邏に送るはずの人員が圧倒的に足りなくなり、皆が皆、様々なところより仕事を押しつけられては別の仕事を別の者に押しつけると言う、たらい回しがあちこちで起こっていた為だ。


 それは当然日陰達の元にも届いていた。


「だー! 折角見回り組造ったのに、これじゃ今までとなんも、変わんねー!」


「怒鳴るな喧しい」

 叫び声を上げた空太の横で同じく書類整理をしていた咲乃が耳を押さえながら、不快感をあらわにする。


「何でお前は冷静なんだよ! この量を見ろよ。絶対に今日中に終わらないだろうが、折角今日から吹雪組の見回りが始められるって言うのによ」


「日影様が決めたことならば是非もない。喚くならこの部屋から消えなさい。ここにいるなら黙りなさい。黙りもせずにここにいるというのなら、この世から消えなさい」


「……ここ最近、お前の辛辣さがさらに磨きが掛かっている気がする」


「磨かせたのは貴方の煩わしい態度です」

 これで話は終わりとばかりに手を叩いて咲乃は書類整理の続きに着手する。


「へーへー、分かりましたよっと」


「それで良い。次回からは私の手を煩わせないで下さい」


「本当に可愛くねえ女」


「……煩いですよ」

 作業を続けながらも言い合いは止められないらしい二人には、欠片の関心も持たない日陰は自分の前に積まれて行く書類には目もくれずに、椅子に座ったまま、虚空を眺めるが如く視線を宙に向けていた。


「日陰は何してんだあれ」


「伝令を待っていると言っていましたけど、何の伝令かまでは聞いていません」

 その声に反応したのか、日陰の目が二人を捉え、思い出したように告げた。


「二人とも明日の昼は空けといてね。例の元中将警視監に会いに行くから」

 唐突に日陰が口を開いた。


「承知いたしました」


「俺、明日非番なんだけど」


「休日出勤ご苦労様」

 蚊の羽音にも似た空太の訴えは一言でバッサリと切って落とされる。


 到底納得出来ずに更に口を開き、追言しようとした空太の行動は、ドアのノック音に阻まれた。


「境内少尉巡査長殿、伝令です」


「入っていいよ」


「はっ、失礼致します」

 一兵卒の制服を身に纏った伝令がドアを開け、一歩中に足を踏み入れる。


「そこでいい。内容は?」


「はっ、病棟にて治療中でした一ノ宮中尉巡査長殿が目を覚まされました」


「ご苦労様、行って良いよ」


「失礼いたします」

 用件のみ感情を交えずに伝え、兵は退室していった。


「日陰、今の」


「一ノ宮中尉巡査長ですか?」

 伝令が去ったのを見計らい詰め寄ってくる二人を前に、日陰は立ち上がり壁際に移動すると、掛けられている帽子を手に取った。


「後のことは任せる。僕は小乃美に会ってくる」

 二人の部下の質問は応えずに日陰はそのままドアを開けて外へ出て行く。残された二人は返答は帰さずにただ黙ってその背を見送った。

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