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カミツキカミカ  作者: 足立 拾
第二章 最小ノ見回り組、結成
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承ノ後、転ズ

「出来ました」

 地図をちゃぶ台の上に広げて、咲乃は日陰に言う。


「ん。ご苦労様」

 労いを口にし、日陰は二人の間に入る形でちゃぶ台に肘を付けて、それをのぞき込んだ。


「一件目から説明していきます」


「任せる」


「まず、一番最初に正政組と思われる一団が事件を起こしたのは一週間ほど前、襲われたのは町の豪商として名を馳せていた酒屋の旦那で名を長谷川裕之助、代々続く酒屋の十二代目で、古くから多くの武家、いえ、士族にお得意先があり、現在でもそれは変わっていません。本来は帝都中央区にて酒屋を営んでいるのですが、ここ最近この町に新しく店を造るつもりで視察に訪れていたようです」


「金持ちだから襲われたのか?」


「いえ、正政組が狙うのは不正を働いた役人や軍警官に対する天誅。単に金持ちだからと言う理由ではないでしょう。長谷川はこの町で酒屋を始めるにあたり、良い土地をかなり強引なやり口で住民から奪っていたようです、ですがそれも役人への賄賂故か、事件として軍警の所に届くことはありませんでした」


「役人と癒着していた者も対象と言うことか」


「商売っ気出し過ぎるからそうなるんだよ。大人しく中央で酒屋やってればいいものを」

 育ち故か金持ちと言うものを全般的に嫌う傾向にある空太の、僻みに似た言葉は、けれど的を得ていた。


「確かに。わざわざこんな辺鄙な土地で商売を始めなくても、もっと発達した場所はどこにでもある、何か訳が?」


「ええ、それも役人の指示だったようです」


「この町の役人か?」


「はい。中央から最も離れた田舎の地で商売を始め、成功に導けば酒屋には良い伝聞となりますし、役人も自分の管理する土地が肥え、土地の価値が上がることはそのまま自分への評価にも繋がります」

 淡々とした口調で話す彼女の話に、日陰は改めて自分のいる土地が中央から最も離れ、栄華からかけ離れた地であることを知った。


 町が枯れ、その上地を治めるべき役人が腐っていてはどうしようもない。


「改めて、底辺の町だなここは」


「だからこそ。だろう?」

 狙い澄ましていたかのように告げられる言葉に、顔を覆った手のひらから瞳を覗かせて、空太を見た。


「その通り。僕らだってその役人のことを責められはしない。根は同じだからね」


「底辺の町であるこの地で大きな手柄を立てれば、その評価は高いものとなる。そう言うことですか」


「そう、やっていることは変わらない。ただし」


「俺たちは正攻法で行く。だろ」


「その通りだ。しかし空太」

 伸ばした人差し指を空太に向けて、そのままその指と親指で輪を作ると空太の額に近づける。


「何度も僕の言葉を先に言うな」

 その言葉と共に、戒めを解かれた人差し指が弾かれ、鈍い音を立てて空太の頭蓋に衝撃を響かせた。


「痛ったー!」


「……二件目に行っても宜しいでしょうか?」

 二人のことを一拍の間観察してから、咲乃が一件目の現場を指していた指を外し、それを宙に浮かせながら言った。


「どうぞ」


「では、二件目は……」

 痛がる空太と捨て置いて構わないとばかりに無関心な咲乃、二人に囲まれながら日陰は徐々に大きくなって行くその不安を隠すように咲乃の話に耳を傾けた。


 嫌な月夜だ。


 口に出さず、背中から浴びる月の光からも背筋に寒気を残して行くその空を感じながら、日陰はジッと地図に目を落としていた。

 何かが起こりそうな夜の、その何かを振り払うかのように。




 懐中時計の針が一つ、動いた。


 定時連絡時刻はとうに過ぎているというのに、ハ組からの連絡はまだ無い。


「何をしているんだ」

 探しに行かせた部下も戻らず一ノ宮小乃美は他の部下の目に映らないように顔をしかめた。


 何かあったと見るべきか。しかし、何らかの事件が起きた場合、多少離れていようと声が聞こえるはずだ、正政組のように徒党を組んで動く者達ならば尚更。けれど辺りにあるのは静寂だけ。


「正政組とは別の不確定要素か。まさか」

 口に出しながら一人の男の顔を思い浮かべている自分に苦笑する。


 確かに現在組を持った境内日陰と彼女は互いに正政組を捕らえ、手柄を奪い合う敵手となっている。


 だからと言って、このようなあからさまな妨害工作をする男ではないと彼女は確信している。


 それは境内日陰と言う男が正々堂々の武士道精神を重んじる男だからと言う理由ではない、そんなことをしても後で気づかれたら、折角の手柄を台無しにしてしまう。そんな簡単なことに気づかない愚かな男では無いと言う彼に対する彼女なりの評価故だ。


「ならば」

 何故。


 時計の秒針が再び一周し、小乃美はその場から立ち上がった。


「ハ組の足取りを追うぞ。三人着いてこい。後はここで待機、ハ組が戻れば直ぐに私の元に来い」

 懐中時計を仕舞いながら、指示を出し、小乃美はハ組が見回りを担当していた区画に足を向けた。


「正政組でしょうか?」

 着いて来たのは一ノ華組結成する時の小乃美と共に別の地区から来た腹心の部下三人、彼らの顔には皆々一様に緊張の色が浮かんでいた。


「正政組はこの町の盗賊悪党が、結成して出来た烏合の衆と聞く。私たちに気づかれずにハ組に手を出せるとは思わないが、捜してみる他に無いな」


「そうですね」

 後ろを三人の部下に任せ、一人前を歩きながら、小乃美は辺りの様子を慎重に伺う。


 目も耳も鼻も異常を訴えてはいない。いつもと同じ、いやいつもより静かなくらいだ。

 時間が時間だから仕方が無いか。と思いながら小乃美は明かりの消えている民家に視線を送る。


 通常事件が蔓延している時は夜が早くなる。人が外に出なくなるからだ。結果、事件を起こす者達も襲う相手がおらず、事件は減る。一定以上事件が減れば町人が夜で歩くようになり事件が起こる。その繰り返しだ。


 しかし、今回は少し勝手が違う。人が出歩かないからと言って事件が起きない訳では無い。


 賊の狙いが決っているからだ。不正を行い役人や権力を盾に横暴な振る舞いをする軍警官。そう言った者達を狙うとすれば事件は何時起きてもおかしくない。


 現在、一ノ華組を含め、大人しくしているように言われていた他組の連中も見回りを再開している。


 事件が起きるには恰好な夜である。

 暫く進み、ハ組が担当していた区画に足を踏み入れたが、そこには誰一人として部下の姿は無い。


「すれ違いという訳も無いだろうが」


「やはり何かあったようですね」

 部下の言葉に軽く頷き、更に奧へと足を進めようとしたその時。


「一ノ宮中尉巡査長!」

 後ろから、共に連れてきた部下のものでは無い声が聞こえた。

 掠れているその声は焦りと恐怖の色を有していた。


「どうした!」

 振り返り、息を呑んだ。


「正政組が!」

 予想通りに恐怖を浮かべ声を荒げる部下。その背後に刀を持った大柄の男の影が見えたからだ。


「後ろだ! 避けろッ」


「え?」

 振り返る部下、そしてその顔に目掛けて刀は真っ直ぐ振り下ろされた。


 悲鳴ともつかない濁った叫び声を上げた部下の顔から首にかけて、刀が振り下ろされ、血が噴き出す。

 瞬間、小乃美も刀を抜いた。


「正政組か」

 正眼に刀を構え、声を大にして問うも、暗闇の中に身を置く男から返答は無く、血で滑りを帯びた銀色の刃だけが家屋の影から顔を出し、月明りによって怪しく光り輝いている。それが不気味さを強くしている。けれど、


「一ノ華組組長、一ノ宮小乃美」

 刀を構えながら小乃美は歓喜していた。こんなにも早く正政組の足がかりを捕らえることが出来た。これであの男に勝てる、と。


 この時点で彼女は自身が負けることを一切考えてはいなかった。

 自らの力量に絶対の自信を持ち、なおかつ相手の力量を所詮烏合の衆の者と甘く見ていた為だ。


 この判断が、彼女の運命を狂わせることになるとも知らず。


「神妙に縛に着け!」

 振り上げた刀を構えたまま、小乃美は男に向かって走り出した。




 この日、一ノ一町最大勢力の組として誕生した一ノ華組は事実上、壊滅することとなった。


 結成後僅か数日のことである。


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