第79話 96.1パーセント
『転写処理を開始します』
コトリの声と同時に、四つの独立領域が白く点灯した。
最深部の黒い渦から、細い光の道が管理端末へ伸びる。残留意識を現在の領域から切り離し、別の場所へ移すための経路だった。
四人を一度に通せば、成功率は三十四・七%。
一人ずつなら、約七十一%。
最初に一人を転写している間、残る三人が崩壊を内側から押さえる。二人目では二人が支え、三人目では一人だけが残る。
最後の一人になるほど、条件は悪くなる。
管理端末の隅で警告表示が開いた。
【転写実行前 最終負荷予測を受信】
『佐藤さん』
地上から、黒瀬環の声が届いた。
いつもの冷静さを保っていたが、呼吸がわずかに速い。彼女が表示を読み上げるより先に、誠司の視界へ数値が並んだ。
【現在負荷指数 20.4】
【追加負荷予測】
崩壊の完全鎮圧 プラス3.1
標準偏差0.8
四人の保全処理 プラス2.8
標準偏差1.1
撤退時の接続維持 プラス1.2
標準偏差0.4
【追加負荷合計 プラス7.1】
【合成標準偏差 1.42】
【最終負荷期待値 27.5】
誠司の目が、最後の数字で止まった。
危険閾値は二十五。
期待値だけで、すでに二・五も上回っている。
『各処理の変動を独立と仮定し、分散を合成しました』
黒瀬が続ける。
『標準偏差は、〇・八の二乗、 一・一の二乗、〇・四の二乗を加え、その平方根を取って一・四二です』
表示に計算式が加わった。
【Z=(25.0-27.5)÷1.42】
【Z=-1.76】
【危険閾値25.0の超過確率 96.1%】
黒瀬の声が一度止まった。
『佐藤さん。あなたは九十六・一%の確率で、危険閾値を超えます』
誠司の手の震えは、もう隠せる程度ではなかった。
指を曲げるたび、関節の奥で鈍い痛みが走る。視界の左右には薄い霧がかかり、黒い渦の輪郭が二重に見えていた。
『後遺症は、ほぼ確実に残ります』
「……そうですか」
誠司の返事は、自分でも驚くほど平静だった。
『ただし』
黒瀬は、もう一つの計算結果を表示した。
【重篤域 32.0】
【Z=(32.0-27.5)÷1.42】
【Z=3.17】
【重篤域到達確率 0.1%】
『重篤域まで達する確率は、〇・一%です』
黒瀬は、一語ずつ確かめるように告げた。
『あなたは、死にません』
死なない。
その言葉を聞いた瞬間、誠司の脳裏に小さな指が浮かんだ。
湊の指。
陽菜の指。
出発前、二人の指を自分の小指へ絡めた。
絶対に帰ってくる。
そう約束した。
約束したのは、無傷で帰ることではない。
歩いて帰るとも、元の身体のまま帰るとも言っていない。
ただ、帰ると約束した。
誠司は、血で濡れた口元を少しだけ緩めた。
「なら、いいです」
『佐藤さん』
「後遺症くらいなら、約束は守れる」
黒瀬は何も答えなかった。
止めるための言葉がないのではない。
誠司がどの数字を見て、何を選んだのか、理解したのだ。
『転写順を確定します』
コトリが告げた。
『残留強度の変動が最も大きい宮前千紗さんを、最初に転写します』
『あたしから?』
橙色の光が、不安そうに縮んだ。
「大丈夫です」
誠司は言った。
『管理者さん、そういうときの大丈夫って、大体大丈夫じゃないんだよ』
「それでも、言わせてください」
千紗は少し黙ったあと、小さく笑った。
『じゃあ、信じる』
桐島、大輝、影山の三つの光が、黒い渦の内側へ広がった。千紗が抜ける穴を埋めるため、それぞれの輪郭を重ねていく。
『宮前千紗さん。現在の領域から離れる意思を、最終確認します』
『ある』
『転写後、元の状態へ戻れない可能性があります』
『わかってる』
『失敗すれば、残留意識が消滅します』
千紗の光が、一度だけ揺れた。
『……それも、わかってる』
『同意を確認しました』
【転写対象 宮前千紗】
【残留強度 不安定】
【転写開始】
橙色の光が、端末へ伸びた経路に吸い込まれた。
人の形を持たない光が、さらに細い糸へほどけていく。声、記憶、感情。それらを壊さないように分け、別の領域で同じ形へ組み直す。
『強度低下』
コトリの声が鋭くなる。
【転写進行率 18%】
【残留強度 6.7%】
「千紗さん、聞こえますか」
『聞こえ……てる』
【転写進行率 43%】
【残留強度 4.1%】
橙色の糸が途中で乱れた。
誠司は接続出力を上げる。頭蓋の内側へ熱い針を差し込まれたような痛みが走り、右目から血が一筋流れた。
『誠司、出力を上げすぎないでください』
「切れそうなんだろ」
『しかし』
「切らせない」
【転写進行率 71%】
【人格構造 再形成開始】
光の糸が独立領域の中へ集まり、揺れる小さな球体を作った。
千紗の声は、もう聞こえない。
「千紗さん」
返事はない。
【転写進行率 96%】
最後の四%が進まない。
橙色の球体が一度、大きく歪んだ。
『構造安定率が低下しています』
「持ちこたえてくれ」
誠司は端末の縁を握った。
「猫のこと、自分で確かめるんだろ」
橙色の球体が、小さく脈打った。
【転写進行率 100%】
【転写結果 宮前千紗】
【成功】
光の道が閉じた。
独立領域の中で、橙色の球体がゆっくり明滅する。
数秒後、かすれた声が届いた。
『……あれ』
誠司は息を止めた。
『あたし、まだ、いる?』
『はい』
コトリの声が、わずかに柔らかくなる。
『宮前千紗さん。あなたは保全されました』
『……マジで?』
「聞こえてます」
『管理者さん?』
「はい」
『猫、確かめられる?』
「調べます。必ず」
『そっか』
千紗は泣いているようにも、笑っているようにも聞こえた。
『じゃあ、待ってる』
一人目。
成功。
喜ぶ時間はなかった。
千紗が抜けたことで、崩壊を内側から押さえる光は三つになっている。黒い渦が空いた場所へ流れ込み、桐島の青白い光を押し曲げた。
『次、俺だ』
桐島が言った。
「少し待ってください。状態を」
『待つほど、あいつらが削れる』
桐島は大輝と影山を見た。
『さっさとやれ、管理者』
『桐島鷹也さん。離脱意思を確認します』
『ある』
『危険性を』
『全部聞いた。始めろ』
【転写対象 桐島鷹也】
【転写開始】
青白い光が経路へ流れ込む。
桐島の転写は、千紗より速かった。
輪郭が崩れても、自分から先へ進むように光が伸びる。途中で渦の圧力が増すと、大輝と影山が左右から押し返した。
【転写進行率 52%】
【78%】
【100%】
【転写結果 桐島鷹也】
【成功】
独立領域に、二つ目の光が灯った。
『……ははっ』
桐島の声が戻る。
『本当に残ってる』
「気分はどうですか」
『身体がないのに聞くなよ』
桐島は笑い、少し間を置いた。
『これなら、親父に見せてやれるかもな』
「見せましょう」
『ああ』
二人目。
成功。
だが、内側に残されたのは大輝と影山だけになった。
黒い渦は、二人の隙間へ指を差し込むように広がり始めている。
『次は俺だ』
大輝の白い光が前へ出た。
地上の通信から、誰かが息を呑む音がした。
黒瀬だった。
彼女は兄の名前を呼ばなかった。
今ここで声をかければ、大輝の意識を乱すかもしれない。それを理解し、十二年間探し続けた兄が転写される瞬間を、ただ黙って見守っていた。
『黒瀬大輝さん。離脱意思を確認します』
『ある』
『転写を開始します』
【転写対象 黒瀬大輝】
【残留強度 4.8%】
【転写開始】
白い光が経路へ入った瞬間、黒い渦が大きく脈打った。
内側に残るのは影山一人。
十二年間、四人で分けていた圧力が、彼の光へ一気に集中した。
『くっ……』
影山の声が歪む。
「影山さん!」
『こっちはいい。大輝を見ろ!』
【転写進行率 31%】
【黒瀬大輝 残留強度3.2%】
白い光が激しく揺れる。
『転写速度が安定しません』
コトリが警告した。
『崩壊波形の干渉を受けています』
「俺が押さえる」
『現在の負荷増加率では危険です』
「大輝さんを切らせる方が危険だ」
誠司は制御出力を上げた。
黒い渦が外側から圧縮され、白い光へ食い込んでいた濁流が一瞬だけ離れる。
【転写進行率 49%】
【残留強度 2.4%】
誠司の左目からも、熱いものが流れた。
血だった。
両目から落ちた赤い滴が、端末の表面で重なった。
『佐藤さん、負荷が急上昇しています!』
蓮の声が響く。
【負荷指数 24.1】
【24.9】
危険閾値まで、あと〇・一。
【転写進行率 68%】
その瞬間、大輝の白い光が消えかけた。
【残留強度 0.9%】
【消滅判定閾値を下回りました】
『大輝さんの残留強度が、閾値を割りました!』
「持ちこたえろ!」
誠司は残っていた出力を、大輝の接続へ叩き込んだ。
【負荷指数 26.8】
【危険閾値を超過】
『佐藤さん、閾値を超えました! 中断を!』
「まだだ!」
【転写進行率 81%】
【人格構造 崩壊危険】
白い光が、細い糸一本まで削られていく。
「妹さんが待ってるんだろ!」
誠司は血に濡れた目を開いた。
「すぐ帰るって、言ったんだろ!」
白い糸が震えた。
『……環』
【転写進行率 93%】
「今度こそ、自分で言ってください!」
【転写進行率 100%】
【転写結果 黒瀬大輝】
【成功】
独立領域に、三つ目の光が灯った。
通信の奥で、黒瀬の押し殺した嗚咽が一度だけ漏れた。
『……っ、はぁ……』
大輝の声が戻る。
『管理者。あんた、無茶しやがって』
誠司は血の落ちる顎を上げた。
「三人……あと、一人」
誠司の声は、喉の奥で擦れた。
両目から流れた血が頬を伝い、端末へ落ちている。右側の視界は暗く狭まり、中央に残った影山の光さえ、輪郭が滲んで見えた。
【管理者負荷指数 26.8】
【危険閾値 超過継続】
黒い渦の内側には、もう影山しかいない。
三人が抜けた空間へ濁流が殺到し、淡い光を上下左右から押し潰そうとしていた。影山は何度も形を崩しながら、そのたびに広がり直し、崩壊の中心を一人で支えている。
『影山さんの残留強度を計測します』
コトリの声が、わずかに途切れた。
【影山恭一 残留強度2.1%】
【消滅判定閾値 1.0%】
『転写処理に必要な最低値を、辛うじて上回っています』
「始めてくれ」
『待て』
影山が制した。
声は弱かったが、言葉だけははっきりしていた。
『もう、いいって』
「何がですか」
『三人帰せた』
影山の光が、黒い流れに削られる。
『期待値は二・八人だったんだろ。三人なら、計算より上だ』
「あなたを入れて四人です」
『管理者、あんたも限界だろ』
影山は誠司の身体を見ているようだった。
『両目から血が出てる。負荷も二十五を越えた。これ以上やったら、本当に壊れるぞ』
「後遺症で済みます」
『そんなの、やってみなきゃわからない』
「死ぬ確率は〇・一%です」
『家族に、同じこと言えるのか』
誠司の指が止まった。
美咲の顔が浮かぶ。
出発する誠司を見送った妻は、止めなかった。ただ、帰ってきてと一度だけ言った。
陽菜と湊は、小指を絡めてきた。
絶対だよ。
約束だよ。
『あんたには、帰る場所がある』
影山の声が静かになる。
『俺のために、それを失うな』
誠司は血で濡れた手を握った。
「あなたにもあります」
『俺は言わなかっただろ』
「言わなかっただけです」
『ないんだよ』
「嘘だ」
誠司は即座に返した。
「帰りたい場所がない人間が、十二年間も他人を帰そうとするわけがない」
影山の光が揺れる。
「帰りたいと言えなかっただけでしょう」
『勝手に決めるな』
「あなたも、俺の帰る場所を勝手に決めないでください」
黒い渦が強く脈打った。
影山の光が大きく歪み、輪郭の一部が千切れたように消える。
【残留強度 1.8%】
『転写可能時間が急速に減少しています』
コトリが警告する。
「同意してください」
『断る』
「影山さん!」
『三人を帰せた。俺の願いは叶った』
「あなたの願いは、あなたを消すためにあるんじゃない!」
誠司の叫びが最深部に響いた。
黒い渦の音へ混ざり、何度も反響する。
「コトリが言ったでしょう。あの子はあなたの代わりじゃない」
『……あの子、か』
影山が小さく笑った。
『そうだな。俺より、ずっとしっかりしてる』
『誠司』
コトリが呼んだ。
その声には、これまでにない迷いがあった。
『私に、やらせてください』
「何を」
『私の人格構造には、影山さんの残留意識と共通する部分があります』
管理端末に、二つの波形が表示された。
影山恭一。
コトリ。
完全には一致しない。
それでも根元に近い部分では、複数の波形が同じ形を描いている。
『私は、影山さんの願いを基礎として形成されました』
『ならば、私の人格構造の一部を分離し、影山さんへ転写できる可能性があります』
「一部を分ける?」
『不足している残留強度を、私の構造で補います』
蓮の声が割り込んだ。
『コトリさん、それをやったら、コトリさんはどうなるんですか』
コトリは、すぐに答えなかった。
『正確には予測できません』
『人格の一部が欠落する可能性があります。記憶、判断能力、感情反応のいずれに影響するかも不明です』
「駄目だ」
誠司は言った。
『誠司』
「方法を変える。俺の出力を上げる」
『現在の負荷では、あなたの接続が先に崩壊します』
「でも」
『私なら、影山さんと構造が近い。最小限の損失で強度を補えます』
「最小限って、どのくらいだ」
『わかりません』
コトリは、誤魔化さなかった。
『ですが、消滅はしません』
わずかな間を置く。
『たぶん、少し薄くなるだけです』
「たぶんで、自分を削るな」
『誠司はいつも、帰りたい場所がある人を帰すと言っていました』
「だからって、コトリが」
『影山恭一さんは、私の』
コトリの声が震えた。
機械的な乱れではない。
初めて、自分の感情を抑えきれなくなった声だった。
『私の、始まりの人です』
影山の光が動きを止めた。
『コトリ』
『はい』
『やめろ』
『できません』
『お前は俺の願いから生まれたんだろ。俺のために、お前が削れてどうする』
『私は、あなたの願いです』
コトリは答えた。
『でも、私は私です』
『だから、これは私が選んだことです』
その言葉と同時に、管理端末の奥でコトリの波形が分かれた。
淡い光の一部が細い粒子へ変わり、転写経路を逆向きに進んでいく。
『待て!』
影山が叫ぶ。
光の粒子が、黒い渦の中に残る影山へ降り注いだ。
崩れかけていた輪郭が補われる。
【影山恭一 残留強度1.6%】
【2.0%】
【2.7%】
【転写可能域へ回復】
同時に、コトリの声へ薄い雑音が混ざった。
「コトリ!」
『私は、ここにいます』
声は弱くなっていた。
だが、消えてはいない。
『誠司。今です』
誠司は唇を噛んだ。
コトリが自分で選んだ。
その選択を、なかったことにはできない。
「影山さん」
『……わかった』
影山の声が掠れた。
『帰る』
『離脱意思を確認しました』
【転写対象 影山恭一】
【転写開始】
影山の光が、経路へ流れ込む。
彼が抜けた瞬間、内側から崩壊を押さえる者はいなくなった。
黒い渦が一気に膨張する。
【崩壊波形 急上昇】
【外部制御のみへ移行】
「蓮くん!」
『帰還経路、維持します!』
「ミラージュの支援は」
『上層処理、継続中です!』
誠司は残された力を崩壊の外側へ集中させた。
【負荷指数 27.4】
【27.9】
頭の中で何かが焼ける匂いがした。
右側の視界がさらに狭まり、端末の半分が闇へ沈む。
【影山恭一 転写進行率31%】
『管理者』
「話さないでください」
『俺、まだ帰りたい場所を言ってなかったな』
「転写が終わってから聞きます」
『そうか』
【転写進行率58%】
影山の光が乱れた。
コトリから譲られた部分と、影山自身の構造が噛み合わず、一部が離れかけている。
『構造を再調整します』
コトリの声がかすれる。
「無理をするな!」
『無理ではありません』
返事の後半が、ノイズで欠けた。
『私には、わかります』
コトリは自分と同じ根を持つ影山の波形を、一つずつ正しい位置へ戻していく。
【転写進行率77%】
【人格構造 安定化】
『コトリ』
影山が呼んだ。
『はい』
『俺の願いが、お前でよかった』
コトリは数秒間、答えなかった。
『私も』
薄い声が返る。
『あなたから始まれて、よかったです』
【転写進行率100%】
【転写結果 影山恭一】
【成功】
四つ目の独立領域に、淡い光が灯った。
影山の声が、震えながら戻る。
『……あ』
何度も息をしようとするようなノイズが続く。
『俺、まだ……いるのか』
『はい』
コトリは答えた。
少し薄くなった声で、それでもはっきりと。
『おかえりなさい、影山さん』
影山は返事をしなかった。
代わりに、声にならない嗚咽のような雑音が、静かに通信へ流れた。
十二年間、誰かを帰すために残り続けた男。
自分だけは帰らなくていいと言い続けた男。
その男が、自分の願いから生まれた存在に、初めて帰還を告げられた。
【保全人格 四名】
【宮前千紗 安定】
【桐島鷹也 安定】
【黒瀬大輝 安定】
【影山恭一 安定】
四人全員。
三十四・七%の先にあった結果を、彼らは掴んだ。
だが、崩壊はまだ残っている。
支える者を失った黒い渦が、最後の抵抗を始めていた。
「コトリ、鎮圧処理を」
『実行します』
声が以前より遠い。
誠司は問いかけたい衝動を押し込み、両手を端末へ置いた。
蓮が帰還経路を固定する。
ミラージュが上層の変動を飲み込む。
コトリが残った処理を最適化する。
保全された四人も、独立領域から演算補助へ加わった。
『管理者、右側を押せ!』
桐島の声。
『下から流れが来る!』
千紗が叫ぶ。
『経路は俺が見る!』
大輝が支える。
『誠司、あと少しだ』
影山の声が続く。
誠司は最後の制御値を入力した。
「閉じろ!」
黒い渦が一点へ圧縮される。
空気を引き裂く音が最深部を満たした。
床が跳ね、端末の画面がすべて白く染まる。
そして。
音が消えた。
【アマテラス最深部 崩壊事象】
【完全鎮圧】
【登録活動者の被害 0名】
【予測犠牲者89名】
【実際の犠牲者0名】
誠司は表示を見た。
八十九人。
一人も失わなかった。
四人も帰した。
その事実を確認してから、彼はようやく息を吐いた。
【管理者 佐藤誠司】
【最終負荷指数28.3】
【危険閾値 超過】
【重篤域 未到達】
『佐藤さん!』
蓮の声が遠くなる。
誠司の膝から力が抜けた。
倒れかけた身体を端末へ預けようとしたが、腕も支えにならない。荒れた指が宙を掴み、そのまま床へ崩れ落ちた。
『誠司!』
コトリが呼ぶ。
誠司は閉じていく視界の中で、小さな指を思い出した。
湊。
陽菜。
帰ると約束した。
「……帰る、から」
唇が、かすかに動いた。
「指切り、したから……」
その言葉を最後に、誠司の意識は途切れた。




