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減給された40代社畜、深夜バイトで国家級ダンジョンの管理者になる  作者: Gaku
第2部:管理者覚醒編

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52/82

第52話 配信探索者・星野ミナ


 画面の向こうには、いつも人がいた。


 第三ダンジョン浅層、通称「灰羽の回廊」。


 天井の低い石造りの通路には、薄い霧のような魔素が漂っている。照明球の青白い光が、壁面に走る鉱脈を淡く照らし、足元の石畳に細かな影を落としていた。奥のほうからは、地下水が落ちる音が聞こえる。ぽたり、ぽたり、と規則正しく響くその音に混じって、遠くで小型モンスターの甲高い鳴き声がした。


 そこを、星野ミナは軽やかに歩いていた。


 背中には小型の探索バッグ。胸元には配信用カメラ。右手には短い警棒型の魔素ツール。左手には、コメント確認用の薄型端末を固定している。


 肩までの明るい髪が、歩くたびにふわりと揺れた。


 地上の風は届かないはずの場所なのに、通路を流れる微かな空気が、彼女の前髪をそっと持ち上げる。青白い光を受けた瞳は、画面越しでもよく映える角度を知っていた。


「はーい、みんなー! 今日も来てるよー!」


 ミナはカメラに向かって、ぱっと笑った。


 画面の隅で、コメントが滝のように流れていく。


『来た!』

『ミナちゃん今日もかわいい』

『浅層とはいえ気をつけて』

『灰羽の回廊って地味に怖いやつじゃん』

『今日の髪型好き』


「髪型気づいた? えらい! 今日はね、ちょっと動いても崩れにくいようにしてきました。なぜなら、ミナちゃんは今日も生きて帰る気まんまんなので!」


 軽い笑い声が、湿った石壁に跳ね返った。


 探索者が配信を行うようになってから、ダンジョンの空気は少し変わった。


 かつては、危険と沈黙の場所だった。


 今は、そこにカメラが入り、コメントが流れ、切り抜き動画が生まれる。誰かの危機も、誰かの笑顔も、数秒後には画面の外へ広がっていく。


 ミナは、その流れの中心にいた。


 チャンネル登録者数、数十万人。


 明るく、よく喋り、怖い場所でも視聴者を不安にさせない。危険な場面では声を張り、何も起きない場面では冗談を言い、戦闘が終われば必ずカメラに向かって親指を立てる。


 そういう配信者だった。


「今日は第三ダンジョンの浅層を、初心者さん向けに解説しながら歩いていきます。ここ、見た目より滑るからね。石畳に苔っぽいのがあるでしょ? これ、踏むとつるっといくやつです。ミナちゃん、一回ここで盛大に転びました」


『見たい』

『切り抜きある?』

『転倒芸助かる』

『無理すんなよ』


「無理すんなよ、ありがとー。でも大丈夫。こう見えてミナちゃん、ちゃんと強いんだから」


 ミナはそう言って、警棒型ツールをくるりと回した。


 その瞬間、通路の奥から灰色の小さな影が飛び出してくる。


 羽のような薄い皮膜を持つ小型モンスターが、石壁を蹴って一直線に迫った。カメラの映像がわずかに揺れる。コメント欄が一気に速くなる。


 ミナの表情は変わらなかった。


「はい、来た」


 彼女は半歩だけ横へずれた。


 靴底が石畳を擦る音。腰の入った短い動き。警棒の先端が淡く光り、飛び込んできた影の側面を正確に打つ。


 甲高い悲鳴。


 小型モンスターは壁に弾かれ、霧の中へ転がった。


「危ないから、初心者さんは今みたいに正面から受けないこと。避ける。止める。深追いしない。これ大事」


『うま』

『普通に強い』

『説明しながら倒すのすげえ』

『ミナ先生!』


「先生って呼ばれると照れるなー。じゃあ、今日の宿題は『無理しない』です」


 笑いながら、ミナは再び歩き出した。


 足音が、石畳の上に小さく響く。


 画面ではずっと明るい。


 けれど、カメラの映らない位置で、彼女の左手の指はほんの少し強く端末を握っていた。


 配信の同時視聴者数は、悪くない。


 だが、足りない。


 浅層の安全配信は、視聴者に好かれる。コメントも温かい。けれど、爆発的には伸びない。広告収益も、案件単価も、大きく跳ねない。


 もっと深い層へ。


 もっと危険な場所へ。


 もっと誰も映したことのない景色へ。


 数字は、いつも静かに彼女を押してくる。


「さて、ここから右に行くと採取ポイント。左に行くと、ちょっと暗めの通路になります。どっち行く?」


 ミナは、いつもの調子で視聴者に選ばせた。


 コメント欄は、すぐに盛り上がる。


『右』

『左』

『暗い方!』

『安全第一で右』

『ミナちゃんなら左』


「お、左多いね。じゃあ、少しだけ左。危なかったらすぐ戻る。約束」


 約束。


 その言葉を言うときだけ、ミナの声は一瞬だけ柔らかくなった。


 本人も気づかないほど、ほんの少し。


 その先に、病室の白い壁があった。


 薬品の匂い。


 細い腕。


 ベッドの上で笑う弟。


 お姉ちゃん、危ないことしないでね。


 記憶の中の声が、霧の向こうから届いた気がした。


 ミナは、まばたきを一つした。


 そして、何事もなかったように笑う。


「ミナちゃん、運だけはいいからね」


     *


 配信が終わったのは、午後四時過ぎだった。


 地上に戻ると、空は薄く晴れていた。


 ダンジョン管理棟の外には、夕方の光が斜めに差している。コンクリートの広場に伸びた影は長く、風に揺れる植え込みの葉が、その影の上で細かく震えていた。探索者たちの靴音、装備の金具が触れ合う音、遠くの道路を走る車の低い音。それらが混ざり合い、浅層の静けさとは違う、地上のざわめきを作っていた。


「お疲れさまでしたー!」


 ミナはスタッフ用の簡易控室で、最後の挨拶を終えた。


 配信機材を一つずつ外す。胸元のカメラ。肩の固定具。耳につけていた小型マイク。明るい声を出し続けた喉が、少しひりついている。


 鏡の前に立つと、画面で見ていた自分とは少し違う顔が映った。


 頬は笑顔の形をまだ覚えているのに、目の奥だけが疲れている。


「……よし」


 ミナは両手で頬を軽く叩いた。


 ぱん、と乾いた音が控室に響く。


 誰もいない部屋だった。


 配信中は、あれほどコメントが流れていたのに、終わった瞬間、音が消える。壁際のロッカー、折り畳み椅子、置きっぱなしの空きペットボトル。蛍光灯の白い光が、それらを平たく照らしている。


 静かだった。


 耳が痛くなるほどの静けさではない。


 むしろ、さっきまで誰かの声で満たされていた場所から、全部が引いていったあとの静けさだった。海の水が引いた砂浜みたいに、そこに残ったのは、自分の呼吸だけだった。


 ミナはスマホを開いた。


 通知がいくつも並んでいる。配信の感想、切り抜きの投稿、視聴者からのメッセージ、案件担当者からの連絡。


 その中に、病院からの通知があった。


 指が止まる。


 ほんの数秒。


 それだけで、控室の空気が少し冷えた気がした。


 ミナは通知を開いた。


 次回治療に関する案内。


 請求予定額。


 追加検査の可能性。


 画面に並ぶ数字は、ただの数字だった。けれど、それはミナにとって、弟の呼吸の残り時間みたいに見えた。


「……今月も、足りない」


 声は、誰にも届かないくらい小さかった。


 ミナは椅子に座った。


 スマホの画面が、膝の上で淡く光っている。指先に、じわりと汗が滲んだ。探索中には冷静に動いた手が、今はうまく動かない。


 両親は、もういない。


 弟の病室に通うのは、ミナだけだ。


 治療の説明を聞くのも、書類にサインするのも、支払いの相談をするのも、夜中に急変の連絡を受けるのも、全部ミナだった。


 配信では、そんな顔は見せない。


 見せたら、みんな心配する。


 心配されると、優しくされる。


 優しくされると、立っていられなくなりそうになる。


 だから、笑う。


 明るく喋る。


 怖い場所でも、怖くないふりをする。


 ミナは写真フォルダを開いた。


 そこには、病室のベッドで笑う弟がいた。細い腕に点滴の管。少し大きすぎる病衣。窓際に置かれた折り紙の星。


 弟は、画面の中で弱々しくピースをしている。


「お姉ちゃん、頑張るからね」


 ミナの声が震えた。


 目の奥が熱くなる。


 涙がこぼれる前に、彼女は手の甲で強く拭った。化粧が少し崩れたが、構わなかった。


「泣いてる場合じゃない」


 スマホを握り直す。


 控室の外で、誰かの笑い声が通り過ぎた。扉の隙間から、夕方の光が細く差し込んでいる。その光の中を、小さな埃がゆっくり漂っていた。


「次、もっとバズらせなきゃ」


 ミナは、配信予定表を開いた。


 候補の一覧。


 第三ダンジョン浅層。


 第五ダンジョン中層。


 第七ダンジョン深層。


 その文字を見た瞬間、指先が止まった。


 第七ダンジョン。


 最近、不安定だという噂がある。


 深層まで潜る配信者は少ない。危険だからだ。だが、だからこそ数字は取れる。誰も行かない場所には、誰も見たことのない景色がある。


 ミナは、画面を見つめた。


 息を吸う。


 胸の奥が痛い。


 それでも、弟の写真が脳裏に浮かんだ。


 お姉ちゃん。


 そう呼ぶ声が、背中を押す。


 ミナは、震える指で予定欄を押した。


 第七ダンジョン深層。


 新規配信予定。


 登録。


 画面に小さく、完了の文字が出た。


 ミナはしばらく、それを見つめていた。


 控室の時計の針が、一つ進む。


 誰も止めてくれない部屋で、彼女は一人、笑顔の準備を始めていた。



「ミナ、本気?」


 翌日の夕方、探索者用のカフェスペースで、山下レイが声を低くした。


 管理棟の二階にあるその場所は、探索帰りの者たちでほどよく混んでいた。壁際には装備を背負ったまま座れる広いベンチが並び、窓際の席には夕日が斜めに差し込んでいる。テーブルの上の紙コップから、湯気が細く立ち上っていた。外の植え込みでは、細い枝が風に揺れ、葉の影が窓ガラスの上をゆっくり滑っていく。


 ミナは、ストローでアイスティーをかき混ぜた。


 氷がグラスの内側に当たり、からん、と小さく鳴る。


「本気って、何が?」


「とぼけないで。第七の深層配信」


 レイは、ミナの正面に座っていた。二十代半ばの女性探索者で、ミナより少し先輩にあたる。普段は冗談を言い合う仲だが、今の目は笑っていなかった。


「最近、第七は不安定って話、聞いてるでしょ」


「噂でしょ?」


「噂で済ませていい場所じゃない」


 レイの声が、少し強くなった。


 近くの席で笑っていた探索者たちの声が、一瞬だけ遠くなる。ミナはストローから指を離した。グラスの中で氷がゆっくり回り、やがて止まる。


「深層まで行く必要ないよ。ミナの配信、浅層でも十分人気あるじゃん」


「人気はあるよ」


 ミナは笑った。


 いつもの、画面に出す笑顔に近かった。


「でも、それだけじゃ足りないんだよね」


 レイは眉を寄せた。


「足りないって、何が」


「数字」


 短い言葉だった。


 それ以上は言わなかった。


 言えなかった。


 弟の治療費のこと。毎月届く請求。病院の白い廊下。細くなった手で、それでも自分に笑いかけてくる弟の顔。


 そういうものを言葉にすると、目の前のレイはきっと止める。支えると言ってくれるかもしれない。相談しろと言ってくれるかもしれない。


 けれど、相談したところで、数字は減らない。


 誰かの優しさで、請求書の桁は変わらない。


「ミナ」


 レイの声が、今度は少し柔らかくなった。


「何かあるなら、言って。配信のことでも、お金のことでも」


 ミナは、笑顔のまままばたきをした。


 喉の奥に、小さな塊ができる。


 言ってしまいたかった。


 助けて。


 怖い。


 本当は、深層なんか行きたくない。


 けれど、その言葉を出した瞬間、自分を支えている細い糸が切れそうだった。


「大丈夫」


 ミナは、明るく言った。


「ミナちゃん、運だけはいいから」


 レイの表情が曇る。


「それ、いつも言うけどさ」


「本当だもん。危ないとき、なんか道が開いたりするし」


「それを運で済ませるのが怖いって言ってるの」


 レイはテーブルの上に置いた手を握りしめた。


 爪が、紙ナプキンに小さな跡を残す。


「ダンジョンは、笑ってくれないよ。カメラの前でどれだけ明るくしてても、危ない時は危ない。コメント欄の誰も、手を伸ばせない」


 ミナの笑顔が、ほんの少し薄くなった。


 カフェスペースの天井から流れる空調の風が、二人の間に置かれた紙ナプキンの端を揺らした。外では夕日が沈みかけていて、窓際の光が赤みを増している。人の声も、食器の音も、どこか遠く感じた。


「知ってるよ」


 ミナは、グラスを見つめたまま言った。


「でも、行かなきゃいけない時ってあるじゃん」


「誰のために?」


 その問いに、ミナは答えなかった。


 答えられなかった。


 沈黙が、二人の間に落ちた。


 それは短い沈黙だった。時計の秒針なら、五つも進まないくらいの時間。けれど、ミナにはずいぶん長く感じた。胸の奥で、何かがじっとこちらを見ている。


 やがて、ミナは椅子を引いた。


 脚が床を擦り、低い音を立てる。


「レイさん、心配してくれてありがと」


「ミナ」


「ちゃんと準備する。無茶はしない。危なかったら引き返す」


 嘘ではない。


 けれど、全部ではない。


 ミナはバッグを肩にかけた。


 窓の外の風が少し強くなり、植え込みの葉が一斉に揺れた。夕日の光がその葉の隙間を抜け、床に細かい模様を作っている。


「でも、配信はやる」


 レイは、何も言わなかった。


 ミナはその沈黙を背中で受けながら、カフェスペースを出た。


 廊下に出ると、足音がやけに大きく響いた。誰かと笑っていた声が、自分の後ろで扉に遮られる。


 スマホが震えた。


 病院からではない。


 弟からのメッセージだった。


『今日の配信見たよ。お姉ちゃん、かっこよかった』


 添えられたスタンプは、病室で暇つぶしに描いたらしい、丸い星の絵だった。


 ミナは、壁際で立ち止まった。


 視界が少しにじむ。


 でも、泣かなかった。


 親指で返事を打つ。


『ありがと。次も楽しみにしてて』


 送信してから、胸が痛くなった。


 次も。


 その約束が、自分を深層へ連れていく。


     *


 その夜、地下三階の端末室では、佐藤誠司が二十九度目の勤務についていた。


 外の夜気はまだ肌寒かったが、端末室の中は機械の熱で少しだけ暖かい。モニターの光が誠司の顔を青く照らし、机の端に置いた缶コーヒーの影が細長く伸びていた。天井の空調は一定の音を立て、遠くの配管から水が流れるような低い響きが聞こえている。


 赤いランプは少なかった。


 暴走のあと、しばらく探索制限が強まった影響だろう。大きな警告はない。代わりに、活動ログの一覧には、見慣れない項目が増えていた。


「第七管理領域、登録活動者の活動増加……?」


 誠司は画面をのぞき込んだ。


「コトリ、これ何だ」


『第七管理領域における探索申請件数が、直近七日間で増加しています。特に、映像配信目的の登録活動者が増加傾向です』


「配信目的……ダンジョンを配信するってことか」


『はい。装着型カメラ、外部通信端末、視聴者参加型進行を伴う探索が確認されています』


 誠司は、眉をひそめた。


 配信という言葉は、もちろん知っている。娘たちも、動画を見る。料理、ゲーム、工作、歌。いろいろなものが画面の中に流れてくる時代だ。


 だが、ダンジョンまで配信するのか。


 あの赤いランプの向こう側を。


「危なくないのか」


『危険です』


 コトリの返答は早かった。


『視聴数を目的とした深層接近、長時間滞在、予定外ルート選択が増加しています。事故リスクは上昇しています』


 誠司は、椅子の背から体を起こした。


 画面上には、第七管理領域の活動ログが並んでいる。名前は識別番号に置き換えられているが、いくつかの項目には備考がついていた。


 配信探索。


 深層下見。


 視聴者投票ルート。


 誠司は、指先で机を軽く叩いた。


 こつ、こつ、と小さな音が端末室に響く。


「見てる人が多いと、引き返しづらくなるのかな」


『可能性があります。外部視聴者からの期待、収益、評価が行動判断に影響するケースがあります』


「怖いな」


 誠司は、素直にそう言った。


 画面の中の数字は、ただの記録だ。


 けれど、その向こうには生身の人間がいる。怖くても笑っている人がいるかもしれない。引き返したいのに、引き返せない人がいるかもしれない。


 誠司は、少し前に藤原から言われた言葉を思い出した。


 管理者様。


 探索者の間で、そんなふうに呼ばれているらしい。


 もし、その呼び名が広がれば、無茶をする人も出るのではないか。


 危なくなっても、誰かが助けてくれると。


 見えない管理者が、また道を開いてくれると。


 そう思わせてしまったら。


 誠司の背中に、薄い汗が浮いた。


 端末室は暑くない。それでも、シャツの内側に湿った感覚が生まれた。


「コトリ」


『はい』


「第七の深層、しばらく注意して見ておいてくれ」


『了解しました。第七管理領域深層の活動ログを監視対象に追加します』


「無茶しなきゃいいけどな……」


 誠司の声は、端末室の冷却音に溶けた。


 コトリは、数秒だけ黙っていた。


 その沈黙は、以前の機械的な処理待ちとは少し違っていた。何かを考えているような間だった。


『誠司』


「ん?」


『帰りたい場所がある人ほど、無理をすることがあります』


 誠司は、画面から目を離した。


「……そうだな」


 その言葉は、自分にも刺さった。


 深夜バイトを始めた理由。


 家計を支えたかった。


 家族を守りたかった。


 だから、訳の分からない地下施設にも通った。怖くても、分からなくても、端末の前に座った。


 もしかしたら、配信探索者たちにも、それぞれの理由があるのかもしれない。


 誠司は、もう一度ログを見た。


 第七管理領域。


 配信目的の探索増加。


 その中に、星野ミナという名前は、まだ表示されていなかった。


 誠司は知らない。


 画面の向こうで明るく笑う二十一歳の配信者が、弟の治療費のために深層へ向かおうとしていることを。


 ミナも知らない。


 自分が何度か危機をくぐり抜けてきたその陰に、赤いランプを消し続ける男がいたかもしれないことを。


 地上では、夜風が街路樹を揺らしていた。


 病院の窓辺では、折り紙の星がかすかに揺れていた。


 地下三階では、誠司が第七管理領域のログに注意マークをつけた。


 星野ミナ、二十一歳。


 数十万人を笑顔にする人気配信者。


 その笑顔の裏で、彼女は弟の命のために、危険な深層へ潜ろうとしていた。


 家族のために、戦う。


 それは、ある男が深夜バイトを始めた理由と、同じだった。


 二人は、まだ出会っていない。


 しかし数日後、配信画面の中で、その運命が交差する。


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