一話 死者の壁(3)
ゆっくりと進み始める巨大八面体に優希が問いかける。
「そういえば、名前は何?」
「ナマエ?」
不思議そうにする八面体に、悟が説明をする。
「個体を識別するための値とかだよ」
「個体識別値――一応ある」
「何?」
「298745-E7-01452」
私は気分的には額に手を当てた。
個体識別値という単語で認識されるのだから、そんな所が妥当なところだ――覚えれないけど。
優希は面食らってもいいはずなのに、面白そうに口を開く。
「どんな意味?」
「298745周期に生まれの、第七磁場制御担当04152番目の個体」
「商品番号みたいだね! あだ名とかはないの?」
「アダナ?」
「仲がいい人に呼ばれるやつ!」
「仲がいい? ――全個体と全て同一の関係密度」
「広く浅くって感じなのかな?」
優希と八面体の会話が成り立っているようで、微妙に食い違っているのが面白い。
私達は生物としての成り立ちに差があり過ぎるようだ。悟もそれを実感しているような雰囲気をしている。
「えーっと……」
「298745-E7-01452?」
「そうそう、流石お父さん!」
「えっと、それで29……なんだっけ?」
「優希、別に名前を呼ばなくてもわかってもらえると思うよ」
「そっか」
ミライの指摘に優希は小刻みに縦に揺れながら、八面体に近付く。
「今から何をするの?」
「磁場制御」
八面体はおそらく個体識別通りの第七磁場に向かっているのだろう。
暫く黒い地面を進むと、やがて立ち止まりゆっくりと、だけど大きく上下に揺れだした。
余波を受けて私達も上下に揺れる。
「わっ!」
「面白ーい!!」
「これが磁場制御か!」
「酔いそう……!」
遊園地のアトラクションの如く楽しんでいたのも、最初の方だけで、磁場制御の終わりが見えないことに気がつくと、娘たちは直ぐに飽き始めた。
少しずつ横にズレて、皆で磁場制御の影響範囲から距離を置く――遠目から見ると、遊んでいるようにしか見えないが、あれも立派な彼の仕事なのだろう。
「いつ終わるのかな?」
「地球時間で言うと、あと二時間はやるみたいだよ」
「でた、アカシックレコード」
「え? アカシックレコード??」
先程の私とミライの会話を聞いていなかった悟が食い付いた。またミライが説明すると、悟は楽しそうに左右に揺れた。
「実在してたなんて――やっぱり世界は面白い」
「それで、どうする? たぶんまだ、暫く続くだろし……暇だよね?」
ミライの言葉に私は唸る。
「下手に他の個体と関わって拗れる可能性があるより、暇を持て余してる方が安全かなぁ……」
「そうだね。朋里と優希には申し訳ないけど、ここで終わるのを待っていようか」
「え、僕は?」
「ミライは今まで生きてきた時間と比べると、二時間なんで一瞬でしょ?」
「それは……まぁそうなんだけども……」
とりあえず、巨大八面体が視界に入る範囲内で探索して暇を潰すことにした。
探索しつつ、この星について考察していると、二時間はあっという間に過ぎた――やっぱりさ、イチ研究者として、考察したくなるし、始めると止まらないよね。
「終わった」
巨大八面体が飄々と私達に完了を告げる。
優希はやっと終わったとばかりに八面体にかけて行く。
「次は何をするの?」
「還る場所を探しに行く」
「帰る場所?――お家?」
朋里の呟きに八面体が首をひねるように、向きを変える。
「オウチ? ――これも、知らない」
「家族がいて、自分が帰る場所。あの大きな黒いののどこかがお家じゃないの?」
家族という言葉も存在しないのだろう、少し間があった後、八面体が言う。
「あそこは、私達が還る場所――」
「やっぱりお家なんじゃないの?」
朋里が困ったように私に振り向くが、私はどうも違うと感じる。それは悟もミライも同様なのだろう、考えるように静止していた。
「――もしかして、一定以上の大きさになると、あの大きな塊と一体化するんじゃないのかな?」
「一体化……」
――それは、即ち地球の定義だと、死を意味するのではないだろうか?
「そう、私はもうすぐ還磁する」
淡々と告げる彼の言葉に哀しみはなく、むしろ薄らとした喜びを感じる。
「やっぱり、あれはあなた達の亡骸なの?」
「ナキガラ?」
「死んだ身体なの?」
「? 私達は星の一部に還るだけ。星から生まれて、星に戻る。それだけ」
「そうか、死の概念すら存在しないのか……」
悟の呟きに、私は不思議と恐怖を覚えた。
――死の概念すら存在しないのなら、生も存在しないのではないだろうか?
いつの間にか真近にあった巨大な黒い物体を見上げる。今会話している、巨大八面体と同じくらいの大きさの八面体が、外壁を覆っている――いや、覆っているのではなく、全てが彼等の身体から出来ているのかもしれない。
「どの場所に還り、どのような磁界に変容させるのか、それを考えるのが最近の習慣」
少し楽しそうに話す巨大八面体の黒い壁面が、どこまでも深い黒に見えた。




