三話 地球のあした(1)
始めの十日間ほどは、裸の生活やお金のない暮らし等、元の地球との違いも楽しみながら暮らすことができた。
しかし二十日間ほど経過すると、家族のない風景や働いても発生しない物理的な報酬等に違和感が拭えなくなってくる。
「ねぇ、アカネ。今日は何の仕事をするの?」
優希の言葉に思わず息を飲んだ。
「優希、お母さんだよ」
「え、でも学校で養育者のことは名前で呼ばないと変って言われるよ、ミライ」
「優希、僕はお兄ちゃん。僕達はここの人間じゃないから変でもいいの」
「でも先生にも注意されるの……」
「学校では、お母さんとか言わなきゃバレないよ。私はそうしてるよ」
「あ、そうか……!」
優希が嬉しそうにぴょんと跳ねた。
今ではすっかり裸にも慣れ、ありのままの姿を晒している。それは、私も朋里も同じだった。
――適応が進んでるなぁ……。
悟と目配せして頷き合う。
「行ってきます!」と跳ねるように学校へ駆けていく朋里と優希と、のんびりと歩くミライを見送ってから、私達は仕事に向かう。
仕事と言っても給与は発生しないので、ボランティアと言った方が近いのかもしれない。
「どうしよう、優希が馴染み過ぎてる気がする……」
「子どもほど適応能力が高いからなぁ……」
悟がポリポリと頬っぺを掻く。
『それほど私達の地球が素晴らしいってことよねー』
胸を張るアシタに苦笑いしてしまう。
「でも、ここに移住したら私達は家族じゃなくなるんでしょ?」
『そうね……文明のノイズになるから、家族は無理ね……あと、記憶も消すわ。これはお互いに悲しいことだけどね……』
「うーん、じゃあやっぱり移住は無理かなぁ……」
『なんで?! こんなに平和で幸せに溢れた環境なのに?!』
「アシタ、僕らは家族じゃないと幸せにはなれないよ」
『なんで? 家族は効率が悪いよ?』
『アシタ、我々の理想はアシタの理想とは異なるんだ』
ハジメの言葉にアシタが押し黙る。
悟の肩に乗るバッタは小さく震え出すと、目から滴を出した。
『嫌よ、ここにいてよ……』
『アシタ――』
『私、寂しいの』
思わず歩いていた足が止まる。
穏やかな喧騒の中、小さなバッタの悲嘆が耳を貫いた。
なぜ、こんなに幸せと主張する文明で、主張する本人が泣いているのだろう――?
『百年間なんてあっという間のはずなのに、寂しいの……』
青虫が短い手でバッタの滴を払う。
『管理者の間って、誰とも関われないの。独りで子どもを生んだり、天気の管理をしたり、建物を建てたり……淡々と業務をこなすだけ……それを百年……とても、寂しいの』
「私達の記憶を消したら、結局は独りなんじゃないの?」
私の疑問にアシタは首を横に振る。
『ミライ達が残ってくれたら管理者が増える。今は五人だから、一人でしか回せないけど、増えたら二人とかで回せる……』
――なるほど……。
ミライ達の移住に拘ると思っていたら、そんな切実な願いがあったのかと、納得する。
――確かに、百年も一人きりで淡々と管理者の仕事をこなすのは、辛いし寂しいと思う。
私達の人類なら一生、というか、平均寿命的には一生以上だ。
幸せな人達の中で、幸せな人を守るために一人だけ作業するのはどれほど寂しいことだろうか……?
想像しただけで胸が締め付けられる。
ハジメを見ると、何かを考えるようにじっとしていた。
「二人で二百年交代はダメなの?」
『思考が偏ってしまうから、ダメよ。百年周期じゃないと』
「……他の管理者には相談したの?」
『してない。寂しいのは、私だけかもしれないし……。人類に混ざってる仲間に、そんなことで気軽に呼び出せないよ』
悩んでいると、ハジメが私を見上げた。
『これは、一回ミライ達とも話した方がいい』
「そうだね。僕らだけで話しても、当事者達がいないと意味がないよ」
「さぁ仕事仕事」と悟は足早に今日の仕事場である畑に向かった。
夕方、家族皆で集まり会議を始める。
テーブルの真ん中には、アシタとハジメ。
人間はそれぞれ椅子に座った。
ミライに今朝のあらましを話すと、ミライはプリプリと怒り始めた。
「――もぅ、やっぱり誰かが無理することになってるじゃないか」
『でも、これが最適解で――』
「一人が生贄として犠牲になって成り立ってる文明ってことでしょ? そんなもの、幸せなの?」
『でも、管理者は一時的だし、管理者じゃなければ幸せだし――』
「それで寂しくて、喧嘩別れした僕らに泣きついてるんだろ? ――馬鹿みたいじゃないか」
『喧嘩別れじゃないよ』
「あれはほとんど喧嘩別れ!」
バッタを虐めているようにしか見えないミライを悟が制する。
「そこはいいじゃないか。要は管理者が増えれば解決するんだから」
「管理者が増えたら解決するっていうけどさぁ、僕らが嫌だったら結局だめじゃん」
「――でも、僕らが宇宙旅行を誘うまでは、消滅しようと考えてたんでしょ?」
『――え?』
アシタがミライを見上げて固まった。




