二話 孤独(2)
ミライは遠くに輝く恒星を見上げながら言う。
「おじさんは――狂ったよ。だけど、耐えた。約三十二年間。巨大隕石がぶつかるまでね」
淡々としたミライの物言いに、哀しみが込み上げる。
――結局私は、世界にも、ティーノにも、何もできなかった……。
「狂ったってことは、虐殺が悪化したってこと?」
「いや、虐殺というか、洗脳中心になった――本当に、この世界の構造と似ていたよ。全ての人類はおじさんに監視、制御されていた」
「……ミライ達は人類を助けなかったの?」
「うん。僕らが干渉したところで、既に手遅れだったからね。管理者がおじさんから僕らに変わるだけの状態だった」
狂ったティーノは人類の人格まで作り替えたのかもしれない。
再び、止められなかったことに対する後悔が胸に広がる。今のこの体では、涙を流すことができないのが辛かった。
「――おじさんはずっと寂しそうだったよ。いつもお母さん達の魂を探していた。流石に、僕らを上回って見つけることはできなかったけどね」
「死んでも見つけられるように契約までさせてたのに、かなり怒っただろうね」
「うん。怒って、それから絶望してたよ」
少し苦笑い気味にミライは言う。
「今更、神が干渉するなってね」
「それは、そうかもね……」
「僕はお母さん達に幸せになって欲しかっただけなんだ……なんでわざわざ旧人類の失敗を復活させちゃうかなぁ」
「あ、そういえば実験データの誤報告してたでしょ?!」
ふと以前のミライの謝罪を思い出すと、ミライはふいっとそっぽを向いた。
「霊視装置ができると、人類が悪い方向に進むって知ってたからね。お母さんのためだったんだよ?」
「くっ……私のためなら、なんでそっぽを向いて言うの?」
「いやぁ、お母さんとお父さんの人生の目標だったのは知ってたからねぇ」
気まずそうにミライは言う。
「あの系統の文明は滅びるのが早いんだよね」
「急に神目線だね」
「ほら、管理者だしね?」
飄々と言うミライが可笑しくて少し笑ってしまう。
「……ねぇ、ティーノの魂は地獄に行って消されたの?」
私の質問にミライは首を傾げてから、「あぁ」と頷いた。
ミライの反応に今度は私が首を捻る。
「お母さん、地球の輪廻の地獄を勘違いしてるよ」
「え? どういうこと?」
私はずっと壊れた魂は地獄で分解されてしまうのだと思っていたのだけど、どうやらそれは違うらしい。
「僕らが魂を分解することはないよ。平均から逸脱した魂は、輪廻から一旦外して別の場所に格納してるだけさ」
「じゃあ、ティーノの魂は……?」
人間だったら、ゴクリと唾を飲んでいたと思う。
風がない大気。揺れない海面に小さな波紋を作るのは、私とミライ二人だけだ。
今日はまだ侵略者は来ていない。無意識に上空の塵を目で探す。
微量にしか位置が変わっていない恒星を見上げながら、ミライは飄々と答える。
「別で格納してあるよ。魂が僕らの定義と変わってしまったから、輪廻に戻すのは危なかったしね」
「消されてないんだ……」
安堵が心を満たしていく。ティーノの犯した罪は巨大過ぎたけど、魂が残っているという事実は私の後悔を大きく和らげた。
ミライが私の様子を見て微笑んだ気がした。
「おじさんと会いたければ、解凍して連れてくることもできるよ?」
「あっ、いやっ、それは、まだいい――うん。まだいい。ありがとう」
何度も一人で頷く私に、ミライは笑う。
――いや、悟との兼ね合いもあるしね……うん。心の準備もあるし……。
今はただ、ティーノの魂もまだ存在するという事実だけで満足だった。
「――地味に、そんなこともできるんだね……流石、神」
「ただの人工生命体の管理者だけどね」
「創造主という意味では神だよね?」
「過去を模倣しようとしてるだけだけどね」
ミライは皮肉そうに笑う。
「そういえば、ミライ達を造った人類はどんな人類だったの?」
「うーん……科学馬鹿? 科学狂人?」
あまりの物言いに笑ってしまう。
「だって、僕らに不滅性を与えるんだよ? 狂人だよ」
「そこは……私は何とも言えない……」
視線を逸らすと、ミライに睨まれるのを感じた。
「でも、そのお陰で私達はミライと家族になれたんだから、感謝しないとね」
「僕らは生き地獄だったけどね。達成できない目標にひたすら挑み続けるって、どれだけ苦しいか分かる?」
「それは……分からないかなぁ……?」
「お父さんのお陰で順風満帆だったな!」
「そうだね、悟様様だわ」
「僕らにもお父さんみたいな人がいればよかった」と地団駄を踏むミライに笑ってしまう。
そして、一つ気が付く。
「ミライ達の他に、人類を創ってるミライの仲間はいるの?」
「あー……いるよ?」
歯切れの悪い言葉に、違和感を覚える。
「今も文明として、存続していたりする?」
「んー………………するね」
「……見てみたいな」
「…………行きたいの?」
「うん」
念話なのに、ミライの深いため息が聞こえてきた。




