一話 母なる海(3)
『外敵侵略者接近! 迎撃個体、発射準備――』
また声が響き、一瞬海全体が震えた気がした。
『……こんな時にすぐに来なくていいのに』
僅かに苛立った海の声に、私は少し焦りを覚える。
悟も同じ感覚がしたのだろう、私に振り向いてくると一つ頷いた。
――ここも、早く出ていった方がいい気がする。
目の前の発射台に眠る迎撃個体達が起動したように、蠢き始める。
「ひっ」
朋里から小さく悲鳴が漏れた――確かに、蠢いている量が量なので、なかなか気持ち悪いかもしれない。
海とは異なる声が辺りに響く。
『発射まで、三、二、一……発射!』
発射時の衝撃波もないまま、目の前の発射台から生まれたばかりの迎撃個体達が飛び立っていき、あっという間に見えなくなった。
「え、もう新しい子いるよ!」
優希の声に驚いて発射台の中を確認すると、確かに迎撃個体達が中にいる。
――ちょっと海さん、生産早すぎじゃないですかね……?
軽く引いた。
『――さて、侵略者の駆除も問題がなさそうなので、続きを始めましょう』
「あなたは、何が知りたいのですか?」
『私は、全てが知りたいのです。誰も、何も教えてくれません』
「僕たちも全ては知らないので、あなたの望むものは与えられません」
『でも、私よりも知っています。この世界には『海』は私しかいません……』
「あなたの生み出した子供たちがいるじゃないですか」
『そうですね。子供たちはいます。でも、私と同じではない。私はこの世界の管理者なのです。子供たちとは違います』
彼女は孤独を孤独と知らないまま過ごしているのかもしれない。
でも、言語化できていないだけなので、知ってしまえばそれは良くも悪くも取り返しのつかない言葉になる。
――どうしたらいいのか……。
私達は感情がある。けど、海ではないし、彼女の生み出した個体でもない。
私達がいれば、彼女の寂しさは多少埋められるかもしれない――けど、私達には目的がある。
私達はこれ以上、できるだけ彼女に何も与えるべきではない。
特に孤独という言葉や感情があることについてだ。
孤独を知られてしまえば、私達の旅が終わってしまう可能性がある。
――私達は、また地球に戻って皆と暮らしたい。
悟と顔を見合わせる。
「私達があなたに何かを教えることで、あなたの世界が壊れてしまうかもしれないんです……さっきは間違えてしまったの、ごめんなさい」
『いいえ、間違いはありませんでした。あなた達は新しい価値を見せてくれました』
「その結果、この世界が変わってしまっても価値があると言えるのでしょうか?」
『あります』
強く断言する言葉に私達は困ってしまう。
キノコも似たようなことを言っていた。
なんで、そこまで停滞を嫌がるのだろうか?
私には分からない――平和ならそれでいいのではないだろうか?
「子供たちは困りませんか?」
『私はこの世界の全てです。不変も変容も私に決定権があります。子供たちも私が全てです。私の意思が子供たちの意思です』
「……」
脳裏に何かが過ぎる。
なんなのか考えて、たどり着く。
――彼女はティーノの行く末だ。
一人の個体に完璧に制御された世界……。
神――管理者のいる世界。
「でも、子供たちにも感情はあります。選択権はあるんじゃないですか?」
『センタクケンとはなんでしょうか?』
「あ――」
文明の差とは、どれだけ面倒なのだろう。
彼女一人が全てを決めているのなら、『選択権』なんて概念は必要ないのだ。
「選択権とは、選ぶ権利です」
『母である私が決めれば十分では?』
「それは……」
思考の違いに反応に窮する。そして――
「あなたは、なぜこの世界を管理しているのですか……?」
あまりにも無駄な質問を呟いてしまったことに気が付き、口を噤むが、生憎今の肉体には口がない。
『私は――知りません。私は、それも知りたいのです。なぜ私なのでしょう? どうやったら知れるか知っていますか?』
「――それは、私達も同じです。誰しも皆考えることかもしれません……ごめんなさい、変な質問をしました……」
『大丈夫です。今、あなた達と意思疎通することで、私は大きな変化を遂げていると、自覚している程なので』
「……」
目はないのに悟とミライに睨まれた気がした。
――なんで毎回他の文明に干渉しちゃうの、私は……!
心の中で地団駄を踏んだ。
『――このまま、私と共にこの世界で暮らしませんか?』
海の提案に寒気がした気がした。




