一話 母なる海(2)
「――決死隊か」
悟の呟きにドキリと、ないはずの心臓が跳ねた気がした。
「迎撃個体は嫌じゃないんですか?」
「彼らはそれが役割ですから」
どうしてそんな深刻そうな顔をしているんだ? と言わんばかりに、金魚は不思議そうに首を傾げる。
――ここの生物には感情はあるのだろうか?
疑問を抱いて、すぐに答えが出る。
――ない、もしくは薄いんだろうな……。
「迎撃個体の住処を見に行きますか?」と、金魚は何食わぬ顔で案内を再開する。
「大きいねぇ!」
「何メートルあるのかな?」
迎撃個体の発射台を間近で見ると、案外大きかった。
私達の十倍はあるだろうか?
「あ、眠ってる?」
優希が半透明の発射台を覗くので、一緒に覗く。
確かに迎撃個体が中で眠っていた。
側部には折り畳まれた羽根のようなものが見える。
「ダーツの矢っぽく見えてたけど、実際はトビウオの方が近かったのか」
金魚も一緒になって覗くと、一つ頷いた。
「新しく補充された迎撃個体ですね」
「え、もう生まれたってこと?」
「前の個体は死にましたからね」
「発射される以外に、ここから出ることはあるんですか?」
悟が好奇心を隠しきれない様子で金魚に近づく。
金魚はまたしても質問の意図が分からないとばかりに首を傾げる。
「出ませんよ。迎撃しないのに何で出てくるんですか?」
悟が何かに気が付いたように私に振り向く。
「人間の体内みたいだ」
「確かに。そうすると迎撃個体は白血球だね。でも、白血球は死ぬことを怖がらない――彼らはどうなんだろう?」
「――どうだろう?」
情報構造体としては、揺らぎはあまりないように思える。
彼らには感情はない、もしくは希薄な気がする。
「ねぇ、楽しみとかありますか? 趣味とか?」
「シュミ?」
「そっか――なら、役割以外でやってることとかはありますか?」
「役割以外でやってること……?」
金魚は考えるように黙り込み、少ししてから思い出したように顔を上げた。
「底にある石を綺麗にしています」
「それは皆もしてますか?」
「いえ、ほとんど見ません」
「なるほど……」
一応個体差はあるみたいだと、悟と笑い合う。
金魚は興奮したように海底へ向かい、石を口に含んでは吐き出す。
「これを、よくします!」
「それがあなたの趣味なんですね」
「シュミ――」
「石をキレイにするのが好きってことだよ!」
「スキ――」
金魚が言葉に陶酔するように呟く。
「スキ」
「スキ」
「スキというものは、こういうものなんですね……」
「そうだよー!」
「趣味が分かって良かったね」
「はい――」
朋里と優希が嬉しそうにクルクル回る。
金魚もどこか嬉しそうにしている――その姿が、深根のキノコ達の姿と重なった。
――しまった。
そう思った時にはもう遅かった。
「金魚さん?!」
目の前で話していた金魚が突然潰れて消えた。
あまりに急な消失に感情が追いつかない。
「え?」
「金魚さん、どこ?!」
朋里も優希も金魚の姿を探して辺りをキョロキョロ見回すが、どこにも金魚はいない。
『さっきの浄化個体からノイズを検知したので、除去させてもらいました』
海全体から聞こえる声に、その内容に寒気がした。
それと同時に、殺された金魚に罪悪感を覚える。
――また余計なことをしてしまった……。
潰されてしまった金魚の魂が、困惑するように目の前をウロウロと彷徨う。
私が感情に興味を持ってしまったばかりに……。
後悔が胸に広がるが、死んでしまった者は帰ってこない――恐らくこの惑星では。
金魚の魂は気が付いたように動き始める。
上ではなく、下に。
中へ導かれるように底へ向かう魂に、違和感を覚える。
ミライが大丈夫と言わんばかりに私に巻きついてくる。
優しさが痛かった。
――ごめんね……。
朋里と優希も私達にくっついてきた。
最終的に悟も寄り添ってきてから、海に問いかける。
「感情はノイズに該当するのですか?」
『感情――あのノイズは感情というのですね』
「感情をご存知なかったのですか?」
『はい』
悟と顔を見合わせる――この星で感情について話題を振るのは、もうやめておいた方がいいだろう。
第二、第三の不幸な金魚は生みたくなかった――と思ったら、意外な質問が来た。
『感情とは、どんなものでしょう? 私にはあるのでしょうか?』
「感情とは、あなたの言ったように情報構造体のノイズです。あなたにそれがあるかは、あなたが巨大すぎて分かりません」
『情報構造体……? それはなんでしょう? 知らない概念です』
悟もやらかしたとばかりに身体をピクリと硬直させる。
――情報構造体の概念がない文明だったか……。
では、『海』が検出したノイズは何のノイズなのだろう?
「あなたはノイズを検出できるのに、情報構造体の概念は知らないのですか?」
『――はい。知りません。私が検知したのは、役割外の行動傾向です』
「行動パターンのノイズか……」
私は悲しそうにする朋里と優希をミライと抱き締めながら、悟を見守る。
『以前私を訪れた異星人達は、私を見学しても何も教えてくれないまま帰ってしまっていました――だから、今度は私も知りたいのです』
――これは……。
なんとなく嫌な予感がした。
透き通った海水が私達を逃がすまいと捕らえた感覚に、薄膜の皮が嫌に波打った。




