一話 母なる海(1)
「ここは――?」
目が覚めると透明な液体の中に浮かんでいた。
「皆、無事に起きたね」と一匹の口と目のない半透明のウツボのような生物――ミライが言った。
「ここは透海星」
「透海――確かに、綺麗だね」
恒星から届く光が海の中をキラキラと照らしている。どこまでも遠くまで見えそうなのに、底は暗くて見えない。
『ようこそ』
聞き覚えのない声に皆で辺りを見回すけど、私達以外にウツボはいない。
なんとなく視線らしきものは感じるのに、何もいない。情報構造体も見当たらない。
「誰? どこから話してるの?」
優希の言葉に知らない声がクスリと笑う。
『私はあなた達がいる海そのものです』
「え〜っ!!」
『ふふふっ、どうぞごゆっくりと、心ゆくまで私をお楽しみください』
「ありがとうございます」
反射的にお礼は言ったものの、どこを見学すればいいか分からない。皆でとりあえずウネウネと底の方を目指すことにする。
「あ――」
暫く泳いでいると、底の方からフワフワととても丸い金魚のような半透明の生き物がせっせと私達に向かってやって来た。
「ようこそいらっしゃいました」
「お出迎えがあるってことは、よく異星人が来たりするの?」
ミライの問いかけに金魚は小さく頷く。
「頻繁ではありませんが、二千年に一度くらいは来ると母なる海が言っていました」
「だから『海』も私達に対する理解が早かったんだね」
「――まぁ、今回は先に僕一人で交渉してるけどね」
「え、そうだったの?」
「文明が身体の中にあるとしたら、身体の持ち主に確認しないと見学は無理じゃない、茜?」
「あ――確かに」
朋里と優希は私達が話している間にも、金魚の周りをクルクル回って遊んでいる。
人間時代と違って、水中で息継ぎもせずスイスイと泳げるのは楽しいらしい。
「ご希望の見学場所はありますか?」
「僕らは君達の文明について知りたいんだ。だから、君達の暮らしが見たい」
「暮らし……ですか?」
金魚が、なんでそんなつまらないものを、とばかりに小首を傾げる。
「まずは君の一日の生活を教えてくれる?」
「……わかりました」
金魚に誘導されるまま、どんどん海底に向かう。
大きさの感覚は分からないけど、次第に辺りは暗くなる。
「光もないし、目もないのに周りが見えるって、前から思ってたけど不思議だね」
「本当にねぇ」
「それこそ『心の目で見る』って感じだね」
「盲目の人もマスターしたら見えるようになりそう」
「人間もできたらいいのに……」
「優希、僕をそんなにチラチラ見ても意味ないよ――僕は人類には五感があって欲しいから」
「なんで――」
「こちらが『家』です」
金魚の言葉で思わず思考が止まる。
海底には巨大で美しい、半透明の花が咲いていた。
蕾のようなものが閉じているものもあれば、花のように咲いているものもある。
咲き誇る花は美しいはずなのに、どこか恐ろしく感じる。
「私達はここから生まれ、ここを生きている間の拠点とします」
「ここが私の部屋です」と金魚が一輪の花まで案内してくれる。
「活動時間中は、与えられた役割をこなします」
「あなたは何の役割があるのでしょうか?」
「私は水質の維持です」
「ゴミ拾いとか?」
「それもしますね」
「つまり濾過ってことじゃない?」
「それに近いですね」
金魚の身体を近付いて観察する。
よく見ると身体の中に色が付いた細かいものが混じっている。これがゴミということなのだろう。
ピ――ン
「――?」
一瞬、海水が硬直した気がして、皆首を傾げる。
『外敵侵略者接近! 迎撃個体、発射準備――』
「え――?」
どこからともなく声が響く。
――今、何て言った……?
「お母さん、侵略者って……」
急な来襲に心が震える。不安で家族で固まり、ウツボ団子が出来上がる。
「大丈夫、僕が守るから……」
「見ててください、そろそろです」
金魚がのんびりと少し遠方の筒群を示す。
私達が怯える一方、金魚はのんびりとしたものだ。
『発射まで、三、二、一……発射!』
「うわっ!!」
あちこちの筒からダーツの矢のような半透明の魚が大量に飛び出し、勢いよく海面に向かって行った。
海面を見上げるが、海の上の様子は遠すぎてよく分からない。
「……のんびりしてますが、侵略はよくあることなんですか?」
「ありますね」
「大丈夫なんですか?」
「今のところ大丈夫です。母が都度迎撃個体を生成するので」
「母って、この海のことでいいですか?」
「そうです。この海全てが私達の母です」
海面を見上げる。
発射された迎撃個体と言われる個体達は無事に侵略者を倒せたのだろうか……?
「侵略者にとって、母は資源なのです」
外敵生命体により命が脅かされる経験は私達にもあったが、彼等ほど慣れたものにはなっていなかった。
あまりに平然とした様子に、侵略が日常であることを理解する。
「そういえば、迎撃『個体』ってことは、発射されたのは生きた個体だったんですか?」
悟の質問に思わず金魚に振り向いた。
「そうですよ」
「ちなみに、今の迎撃でどれくらい発射したんですか?」
「先程の規模なら千体程度でしょうか?」
「まだ戻ってきてないみたいですが、皆どうなったんです?」
私の質問に、質問の意図が理解できないと金魚は小首を傾げながら答える。
「ほとんどが死んだと思いますよ?」
「――」
あまりに平然とした物言いに、私は改めて異星との常識の違いを思い知り、愕然とした。




