一話 死者の壁(1)
意識が覚醒すると、巨大な恒星が空を支配していた。
赤や金や白に波打つ空は地球とは似ても似つかず、星が違うだけでこんなにも空が違うのかと、真っ先に思った。
「――おはよう」
目の前に、子どもの頭部程度の大きさの八面体の黒い金属のような物が浮かんでいる――ミライだった。
見回すと、ミライより大きい八面体と、ミライより小さい八面体が二つ浮かんでいる。悟達だとすぐに理解した。
「おはよう――ここは?」
「この星の住人の言葉で言うと『還磁』かな。正確には、星に名前はつけられてない。地球文明的に表現するなら、ラニアケア超銀河団にある、おとめ座銀河団の中の、局所銀河群外縁のNGC系棒渦巻銀河の銀河中心高温領域の金属潮汐圏、磁性惑星群にある恒星の第二惑星だよ」
「お兄ちゃん、もう一回言ってみて?」
「ラニアケア超銀河団にある、おとめ座銀河団の中の、局所銀河群外縁のNGC系棒渦巻銀河の銀河中心高温領域の金属潮汐圏、磁性惑星群にある恒星の第二惑星」
「覚えられないからもう一回」
「優希、覚えるつもりないでしょ?」
「バレた?」
悪戯っぽく笑う優希の八面体に、ミライの八面体がコツンとぶつかる。
「とりあえず、魂のままだと色々と危ないから、この星の生命体に合わせて仮の身体を作ってる。仮だから、ちゃんとしてないから注意してね。使い捨ての身体だから」
「凄いね、ミライ達ってこんなこともできるんだね」
「長く文明を管理してたら、これくらいできるようにもなるよ」
肩を竦めるように、ミライが少し高く浮いた。
「ここは天の川銀河とは違う銀河の星なんだね」
悟が弾んだ声で、朋里と周りを見渡しながら呟く。
「そうだね、NGC系棒渦巻銀河。この星は恒星に近いから、地球の『水』の立ち位置が『金属』だよ」
「めちゃくちゃ高熱ってことじゃん」
「そうそう。人類なら地表に辿り着く前に死んでるよ――っていうか、大気圏にすら辿り着けないね」
「……そもそも、浮いてるけど、何で?」
「端的に言うと磁場系だね」
「あー、なるほど?」
地球を襲ったクラゲもそうだけど、地球外の生命体は不思議なものだ。
――物理法則はこの宇宙で同じはずなのに、こんなにも生物としての形が違うなんて……。
「ねぇ! 早く冒険しよ?!」
優希が我慢出来ないとばかりに身体を揺らす。
「待って、その前に約束!」
「え、何お兄ちゃん……?」
「無事に地球に戻るために、この星だけじゃなくて、宇宙にいる間は絶対守って欲しいことだよ、優希」
「どんな約束?」
「他の星の生命体や物に関わらないこと。基本、話さない、触らない」
「え、話しちゃだめなの?」
「優希だって、宇宙人が急に出てきて話しかけてきたらビックリするでしょ?」
「確かに……」
「次に、僕の注意には絶対従うこと。気を抜くと、魂が消滅するからね」
「わかった」
理解しているのか、していないのか、優希である八面体はソワソワと揺れている。
「最低限この二つは、守ってよ? いい?」
「うん!」
そう言って、滑らかに移動していく。
悟もソワソワと優希について行き、朋里も悟について行く。
向かう先は、巨大な黒光りする何か。
その周辺で、沢山の黒い影が動き回っているのが見える。
「あれがこの星の文明?」
「そうだよ」
「知ってるってことは、ミライはここに来たことがあるの?」
「ないよ」
「え? なんで知ってるの?」
「アカシックレコードさ」
さらっと言われた言葉に、私は目を剥く――正確には目はないので、気持ちだけだけど。
「アカシックレコードって、あの、オカルトで有名な?」
「そうそう」
「凄いね。どこにあるの? 私も見れるの?」
「どこって……基本的に星を取り巻いてるよ。ほら、霊視装置のプロトタイプで空が何かで埋め尽くされてたでしょ? それだよ」
「あ……あれが……?」
遥か昔に感じられる内容を、薄らと思い出す。確か、誤検出かと思って、一括でフィルタリングして表示されないようにした記憶がある。
「宇宙の情報を確認するには、アカシックレコードが一番手っ取り早い。お母さん達で言うインターネットみたいなものかな」
「あー、なるほど……面白いね。でも、そんな機能、誰が作ったんだろう?」
「機能というか、ただひたすら星を観測して、記録だけを残す存在がいるんだ」
「なにそれ、何のために?」
私が揺れると、ミライも肩を竦めるように揺れた。
「さぁ? 僕らも分からない。僕らより上位の存在なのか、ただ本当に記録を残すだけが存在意義なのか」
「なんというか……面白いね」
「とりあえず、アカシックレコードによると、この星の文明は約三千万年で、かなり安定した長寿文明なんだ。生命体も穏やかで、争いもない――だから最初の星に選んだ」
「凄いね。とても次の人類の参考になりそうじゃない?」
私の反応に、ミライが苦笑いしたように揺れる。
「とりあえず、僕らも急いであっちに行こう――お父さんが待ってる」
「そうだね」
ゆっくり移動していたけど、駆け足するように急いで向かった。
静かにそびえ、黒く輝き返す何かが、無機質に私たちを見た気がした。




