一話 羨望(4)
『着熱』から戻ってきたキノコに問いかける。
「あの、もし感情の元が手に入るとしたら、あなたは欲しいですか?」
「欲しいね」
キノコの返事には迷いが全くなかった。
「それが種の思想の分裂――最終的には滅亡の原因になる可能性があっても……?」
「欲しい。どうせこのままなら、いずれ滅びるからね」
「それはあなた個人の意思ではなく、文明の意思ですか……?」
「……」
キノコが押し黙る。
――還磁のように『同期』処理をしているのかな……?
「あの、まだ確実にできるとは分かってないんで……」
声を掛けてもリアクションが返ってこない。諦めてモゾモゾと蠢くキノコ達の本体を撫でながら待っていると、キノコがやっと返事をした。
「――合意が取れた。自分達は感情が欲しい」
「あの、今更で申し訳ないんですが、あなた達に確実に感情が芽生える方法を知ってるわけではないんです」
「じゃあ、無理なの?」
首を捻るキノコに私は慌てて手で制す。
「試していないので、あくまで可能性です」
「可能性があるなら試したいね」
「分かりました……」
――私のせいで、本当にキノコ達の文明が滅んだらどうしよう……?
頷いたものの躊躇いが消せないでいると、キノコが小さく揺れた。
「大丈夫。自分達に何かが起きても君に危害は加えない。全て自分達の選択の結果なのだからね」
「はい……」
目を強く閉じて覚悟を決める。
――キノコ達に何かあっても、悩まない!! ……できるだけ!
「あなた達に感情の元をあげる方法ですが――私の情報構造体の揺らぎ部分を読み込めば良いと思うんです。アカシックレコードを閲覧するように」
「……なるほど……」
感情の起因が肉体によるものが大きかったとしても、私の魂は未だに多少は感情がある。
それを模倣してもらえれば、彼らの感情の元になるのではないかと考えた。
「できますか?」
「たぶん、できるね……試していい?」
「どうぞ」
キノコが私をじっと見つめる。
自分の魂を覗かれているのも同然なので、少し恥ずかしくてソワソワしてしまう。
暫くしてから、キノコは激しく上下運動を始めた。
「ちょっ、どうしたんですか?!」
「感情、分かった! これが、感情! 魂の揺らぎ!!」
どうやら、感情が発芽してテンションが爆上がりしたようだ。
――こ、こんなテンションになってしまうとは……。
「凄い――凄い!!」
キノコは忙しなくクルクルと回る。
その様子を見た他のキノコ達がワラワラと集まってくる。
「皆、感情が分かった!!」
「凄い、揺らぎがある」
「発展する」
「自分達も複製する、感情が欲しい」
そう言って、キノコ達の揺らぎコピーが始まった。
どれくらい付き合っただろうか?
自転周期は早いみたいだけど、空に浮かぶ小さな恒星が二十周くらいはした気がする。
みんながみんな、複製元である私の魂の揺らぎをコピーしたがったので、かなり時間がかかったが、恐らくこの星の全てのキノコに感情が目覚めたと思う。
私は暇だったので、ミライ達の現在地の確認や、前の星とこの星についてのレポートに何を書くかを考えていた。
「ありがとう、茜!」
「感情、楽しい!! 凄い!」
「素晴らしいものだ!!」
「茜を買って良かった!」
「茜にもっと色々教えてもらおう!!」
ワラワラと嬉しそうに舞い踊るキノコ達を見ていると、頭上から一つの大きな光の玉が降りてきた。
光の玉は足元のふわふわに沈むと、やがて皆と同じようなキノコを型取る。
そして、私目掛けてぶつかってきた。
「――お母さん!!」
「ミライ!」
家族の登場に心が震えた。
目の前のキノコを抱きしめると、意外と弾力があった――というか、大きなエリンギを抱きしめている感覚に近いと思う。抱きしめたことはないけど。
「ミライ? 茜の家族?」
「そう。迎えに来てくれたの」
「迎え? どこに行くの?」
「茜は自分達が買った」
『買った』という表現に、僅かに寒気がした。
「あなた達が『買った』分は、渡したはずだよ」
そう指摘すると、キノコ達は驚いたように固まった。
その隙に、私はミライにしがみつく。
「ごめんね、私はここにずっと居られない――旅を続けなきゃいけないの」
「――だめ、茜は僕らの所有物」
「私があなた達の所有物なんて、誰が定義して誰が保証してくれるのかな?」
「それは……」
さらにキノコ達が固まった。
「ミライ!」
ミライが頷く。
「格納――!」
視界が暗転したことに安心感を覚えた。




