一話 羨望(1)
――ごめん、お母さん。絶対に助けるから……。
ミライの声が聞こえた気がして、意識が覚醒した。
「ここは……?」
身体の下で生暖かい物が蠢いている気がした。
起き上がろうとついた手に、ふわふわの何かが触れる。
「――やぁ、起きたようだね」
起き上がった私の目の前に、青白いふわふわの何かが寄り集まって、笠が開いていないキノコのような姿を現した。
所々身体に亀裂が入っており、その亀裂から時折青白い光が漏れる。
「ここは、どこでしょう?」
「ここは深根という惑星だよ。文明的にはFN-77132-08-M」
目の前のキノコと念話が成り立つことに少し安堵するが、家族がおらず、私しかいないことに不安が広がる。
「あの、なんで私がここにいるのか知っていますか?」
「自分が君を買い取ったからね」
「あ――」
――結局逃げ切れず、あのウニに売り払われてしまったのか……。
私達を守ろうとしてくれたミライは無事なのだろうか?
朋里や優希は恐ろしい目に遭っていないだろうか?
悟は無茶をしていないだろうか?
家族に対する心配が胸いっぱいに広がったが、そういえばまずは自分のことをどうにかしなければいけないことを思い出す。
「……私をどうするつもりで買い取ったんですか……?」
何と返事があるか、性奴隷とか人体実験とか言われたらどうしようとか思っていたけど、返事はとてもあっさりしたものだった。
「研究対象だね」
「それって、解剖とか……?」
「カイボウ?」
キノコは怪訝そうな声をしたが、少しすると「うーん、肉体構成違うから体内を観察しても意味ないね」と指摘してきた。
――確かに。
「君、地球文明の現存する最後の人類なんでしょ?」
「え、地球を知ってるんですか?」
「アカシックレコードでたまたま見つけたんだよ。滅亡してて残念と思っていたら、君のことを聞いてね」
「本来の肉体ではないのが残念だけどね」と呟くキノコは、私を観察するようにグルグルと私の周りを回り出す。
「研究が終わったら、私はどうなるんですか?」
「んー、まだ決めていないね」
「処分するんですか?」
「ショブン? ……そんなことしないよ。君は貴重な存在だ」
――少なくとも、殺すことは考えていないらしい。
確認できると、やっと少し安心できた。
頭上は剥き出しの宇宙。夜なのかと思ったら、恒星らしき星が小さく見える。
地上も黒色で、地上を広く覆うふわふわのヒビから漏れる青白い光が、この惑星を装飾している。
ふわふわは常に蠢いていて、目の前にいるキノコのような物があちらこちらで動き回っている。
「いやぁ、人類は面白いね……魂に依存しない肉体構成だと、こんな形になることもあるんだね……ちょっと失礼」
「わっ!」
突如キノコが崩れて広がったかと思うと、私の身体を捕食するように包み込んだ。
「何するんですか……!」
パニックになって暴れていると、「すまない、すまない」とすぐに解放された。
そうすると、目の前にいたキノコが今度は泥人形のようなものを型取り始める。
「うーん……難しい」
顔のパーツはほぼなく、頭と胴体と四肢がある程度の人型にキノコは肩を落とし、すぐにキノコ型に戻った。
「地球の話を教えて欲しい。君達の魂は揺らぎが大きい。その秘密を知りたい」
「揺らぎって……感情のことですか?」
「あぁ、そうだね。感情のことだ」
「魂に揺らぎが大きいと何かいいことがあるんですか?」
「自分達の文明は停滞している。魂の情報量が増えない。このままでは緩やかに滅ぶと予想している」
「つまり、揺らぎが大きければ改善する可能性があるってことでしょうか?」
「そうだね。まだ推測でしかないけどね」
私は腕を組む。
――感情が弱いと、文明が緩やかに滅ぶなら、還磁はどうなるのだろう?
「還磁って星は知ってます?」
「知ってるとも。あそこは特異な文明だね」
「あそこは感情がほとんどない生命体でしたが、長く続いてますよ?」
「そうだね。停滞を停滞と認識しないまま、滅ぶことなく続いている」
「停滞していても、続いているなら良くないですか?」
「良くはないね。惑星としての情報構造体が増えなければ、惑星の価値がないからね」
「惑星の価値……?」
新たな価値観に私は何度も目を瞬かせる。
「惑星の価値が上がると、何かあるんですか?」
「アカシックレコードの記載量が増える」
「増えてどうなるんですか?」
「それだけだ」
「それって良いことなのでしょうか?」
「自分達は、それに価値を見出している」
「なるほど……」
これは私達には分からない感覚なのだと思った。
――強いて言うなら、情報雑誌に沢山掲載されてる、すごいでしょー? みたいな感じかな?
「だから、地球の記載量の多さに自分達はとても驚き、羨望したんだよ」
「確かに、地球は色々起きてますもんね……戦争とか。見習わなくていいことも、沢山あるけど」
「深根では戦争は起きたことがないね……」
「……なんとなく、そんな気はしました」
「なぜ人類は争ってばかりいる? どうしたら争える?」
「それは――」
――逆に争わない方法が知りたい。




