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最終話 窮地からの覚醒、そして――

 なぜここで伯爵がルトネの名を出したのか。

 疑問は疑問だけど、いまは考え込んでいる時間もなかった。


「邪魔ダ」


 伯爵がくぐもった声で呟くと、たちまち、あたりにブリザードが吹き荒れた。

 ただ寒いだけじゃない。

 あたりに魔力が満ち……にわかに、不穏な気配が漂う。


「氷ツケ、スベテ、スベテ、永遠ニ眠レ――!」


 私は思い出す。

 彷徨える伯爵にまつわるエピソード。

 彼はきらめくような才能の持ち主を氷漬けにし、コレクションしている……。

 

 その力が、いま、手加減なしに私たちへと襲い掛かっていた。


「ぐ……ぁ……ッ!」


 騎士団長のフロモスさんをはじめとして、まず、我が家の騎士たちが氷漬けにされた。たぶん、魔法に対する耐性が低いからだろう。

 すぐに助け出したかったけれど、私も私で膝から下を氷漬けにされていた。

 それどころか、少しずつ、氷が足を這い上がってくる。


『俺様ですら防ぎきれねえだと……氷はこっちの得意分野だってのに……!』


 魔法剣のワイスタールが、苦しそうに呻く。

 

『くそっ、どうなってやがる。伯爵のヤツ、ここまでデタラメな力はなかったはずだ……う、ぐっ……!』


 ワイスタールの刀身が氷に覆われる。

 そしてそれきり、喋らなくなってしまった。

 ……さらに氷は剣の握把(グリップ)を伝って、私の両手へと伸びてくる。

 手放そうとした時にはもう遅くって、手首まで氷に覆われていた。

 

 ピンチに陥っているのは私だけじゃなかった。

 フィルカさんも、フェリアさんも、氷の中に閉じ込められている。

 トゥルス兄様とカジェロは無事みたいで、私を助けようとしてか、こちらへ駆け寄ってくる。トゥルス兄様は否定魔法のおかげで、カジェロは……もともとのスペックが異様に高いためか、ほとんど氷の被害を受けていなかった。それでも完全に防ぎきることは難しいのか、身体の端々に氷が張り付いている。動きも少し鈍いように思えた。


「アルティ! いま助ける!」

『お嬢様! ……くっ!?』

  

 私のほうへ向かおうとする二人。

 けれど、新たな影がヒラリと舞い降りて、その行く手を阻んだ。


「………………!」


 その人物は無言のまま、細身の剣を振るう。

 トゥルス兄様とカジェロは氷のせいで全力を出し切れないのか、すっかり足止めされていた。


 私は、というと。


「う、そ……」


 息を呑んだ。

 なぜなら、いまトゥルス兄様とカジェロの前に立ちはだかっているのは、私がよく知る男性だったからだ。


 私と同じ、金色の髪。

 私と同じ、碧色の眼。

 キリッと引き締まった横顔は、()()()である私すら見惚れてしまうほど。


 そう。

 ソリュート・ウィスプ。

 私のお父様だ。

 

 これまでどんなことがあろうとも私に味方してくれていたお父様が、いま、どういうわけか敵に回っていた。

 おそらく、先日退けた“未来のアルティリア”か、あるいはアスクラスアに操られているのだろう。


 ……ここに至って、私の心は、かえって冷静になっていた。

 

 思いがけない事態が重なり過ぎて、感情が飽和したのかもしれない。

 現状、こちらの圧倒的不利。

 私の身体は、すでに首から下まで氷に包まれている。

 トゥルス兄様も、カジェロも、お父様に阻まれて動けない。

 それどころか、二人も二人で、徐々に氷漬けにされつつある。

 

 状況を打開する方法はもはや存在しない――

 ――わけじゃない。


 ()()()()()()()()()

 

 人形魔法は、ただ単に、動く人形を生み出すだけの力じゃない。

 他にも色々なことができる。

 今までを振り返ってみよう。

 

 精霊たちに力を与え、人形に宿し、自在に使役する。

 カジェロも、ヴァルフも、サボテンくんも、そうやって生まれてきた。


 他人の心に干渉して、文字通り、操り人形に変えてしまう。

 マルガロイドから帝国に戻るとき、私はレレオル国王を操り、最新の船を用意させた。


 それだけじゃない。

 全力を出せば、森羅万象、なにもかもが思いのままだ。

 迫りくる火炎魔法を消すのは序の口、カジェロの死をなかったことにしてしまった。


 まるで神様みたいな力。

 世界を人形劇にたとえるなら、その台本を変えてしまうのが本来の人形魔法なのだろう。


 トゥルス兄様は私にこの力を使わせたくないようだった。

 もしかすると、思いもよらないデメリットがあるのかもしれない。

 まあ、当然といえば当然だろう。

 なにせ私は人間で、それなのに神様じみたことをやろうとしているのだから。


 けれど現状、死ぬか生きるかの窮地にまで追い込まれているわけで、この場を切り抜けるためには手段なんか選んでいられない。


 私は大きく息を吸う。

 以前に「ほんとうの人形魔法」を使ったとき、心の内側から声が聞こえてきた。

 

 私はそれをまねて口ずさむ。



 ――所詮、この世は人形芝居。

 ――気に食わないなら、話の筋を書き換えてしまえばいいでしょう?

 ――私にはそれが許されているのだもの。


 ふっ、と。

 意識が遠のく。

  

 私の魂というべきものが身体を離れて、浮かび上がるような感覚。

 

 気付くと私ははるか遠い場所から、この世のすべてを見下ろしていた。

 空よりも、宇宙よりも、高いどこか。

 そこは、異次元じみた真っ白い空間だった。


 視線を下に向ければ、吹雪に包まれた帝都があった。

 さらに目を凝らすと、氷漬けにされつつあるトゥルス兄様やカジェロ、そして私自身の身体が見えた。


 私は右手を振り下ろす。

 次の瞬間、いくつもの変化がまとめて一度に訪れた。


 私やみんなを覆い尽くしていた氷が割れて、溶けて、消えた。

 それどころか帝都すべてを包んでいた吹雪がピタリと止んだ。


 伯爵やお父様は、やはり、未来の私によって操られていたらしい。

 それらをすべて無効化して、正気に戻す。

 

 我ながらあまりに強引な解決方法だとは思う。

 けれど他に手段はなかったし、もしも私がその気になれば、もっと露骨に世界を変えてしまうことができる。今日までの何もかもを消し去って、好きなところからやりなおすことだって簡単だろう。ついでに状況設定を変えてしまってもいい。

 

 たとえば前世の記憶を取り戻すタイミングを、7歳の秋じゃなく、9歳の秋にズラしてみたり、とか。

 あるいは留学先の国をマルガロイド以外にしてみたり、とか。

 他にも、途中経過は同じのまま、アスクラスアとの直接対決のあと、全然知らない土地に飛ばされて、そこでリスタートする、とか。


 まあ、実際にやるつもりはないけれど。

 土壇場の窮地で他に解決策がないからこそ人形魔法を使ったわけで、それ以外の、今まで私が歩んできた日々をなかったことにしたり、むやみに手を加えてしまうことに対しては抵抗があった。これは偽善だろうか?


 * *


 さてどうやって地上に戻ればいいだろう、と考えていると、男性の声が聞こえた。


「――ようやく、人形魔法をものにしたようだね」


 色素の薄い青髪に、どこか焦点のぼけた蒼い瞳。

 賢者アスクラスア。

 彼の正体は、この白い空間に来たとき、自然と理解していた。

 

 アスクラスアも、私と同じなのだ。

 

 以前、ワイスが言っていた。

 アスクラスアは、別の世界からやってきた存在で、当時の神々をすべて皆殺しにした、と。

 

 出身は私と違って現代日本ではなく、また別の世界のようだけど、重要なのはそこじゃない。

 彼もまた人形魔法の使い手だったらしい。

 ある意味、アスクラスアは私の“先代”と言える。


 アスクラスアは人形魔法によって神々を消し去り、自分自身がこの世界の支配者になった。


 それから永い永い時間が過ぎて――

 “跡継ぎ”として呼び寄せられたのが、私だったのだろう。


「アスクラスア、結局、貴方の目的は何だったの?」


 彼の抱える事情や背景は分かった。

 けれど、その思惑だけは一向に理解できない。

 状況を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、はたして何がしたかったのやら。


「さて、我輩も忘れてしまったよ。見た目こそ若くしているが、中身は老いているのでね。神々を滅ぼしてから今日までが八千年、しかし、“跡継ぎ”が現れる時期がくるたび人形魔法で時を巻き戻してきた。何度も、何度も。……合計すれば、一千億年、あるいは一兆年に届くかもしれん」


「とんでもないお年寄りなのね、だったら、いくら神様だろうと呆けてしまうのも仕方ないかしら」


「随分と容赦のない物言いだ」


 アスクラスアは目を伏せると、軽い調子で笑みを浮かべた。


「だが君もいずれこうなる。はるか遠い未来、後継者となるべき存在を前にして老いを突き付けられるだろう。覚悟しておくことだ」


「ありがと、気遣い痛み入るわ。……あまりにも先のことすぎて、イメージが着かないけれど」


「なに、終わってみれば何もかも一瞬だよ。……我儘が許されるなら、もう少し、この世界で遊んでいたかったがね」


「そう」


 私は短い相槌とともに納得する。

 もう少しこの世界で遊んでいたい……結局のところ、それがアスクラスアの目的だったのだろう。

 神としての寿命を延ばすために、“跡継ぎ”である私の覚醒を遅らせようとしていた。

 

 アスクラスアと同質の存在――神様というべきもの――になった今なら理解できる。

 私がこの世界に転生した後も、アスクラスアは何度か時間を巻き戻していた。

 そのなかで生まれたエラーというべきものが、先日、私のところにやってきた「未来のアルティリア」なのだろう。神様になりきれなかった私。アスクラスアとしては、私に私をぶつけることによって状況が変わることを期待していたのかもしれない。……とはいえ、その目論見は失敗に終わったようだけれど。


「さて、そろそろ代替わりと行きましょうか。退場の時間よ、アスクラスア」


 アスクラスアはもはや全盛期と比べ物にならないほど弱っている。

 1秒だって時間を巻き戻せない。

 神様になりたての私でも、互角以上の勝負ができるだろう。


 さらに言えば、刻一刻とアスクラスアの力は弱まり、逆に、私の力は強まっている。

 戦いの結果は明らかだった。


「懺悔をするなら今のうちよ。言い残すことはあるかしら」


「懺悔? 下らん。我輩は我輩のまま、ただ好き放題に生きただけだ。それの何が悪い。文句があるのならば、我輩を召喚したこの世界に言うがいい」


 会話は、それで最後だった。

 私とアスクラスア。


 ふたつの力がぶつかって、やがて、片方が呑み込まれて消えた。


 

 あとがきが活動報告にあります。

 よろしければご覧くださいませ。


 初投稿から4年5ヵ月、お読みいただきありがとうございました。

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