第8話 イタリア半島
薪割りをしながらユリアと人間側の動きについて会話する。
「じゃあ、怪しいのはマテラって町なのか」
「そうだ、よっと」
二人並んで斧を振るう。
薪割りは力を入れすぎるとばてるのでほどほどの力加減を身につけないといけない。
「それ、どこだっけ」
簡単な地図は頭に入っている。というか、生まれる前から知っているが、詳しい街の場所までは知らない。
「えっとねー、確かねー」
ユリアは斧を置いてから地面に適当な地図を書き始める。
その形はまるで斜めに傾けられたブーツのようだった。
ぶっちゃけイタリアの地図である。
相変わらずこれを見ると頭痛がしてきそうだ。
「どうみてもイタリアなんだよな……」
「イタリア半島だよ?」
「俺の世界のイタリアとほとんど一緒ってこと」
ちなみにイタリアが半島から国名になったのはコルシカのちび巨人が出てきたせい。この世界でもあのおっさんが出てくれば……いやだめだ。あんなのがいたら速攻で皇帝になっちまう。
「へー! そんな偶然あるんだね!」
果たしてこれは偶然なのだろうか。
ノヴァローマとローマ。ローマ神話の怪物である十の氏族。地形まで同じ。そんな偶然が本当にあるのか?
さらに言うならローマ史を専攻していた俺がこの世界に来たのも偶然なのか?
(やめやめ。それこそ神のみぞ知るってやつだ)
イタリア半島を書き終えたユリアはブーツのトップリフトの上の方を指した。生身ならかかとがある部分だろうか。
ちなみにこの村はそのマテラから北東に向かったあたりに存在する。現在のイタリアのプーリア州の真ん中あたりだ。そこにマテラと書いた。ちなみに文字はラテン語だ。
古代のローマで使われていた文字。これも偶然とはとても思えない。
「この辺の町かな。そこに洞窟があるんだけど、そこを住めるようにしてるみたい」
「……陸路を寸断するつもりなのかな」
「ん? どういうこと?」
「いや、イタリア南部の十の氏族側の領土はこのあたりじゃないか」
イタリアを示しているブーツの爪先からかかとのあたりを丸で囲む。今俺たちがいるイタリア南部のうち半分くらいはノヴァローマに占領されている。
「正確に言うとシチリア島もあるけどね」
実のところ十の氏族はかなり押されており、一番栄えているのがシチリア島らしい。
「うんまあそうだよな。でもこのマテラが敵の拠点として機能した場合、陸路でここからシチリア島に行くのと、その逆が難しくなる」
戦争において動線の確保は重要だ。
例えばローマ史上最大の天敵ハンニバルも補給路を断たれて最後には敗北した。
「じゃあノヴァローマは私たちをシチリア島に行かせたくないってこと?」
「あるいはシチリア島の戦力をこっちにこさせたくないのか」
「へー! やっぱりクラヴァスって賢いね!」
「全部知識でしかないよ」
しょせんこんなもんは素人の生兵法。実際の戦いで役に立つわけがない。ただまあ、マテラの動きを放置しておくのは下策だろう。おやじの魔法なら潜入なんかもわけないらしいしそのうち潜入を頼まれるかもしれない。
「知識でもいいじゃない! 知らないより知ってる方がいいっておばあちゃんも言ってたよ!」
「知識は荷物にならないってか。真理かもね」
「でしょ! あ、そういえばクラヴァスのクリフォトってどこにあるの?」
「いや俺人間だからクリフォトから産まれねえよ」
「あ、そっか。えっと、お母さんから産まれるんだっけ。会話ができるのに親から生まれるのってほんとに不思議な生き物だよね」
……真顔でこういうことを言われるとちょっと反応に困る。やはり違う生き物なのだと突き付けられているようだ。
「ええっと、要するに俺の生まれた場所が知りたいんだよな。ナポリの近くの村らしいぞ」
いわゆる貴族の別荘だったらしく、実はいいとこのお坊ちゃんなのだ。
「ナポリ! あのナポリ!」
「そ。あのナポリ」
ナポリはこの世界でも巨大な都市でいろいろと十の氏族にとっても因縁のある土地らしい。
「俺を拾った後でおやじが調べたんだ。俺をくるんでいた布のデザインや刻印なんかを調べて俺の家を突き止めたみたいなんだ」
「じゃあ……クラヴァスには本当の家族がいるの?」
ちょっと寂しそうに、不安そうに上目遣いでユリアが尋ねてくる。どういう意味を持つのか深く考えないことにした。
(そういえば俺には弟がいたはずなんだよな。一家全員が死んだはずだけど……あいつだけは生き残ってたらいいなあ。だって弟には何の因縁もないんだし)
印落ちという理由だけで棄てられたことに思うところはあるものの、まだ見ぬ弟の行く末を心配する程度の情が家族にあるのだった。




