第52話 小さな勇気
「行くぞ!」「おー!」「駆けるぞ!」「おー!」
たどたどしい口調で小人であるピュグマイオイが鬨の声をあげる。この時点ではまだ穏当だったのだが。
「死ぬぞ!」「おー!」「殺すぞ!」「おおおおおおおお!」
子供のような声でとてつもなく物騒な発言をするんだから違和感が半端じゃない。事前に仕込みが必要なピュグマイオイは先に出発することになっていた。
「行ってくるねー! クラヴァス!」
「おう! 頼むぞレタ! あぶみは絶対に敵に渡すなよ!」
「うん! わかってるー! クラヴァスもお土産を使ってね!」
小さな手を上げ、山羊やロバに乗ったピュグマイオイたちが出発する。小人であるがゆえに大型の動物でなくても騎乗できるのだ。
そしてその精度を跳ね上げているのがあぶみだ。
あぶみは共和制ローマの時代ではまだ発明されていない。この単純極まりない道具は人間が馬に乗り始めてから千年以上開発されていなかったが、これにより騎乗の難易度は激減したと言われる。
だからこそ絶対にノヴァローマには渡せない。敵に渡せば騎兵の平均的な練度が大幅に上がるリスクがあるためだ。
悠々と動物にまたがるピュグマイオイたちをじっと見つめるアザーレに声をかけた。
「どうかしたのか?」
「ん……ピュグマイオイたちはやっぱり勇敢なんだなって……」
「そうだな。あんなふうに檄を飛ばすのは驚いたよ」
ピュグマイオイはギリシャ神話では鳥と戦ったり、ヘラクレスを捕まえようとするなど小人とは思えない胆力を持つ。
「うん……やっぱり、本物の勇気っていうものは自分より大きなものに立ち向かう人しか持ってないんだな」
今だけはアザーレの大きな体が小さく見えた。アザーレが自分の大きな体にコンプレックスを抱いていることはなんとなく気づいていたけれど、その根源に触れた気がした。多分、大きな体をうらやましがられたり、詰られたことがあるのだろう。
「そりゃ違うよ。俺だって蛇は怖い。虫も怖い。あと、やっぱり戦争は怖い」
「クラヴァスも怖いの?」
「ああ。ぶっちゃけ昨日はあんま寝てねえし、今でも気を抜いたら吐きそうだ」
そう言うと少しだけアザーレは笑った。
「おらも怖い。戦うのも怖いし、死ぬのも怖い。でも……ここで何もしない方はもっと怖いんだな」
「だな。やられっぱなしでいたら、本当に絶滅しちまう。俺は許せねえよ」
二人は、ユリアの笑顔を思い出していた。もうあの顔を見ることはできない。
「だからお前が来てくれてすげえ心強い。お前はすごいビビりだけどさ、いざって時に頼れる奴だってことは知ってる」
どん、とアザーレの胸を叩く。
「クラヴァス……うん。勇気を出すんだな」
「そうそう。あ、それと相手を人間だと思わずに相手が人形だと思っておいたほうがいいぞ。そうすりゃ恐怖がまぎれるかもしんねえ」
「なんだな? それ? でも、試してみるんだな」
ふっと二人で笑いあう。するとそこでノエミから声をかけられた。
「クラヴァスさん。筆記用具っす。一番文が上手いのはクラヴァスさんっすからお願いしますよ」
「おお。任せろ。名文書いてやるよ」
「おらは読み書き苦手だから手伝えねえけど……力仕事ならかませるんだな」
こうして、戦の準備はちゃくちゃくと進んでいった。




