第51話 勝たずに勝つ
ノエミの言葉に困惑してしまう。
「勝つなって……どういう意味だよ」
「アンドニウスがここまでの無能だとはあたしも想像してなかったっす。これを見逃しちゃダメっす。有能な味方は探せば見つかるかもしれないっすけど無能な敵は運でしか手に入らないっす」
「まさかお前もっとでかい勝ちを掴む時までアンドニウスを要職に置いておきたいのか?」
ナポレオンも、アレキサンダー大王も羊に率いられた群れよりオオカミやライオンに率いられた群れが強いと言っている。特に指揮官の力量が勝敗を分かつ古代の戦争では。
「はいっす。最低でもバーリを攻め落とすその時までアンドニウスがバーリの執政官じゃないと困るっす」
三人は淡々と語るノエミに恐怖すら覚えた。おそらく彼女の頭の中ではバーリを攻め落とすその光景が映っているのだろう。
「そうだな。お前の言う通りだ。ノヴァローマに対抗しようってんならバーリごときで躓いてるわけにはいかねえよな。次の計画はあるのか?」
「確認なんすけどこの戦いでのクラヴァスさんの目標はなんすか」
「タラントの防衛。これが一番。その次はユリアを殺したルコーラを殺すことだ。私情だと言われてもこれは譲れねえ」
自分でも驚くくらい冷酷な声音だった。もう俺の頭の中でルコーラという男の死は決定している。
「ま、主のご下命のままに。じゃ、まずもう一度タラントに連絡を取るっす。まだアンドニウスの能力が知られてないなら掛け金を吊り上げてもいいっす」
これもまた勝利を利用する方法の一つということか。
「タラントの様子はあんまりよくねえからそんな大掛かりな要求はできねえだろうな」
「いえ……そうでもないかもしれな……」
何かを言いかけたノエミだったが、外側からそれを遮る大きな声があった。
「クラヴァスー! ここにいるんだな!?」
「この声……アザーレ!?」
四人とも外に出ると、かなりの数のミノタウロスたちが勢ぞろいしていた。ただでさえ筋骨隆々のミノタウロスが群れを成しているのだから、岩肌のような重厚さがあった。
「アザーレ……こいつらはいったい?」
「おらとイレーネさんで説得してまとまった数の援軍を連れてきたんだな」
ちょっと恥ずかしそうにアザーレは答える。
「結構いるっすね。百人くらいっすか?」
「そうなんだな。あと、動物を手なずけたピュグマイオイもいるんだな。こっちは三百人くらいなんだな」
ピュグマイオイは動物を飼うのも得意だ。
彼らの魔法は捕獲。相手を何人かで取り囲むと相手を動けなくさせ、敵対心を奪う。その魔法を活かして動物を手なずけているのだとか。
さらにその小ささを活かして優秀な騎兵として運用可能だった。そしてピュグマイオイはかなり数が多い。一説によると氏族の人口の三割程度がピュグマイオイなのだとか。一人一人は弱くても上手く使えばかなりの戦力だ。
そして言うまでもないがミノタウロスの巨体は人間とは比べ物にならない。一対一なら人間の兵士じゃ相手にならない。
「最後に……その……ユリアさんの教え子の一人が頑張って説得して……ラミアが百人くらい……あとは何人か協力してもいいってハルピュイアがいたんだな」
あのラミアたち……それにイレーネも。やはりこのまま手をこまねいてはいられないのだろう。タラントの防衛戦力を削ってでも俺たちに期待するところがあるんだろう。
「最初に言っておくっすけど……敵の数は五千を超えてるっす」
ノエミの言葉に動揺が広がった。
ピュグマイオイとハルピュイアは非力だし、ラミアも人間と互角がせいぜいだろう。いくらミノタウロスが精強でも五十倍の敵は倒せない。
「でも安心するっす。あたしは雷鳴の将軍トニートロの知恵を受け継いだっす。そして何より本物の印落ち、クラヴァスがいるっす。皆さんを必ず勝利に導くっす」
ノエミは自信満々に言い切った。震える手を隠しながら、クラヴァスに視線を送る。ここがはったりのカマしどころだ。
「当然だ。俺はクラヴァス。印落ち。ノヴァローマの天敵。奴らをバーリに叩き返してやる!」
そう宣言するとうおおおおお、と地鳴りのような歓声が響いた。
もちろん自信なんてあるわけない。
アンドニウスが優秀でなくても戦力差はゆるぎない。それでも勝ちたいのなら自分さえも騙さなくては。
「さ、それじゃあ作戦を説明するっすよ。多分納得いかない人もいるでしょうけど、あたしたちを信じてほしいっす」
そうしてノエミは作戦を説明し始めた。




