第50話 戦う理由
その端的な言葉を聞いて、俺は雷に打たれたように驚き、倒れそうになった。
「し、執政官の……?」
なんとかそう絞り出すのが精いっぱいだった。
「そうっす」
動揺が静まると湧いてきたのは怒りだった。そんな理由で戦争を仕掛けた相手と、こんな単純なことに気づかなかった自分への。
「くそが! 知識としては知ってたはずなのに……いざ自分の目の前でそんなことが起こるなんて思わなかった。くそ……ここは地球じゃねえんだ。なんもわかってなかった」
「あ、あのう……どうして選挙が近いと戦争が起こるんですか?」
「ワウウ……二人で納得してないで教えてください!」
現状を完全に把握した二人とは異なり、何が起こっているのかピンとこないシバとカーチェは困惑しっぱなしだった。
「まず大前提なんすけど……現在バーリには執政官がいないっす。代理なんすよ、アンドニウスは」
「はい。それは私たちも聞いています」
「ワウ。だから正式な執政官を決めるために選挙をするんですよね」
「そうっす。で、アンドニウスはかなり繰り上がり……ぶっちゃけほぼ家柄だけで執政官の代理になったっす。本来ならもっと地位の高い人がいたんすけど、病気だったり、地方に出向いていたりして候補がいなかったんす」
「つまりアンドニウスは本来なら執政官の候補にすらなれないんだ」
古代ローマの政治社会は年功序列制が強く、高位の職業には一定のキャリアが必要とされた。それはノヴァローマでも変わらない。だから執政官の選挙に出馬するとしたら、バーリの他の高官か、他の町から来た役人だろう。
「だからアンドニウスの経歴で執政官になるには相当な例外的な何かが必要なんだ。例えば……軍功とかな」
「ワウ!?」
「ま、まさか……」
シバもカーチェも言葉を失った。俺もこの先を言葉にしたくない気持ちがあった。
「そうっす。アンドニウスがタラントに侵攻する理由は選挙に勝って執政官になる……最低でも執政官から良い職をもらいたいと思ってるっす。ありがたいことに今監察官が来てるんで中央に顔を覚えてもらえるチャンスっす。すぐに軍功をあげなきゃいけないんす」
アンドニウスは名将でも名軍師でもなんでもない。ただの政治家……いや、政治屋だった。
「そんなの……そんなのひどすぎます! みんなも、ユリアさんもアンドニウスって人の昇進のために死んだんですか!?」
カーチェは涙を流しながら激怒していた。
普段明るい彼女でも憤らずにはいられないのだろう。
「ワウ。敵の兵士は納得しているんでしょうか」
感情をぶちまけたカーチェがいるからか、比較的シバは冷静だった。
「わかんないっす。でもノヴァローマとそこに暮らす人にとって戦争は名誉っす。だから戦争そのものに反対してる人は多分いないっす」
そう。名誉、栄誉だ。
地球においても古代ローマはとにかく戦争の国だ。初めからそういう国だったのか、いつしか変貌したのか。それはどうでもいい。ましてや今まさに攻め込まれている俺たちにとっては知ったことじゃない。
とにもかくにも現代とは戦争というものの価値観が違う。末端でさえ戦争を名誉であると同時に義務として認識していたのだ。
ましてや相手は人でなし、だ。ためらう理由などどこにもない。
上等だ。
ならばこちらもお前たちをまっとうな生き物なのだと思ってやるものか。
「だったら話は簡単だ。適当に相手をいなしつつ補給線をぶっ壊せばいい。監察官がいなくなるまでに成果を出さなきゃいけないんだから敵は相当焦ってるはずだ」
俺の策は凡庸だが相手が愚将だからこそ有効であるはずだった。
しかしそれをノエミは否定した。
「いいえ。あたしたちは、勝っちゃダメっす」




