第48話 敵将アンドニウス
シバとカーチェに吉報を伝え、家から出てきたノエミにデュラハン通信について詳しく説明するとこう言った。
「じゃあタラントに連絡とってほしいっす。クラヴァスさんの計略で敵の補給拠点が炎上したって」
「炎上っつってもちょっと食料が焼けただけだぜ? 一日くらい食料の手配でもたつくかもしんねえけど……」
「それでも勝ちは勝ちっす。重要なのは勝ったことっす。私たちは勝つために戦ってるんじゃないっす。勝って利益を得るために戦ってるんす。タラントがしょうもない勝ちでも勝ったって知れば士気が上がるっす」
「……確かに。目の前の戦いにこだわりすぎて勝利をどう活かすかを考えてなかった」
実のところ戦史でもそういうことはよくある。当のハンニバルが何度も大勝利を収めてもローマを倒せなかったのがいい例だ。
「カーチェ。多少誇張してもいい。敵が間抜け面さらしたとかそういう嘲りでもいい。食糧庫を燃やしたことを宣伝するように言ってくれ」
「は、はい!」
カーチェは元気よく返事した。多分体の方で文字を書いているのだろう。
(タラントがやる気になってくれればどうにかなる。もうちょい時間があれば避難や応戦の準備も整うはず。何とか希望が見えてきたかな)
しかし、その数分後に絶望に叩き落とされることになった。
「ダックスが言っていたのは確かなのか」
「は、はい。間違いないです」
眉間に皺をよせながらカーチェに尋ねると、ただならぬ事態を察したのかカーチェの顔は青くなった。それでも義務のように報告を伝えてくれた。
「バーリの町から大軍が出発しているって……ようやくバーリについたら本隊が出発したところだったって」
リュカオンのように低く唸る。
敵の戦略の予想はこうだ。
まずノヴァローマの勢力圏ぎりぎりに補給拠点を作る。そこに食料を溜めておき、タラントまでの補給線を確保する。それから本隊がタラントに出発して包囲する。
端的に言えば持久戦をもくろんでいると思っていた。
しかし俺が食料を焼いたので少しくらい時間が稼げる予想だった。
だが。
(略奪による短期決戦に切り替えた? それともこっちの動揺を見抜いて勝てると踏んだ? くそ! わかんねえ!)
まだ見ぬ敵将アンドニウスの策がまるで読めず、いらだつ。
「ノエミ。何かわかるか?」
わらにも縋る思いで尋ねてみたが……その返答はそっけなかった。
「わかんないっすね」
「お前なあ!」
「いやでも、ここで焦ってもしょうがないっす。もうちょいリュカオンさんたちに偵察してもらわないと」
「……まあ、そりゃそうか」
ノエミの気楽な様子に俺の頭もちょっと冷えた。いかんいかん。指揮官は冷静じゃなくちゃ。
「ひとまず今日は休もうっす。もう遅い時間っすから」
「……そうだな。リュカオンたちの報告は明日聞けばいいか」
休める気分ではないけれど、休まなければいざという時に戦えない。気持ちを鎮めて用意された家に向かった。
自宅に戻ったノエミは誰もいないと確信してから崩れ落ちた。
「どうしよう……ぜんぜん読めない。何考えてるの? いきなり侵攻してくるなんて……」
がしがしと髪を掻きむしり、外面には出さない心情を吐露する。彼女は確かに軍略を叩き込まれているが、その精神性は普通の少女でしかない。
「でも大丈夫。大丈夫。あたしは天才なんすから。天才じゃなきゃいけないんす。そうじゃなかったら、あたしたちが今まで語り継いできた、知識の、意味がなくなっちゃうんすから!」
彼女の感じている重圧は他人に計り知れない。
一族の悲願。これから生まれるであろう犠牲。それらすべてが彼女にのしかかっていた。
「せめて……相手が……」
ふと、そこで言葉を切り、顔を上げた。
ばっと家から飛び出し一直線に彼女を目指す。
「カーチェさん!」
「ははははい!?」
首だけのままうとうとしていたカーチェは驚きながら飛び起きた。
「あ、起こしてすみませんっす。でもどうしてもバーリにいるリュカオンに調べてみてほしいことがあるっす」
「な、なんでしょうか」
「アンドニウスの経歴と、例のあれの時期っす」
ノエミは自信満々に見えるように努力しながら尋ねていた。




