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第43話 火計

 ルキウスは命令通り、補給拠点の防備を行っていた。

 防備と言ってもただただ突っ立っているだけでなく。柵を建てたり塹壕を掘ったり土嚢を築いたり……兵士ではなく大工になった気分だった。幸いにも部隊の中に豊穣の女神セレスを信仰しているものがいたためその魔法を使って作業はスムーズに進行した。

 しかしそこへ凶報……あるいは吉報が届いた。

「敵襲! 敵襲だ!」

 誰かが叫び、敵襲の合図が陣地に響き渡る。しかしそれ以上に感覚に訴えてくる気配があった。

「こいつはすげえミアズマだ。ルキウス殿。かなりの兵力ですぜ」

 人間はミアズマを探知でき、そのおかげで相手の兵力や距離をおおよそ把握できる。大軍が行進する場合音や土煙が出るのと一緒だ。

「ニザルス。だがこの敵……逃げていないか?」

「そうみたいですね。ここの防備を見て退却したんじゃないですか? そう判断して動かせる部隊は追撃に向かうみたいですぜ。俺たちも行きましょう」

 確かにニザルスの言葉は一理ある。だが、これほどの大軍をここまで連れてきた敵がそんな効率の悪いことをするだろうか。

(罠? あるいは……陽動?)

 この補給拠点で最も大事なものは何か。ルキウスの直感はすぐに答えを出した。

「違う。ニザルス。食糧庫だ。ありったけの弓矢を持ってこい!」

「へ、へい」

 ぎらりと目を光らせ断言したルキウスに、ニザルスは言葉を挟めなかった。


 自分の指揮するケントゥリアを率いて食糧庫に向かうと、かすかなミアズマを感じ取った。逃げているミアズマが大きすぎて認識するのが遅れたのだ。

「ハルピュイアか! 奴を近づけさせるな!」

 空から急速に接近する影を認めて速度を上げる。ハルピュイアは一定の高度を飛行できる魔法を持つがゆえにかなり警戒されている種族だが、一方で非力でもある。

 たった一人でこの陣地を襲うなどできるはずもない。だが、その狙いを限定すれば?

 ハルピュイアもルキウスたちの姿を見たのか、食糧庫の少し手前で、足で掴んでいた壺のようなものを投げ落とした。

 それが何かを直感しルキウスはまた叫ぶ。

「ニザルス! 水を持ってこい!」

「へ、へい!」

 ニザルスが返答すると壺が地面に落ち、火種が一気に燃え広がった。

 幸いルキウスの迅速な対応で食料は全焼を免れたものの一部はもはや食べられそうもなかった。




 ハルピュイアから報告を聞いたクラヴァスはかなり渋い顔をしていた。

「うまく対応されたか。普段はリュカオンの魔法で隠している俺のミアズマを解放して、数を誤魔化して陽動にする。そして空から一気に近づいて火をつける。悪くない作戦だと思ったんだけどな……勘のいい奴がいたか」

「きひひ。火はついたけど、あれだとすぐに消し止められただろうな」

 ハルピュイアはおちゃらけた口調だけど目は笑ってない。

 最初にノヴァローマのの防衛陣地を見た時は目を疑った。どこをどう見ても潜入なんてできそうになかったのだ。リュカオンならいけるかもしれないけれど……こんなところで危険を冒すわけにはいかない。

 あれを一日かからずに魔法と人力だけで作ったのだからすごい。この地道な建築力もローマの強さを支えているのだろう。

 敵ではあるけれど……いや、今はいいか。

「ま、時間稼ぎくらいにはなるさ。それよりも……やっぱり素人の生兵法じゃここが限界だ。……あいつに頼らないとな。ユリアのことも伝えなきゃいけないし」

 最後の言葉は特に小声だった。

「ワン。これからどうしますか?」

「……そろそろタラントの動向も決まってるだろう。一度連絡を取りたい。……でもバーリに潜入してるシェパたちも重要な情報を持ってるかもしれねえ……くそ、スマホがあればな」

「スマホ? なんですそれ?」

 問いかけてきたのはデュラハンのカーチェだ。当たり前だけどこの世界の誰もスマホを知らない。

「遠くへと連絡できる道具だよ。人間にも氏族にもそんな魔法はないし……」

 情報の伝達速度は最大の武器になりうる。ハルピュイアなら相当早いし確実とはいえ電気通信技術ほどじゃない。

 無線の開発は全く進んでいない。ぶっちゃけほとんど知らんし。俺歴史専攻だから詳しくねえんだよ!

「はあ。そのスマホ? の代わりになるものでもあればいいんですけどねー」

「まあな。そんなものがあったら……苦労、し……な……」

 じっと、カーチェの顔を見る。

 穴が開くほど、これほど人の顔を真剣に眺めたことがないほど、見る。

「あ、あの、クラヴァスさん? どうかしましたか?」

 恥ずかしそうなカーチェの声は聞こえていない。あまりにも突飛な思い付き。だがもしも、この思い付きが正しいとしたら?

「な、なあカーチェ。お前らってどのくらい首と胴が離れても平気なんだ?」

「え? えーっと……私が聞いた話では……間違えてタラントから頭だけシチリア島に行っても平気だった人もいるらしいですね」

 つまり、二百キロくらいなら問題ない。

 もしかしてデュラハンは……スマホの代わりになるんじゃないのか?


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