第42話 心の炎
天幕の外に出ると沈痛な面持ちの仲間たちと猿轡をかまされた人形が目に入った。
「シバ。そいつに聞きたいことがある。猿轡を外せ」
「ワン」
素早く猿轡を外すと、男は聞いてもないのにぺらぺらとしゃべりだした。
「き、貴様ら私を誰だと思っている!? 蛮族風情が私に手を出して後でどうなっても知らないぞ!? ルコーラ様がケントゥリアを率いて私を助けに来てくれるに決まっている!」
ありがたいことに大体聞きたいことは聞けたが、一応確認しておこう。
「ルコーラってのがユリアを捕まえた奴か?」
「ユリア? 誰だ?」
その場の全員の殺気が男に集中する。この男は名前すら聞かずにユリアをあそこまで嬲ったのだ。我慢の限界だったのかダックスが男を殴った。
「ガウウウ! そこの天幕にいたラミアのことだ!」
さっきまでの勢いはどこへやら、男は従順に、こびへつらうように答えた。もしかすると負傷するとミアズマを感じても闘争心が湧かないのかもしれない。
「そ、そうだ……ルコーラ様……叔父上はソムヌスの信徒で……眠りの魔法を使えるんだ。なあ、どうしてお前たちは私を貶めようとするんだ! 私が何か悪いことをしたのか!? 私の何が悪いんだ!?」
こいつにとって氏族を害することは悪いことに該当しないのだろう。
「お前の悪かったところは頭の中身だよ。おい。死にたくなかったら真剣に答えろ。お前らの指揮官は誰だ?」
「こ、この遠征の指揮官なら……代理のバーリ執政官アンドニウス様だ」
「他に何か知っていることは? 兵数や、武器、目的、なんでもいい」
「し、知らない! 本当に知らない! なあ、お前、人間なのか? なら私を助けてくれ! この蛮族ど」
ついに我慢の限界に達したクラヴァスは剣を首に一薙ぎした。こいつらと同じ生き物として扱われるのは耐えられなかった。
人形の首がぽとりと落ち、ほつれた糸が地面に散乱する。
「悪い。お前たちの仇、とっちまった」
ついてきたラミアへの言葉だった。
「いえ……構いません。あなたよりその男を殺すのにふさわしい人はきっといません」
「そうか……ありがとう」
人形に見えているとはいえ人を殺したはずだ。それなのに罪悪感どころかむしろ清々しい気持ちがある。
(グエナウスさん。あなたは正しい。おやじを殺されて、幼馴染を辱められて、正気でいられるわけがない。いや、正気でいていいわけがない)
どす黒い怒りを抱えながら、森の奥の闇を見つめる。
「代理とはいえ執政官が出てくるってことは本気だな」
「ワン? 執政官って代理でもできるんです?」
「選挙で選ばれたその町の最高責任者が執政官だからな。多分、現職に何かあってもっと低い地位の人間が代理を務めてるんじゃないか」
ちなみにこのあたりの役職は地球のイタリア半島とは事情が違う。
同じ時代のこのあたりの地域はギリシャの植民都市だったので政治体制もギリシャに近かったはずだが、ここでは逆にローマの植民都市のようになっている。
そのため役職もノヴァローマ、ひいては地球の古代ローマに近い。
執政官もナポリの執政官、バーリの執政官、と呼ぶのが通例だ。
「ガウ……バーリのトップが出てきているのなら……こちらはどうしますか?」
腕を組んで考える。
おそらく奴らは本気でタラントを攻め落とすつもりだ。政治的な交渉がなり立たないのならこちらも応戦するしかない。
「一度敵の補給拠点を見ておきたい。案内してくれるか?」
「ガウ! 皆様はどうなされますか?」
ダックスの質問は俺とシバ以外に向けられていた。
「あたしは行くよ。偵察にしても非常時の備えは必要だろう」
真っ先に答えたのが傭兵のラミアだ。さすがに判断が早い。
「あたしも行くぞ。面白そうだ」
マイペースに答えたのは今まで黙っていたハルピュイア。正直伝達兵がいるのは助かる。
「あの……私、何ができるかわかりませんけど……ついて行っていいですか?」
普段の元気が失せた様子のカーチェは涙目になっていた。
「助かる。あいつらから奪った食料を運ぶ人手がいるしな」
「……ごめんなさい。私は、いったんタラントに向かいます」
ユリアの知り合いのラミアは異なる決断だったがもちろん責める気はない。
「そうか。無事につくといいな」
「はい。ありがとうございます」
すっと彼女は森の暗がりに消えていった。
「さて。一休みと行きたいところだけど……ここを知っている奴が他にいるかもしれない。少し離れてから休むぞ」
全員が肯定の意を示した。
そこから離れる前に、一度だけ振り向いて天幕を眺めた。
ここにいる全員がそんなクラヴァスに気づいていたが、誰もが気づかないふりをした。




