第40話 遅すぎた到着
ぱちぱちと焚火の爆ぜる音が夜の森に響く。
ノヴァローマの兵士たちは歩き通しだった体を休めていた。
「まったく。ルコーラ様の甥っ子も元気だねえ。いくらルコーラ様が拠点に戻ったからってわざわざ野営までしてラミアと楽しむなんて」
十人の兵士たちは軽口をたたきながらいまだに向こうの天幕で享楽にふけっている上司の親類を詰った。
「ま、そういうなよ。ルコーラ様の眠りの魔法が冴えわたっているおかげで俺らもいい思いができるんじゃないか」
下種な笑いを浮かべながら、果実水をぐびと飲む。
この世界では発酵食品がないため酒が存在せず、甘味がかなり上位の嗜好品になっている。
「さっき果実水を持って来た奴もそういうおこぼれ目当てだったしな。タラントにはセイレーンが多いって聞くし結構お残しも多いんじゃないか?」
彼らは命を懸けて戦っているが一方でご褒美をもらえるからこそ戦いに赴けるという意識もある。
だが彼らの未来予想図はすぐに破綻した。
「あ?」
果実水が注がれた杯を取り落とし、中身が地面にぶちまけられる。
「おい、何やってんだ……?」
他の兵士も手がぶるぶると震え、嘔吐するものもいる。
「まさか……毒!? くそ、果実水を飲む―――――」
言い終わることなく矢が突き刺さる。
当然のようにそれらにも毒が塗られている。兵士たちは叫ぶ間もなく絶命していった。
森の暗がりから現れたのは当然クラヴァスだった。
「恐ろしい毒ですね……これほどとは……」
ラミアの傭兵たちも感嘆半分、恐怖半分と言った様子だった。
「トリカブトから抽出した毒だ。自生している場所はおやじに教えてもらった」
これも本来ならイレーネとの交渉材料の一つだった。念のために持ってきておいてよかった。
「トリ……あの猛毒の?」
「そうだよ。それよりこんな暗がりで矢を当てられたな」
まずシバとダックスが毒の入った果実水を渡し、残った敵を毒矢で倒す。シンプルな作戦だが上手くいった。
「我々は夜目が利く……というか夜でも居場所を感じ取れるのです」
もしかするとラミアには蛇のピット器官のように熱を感知できる感覚器官があるのかもしれない。
敵がいないことを確認してから天幕を睨みつける。
そっちにはすでにシバとダックスが向かっている。毒で感覚が狂っていたおかげでミアズマを探知されなかったが、天幕にいる奴はそうもいかない。
ひっそりと二人が救出に向かっている。
俺も足早にそこに近づく。
するとシバとダックスが一つの人形を手にして現れた。
(あ、これ人間か。リュカオンの魔法で人間を人形に見えるようにしたのは永遠に消えないのはホントみたいだな)
つまり目の前にいるのは……人間の屑だということだが、今はそんなことどうでもいい。
「よくやった」
短くねぎらってから天幕に向かおうとするが、がしっとシバに手を掴まれる。
「シバ? 何してるんだ?」
「ワウウ。お、遅かったみたいです。多分、魔法が切れたせいで傷つけられて……その、ユリアの姐さんはもう、助かりません」
「……」
言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
「わかった。でもお前は悪くない」
シバの手を押しのけて通ろうとする。
「待ってくださいクラヴァス! ユリアの姐さんは……ひどい姿で……きっと、クラヴァスにはあ、会いたくないと思うんです!」
「ガウ……俺も賛成。あんな姿を見せたくはないはずです」
「そうか」
理解はできる。理解しなくてはいけないのもわかる。
それでも。
「おやじは俺を守って死んだ。俺はおやじの死に目を見ることすらできなかった。本当に……すごく後悔したんだ」
無力な自分。何もできなかった自分。あれだけ親身になってもらったのに。
「あんな後悔はもうごめんだ。例え遅かったとしても。例え意味がなかったとしても。もしかしたらユリアの本意じゃなかったとしても! 俺は! 今! あいつに会わなきゃいけないんだ! シバ! その手を離せ!」
びりびりと言葉が夜の森に消えていき、そしてシバは手を離した。




