第39話 虜囚
クラヴァスたちは続々とタラントへ向かう避難民とは反対方向へと足を進めていた。
もちろん途中でユリアについて知らないか尋ねて回っていた。その甲斐あってユリアがいた村の住人の一人と接触することができた。
「わたし、知ってます。ユリアさんは……私たちを逃がすために囮になって……ごめんなさい」
申し訳なさそうに語る彼女に非はないものの、クラヴァスの歯軋りを聞くと彼女は怯えてしまった。
「悪い。八つ当たりしちまった。……シバ? どうかしたのか?」
「ワン! ダックスの遠吠えです!」
俺には聞こえなかったけれど、リュカオンには聞こえたようだ。
「どこからだ!?」
「案内します!」
機敏にシバは走り出す。
ダックスはバーリへ偵察に向かっていたはず。ここにいるということは引き返してきたのだろう。
ダックスなら何か情報を掴んでいるかもしれない。
「わ、私もいきます!」
「わかった。来てくれ」
ユリアの知り合いらしいラミアと一緒にシバを追う。
シバは俺でもついていける速度で走る。おやじに山歩きを鍛えられていなければとっくに音を上げていただろう。
カーチェたちも思ったより体力があるのかついてきてくれている。
時刻は夕方。
夕日に照らされた樹木は血がこびりついているようだった。
もう夜に呑まれそうな森でダックスは二十人ほどの集団の真ん中にいた。
「ダックス! 無事か!?」
「ガウ! クラヴァス! 勝手に戻ってすみません!」
「いや、いい。それよりその人たちは?」
最初は避難民かと思っていたが、弓矢や短刀などで武装している。多くはラミアとピュグマイオイだったが、一人だけハルピュイアが混じっていた。
その中で体格の良いラミアが答えた。
「我々は傭兵としても活動しているものです。以前お世話になったユリアさんが捕まったと聞いたのでお手伝いし……」
「ユリアが見つかったのか!?」
「ガ、ウ!? お、落ち着いてください……」
その通りだ。落ち着け。一度深呼吸する。
「どういうことだ。説明してくれ」
できるだけ優しく聞いたつもりだったが、ダックスの顔は怯えが混じっていた。
「ガウ……最初はバーリを偵察していましたが、俺たちと入れ違いで軍隊が出発したことに気づいて俺だけが戻りました。それからひとまず見つかりそうな村に避難を呼びかけつつ、情報の入手を試みました」
「それでユリアを見つけたのか?」
「ガウ。正確に言うと敵の補給拠点に帰ってきた部隊の中にラミアを捕らえたと話している奴がいて……」
「じゃあその拠点にユリアがいるのか?」
「ガウウ……その……」
ダックスは明らかに言い淀んでいた。ダックスに代わって傭兵のラミアが割って入った。
「失礼。クラヴァスさんはノヴァローマが略奪を行う理由をご存じかな?」
「そりゃ、食料の確保や生贄を用意するためだろ」
ノヴァローマと氏族の間に条約や協定は一切ないし、基本的にお互いを統治することもない。だから徴発や略奪に一切の遠慮がない。
「ええ。その通りです。今回の偵察隊は統制がとれていないのか、本隊が動くよりも先に略奪を開始しました。本来ならユリアさんは拠点に捕らえられていたでしょう。……幸運と言えるかは判断が難しいところですが……」
ユリアが防備の固い場所にいないのは喜ばしいことだ。しかし、吉報でないのはその顔を見ればよくわかる。
「ガウ……ユリアの姐さんを捕らえた奴の中に……趣味の悪いやつがいて……そいつが拠点の中じゃできないようなことをしているみたいです」
「……わかった。言いづらいことを言わせて悪かった。どこにいるのか、わかるか」
自分の声が自分じゃないみたいに、腹の底から這い出そうな感情をぎりぎり堪えた声で尋ねる。
「ガウ……ここからそう遠くない場所なんで……救出は不可能じゃないはずですけど……護衛が何人かいます」
「わかった。俺が作戦を考える。すぐに助けに行くぞ」
森を、歩く。
もう太陽は見えなかった。




