第35話 首無し
そして連れられたのは市場だった。
海風と何かを焼く香ばしい匂い。がやがやと不快にならない騒がしさ。まさに商いの中心地。
そこに並んでいたのは五人の人影。ただし、人体において最も重要なパーツである首がない。おっと、早まるな。ここは決して死体置き場でも殺人現場でもない。
五人の首はそれぞれ小脇に抱えられていた。
そう。
彼、彼女らは首と胴体が生まれつき別れた種族、デュラハンだった。そして俺たちにとって商品はまさにそのデュラハンだった。
ひそひそと小声でシバが尋ねてきた。
(ワウ? 何故デュラハンを売り買いするの?)
(いや、こいつらは商品じゃない。シチリア島のシラクサじゃ奴隷売買は禁止されてる。だから表立って人の売り買いはしてないんだよ)
まあ今まで奴隷だった奴については暗黙の了解だ。
(ワウウ? じゃ、こいつら何?)
(特別雇用労働者。……まあ要するに一括でお金を払う雇用形態だな。……金が支払われるのはこいつらの親族なんかになるけど)
(ワウ。それって結局どれ……)
(おっと、それ以上いけない)
ぶっちゃけ名前を変えただけでこき使える労働力なのだ。まるで技能実しゅ……げふんげふん。
(厄介なのはこいつらがデュラハン……つまり氏族じゃないってことだ……転移者の執政官はエルフを含めて氏族以外も保護する法律を作ったみたいでそれが生きているとシラクサに送らないといけない)
(ワウウ? でもその執政官は……)
(そう。もういない。イレーネめ。厄介な連中を俺に押し付けたな)
処理に困った献上品を押し付ける手練手管は女狐と呼んでも文句は言われまい。
二人で唸っていても事態は進行しない。
とりあえずデュラハンたちに話しかけてみることにした。
「ええと、俺はクラヴァス。君らは……誰かリーダーはいるのか?」
デュラハンたちはみんな俺と同じか少し下くらいで身なりはすごく貧しそうだ。……その時点でだいたい事情は予想できる。
「はい! 私はカーチェと言います!」
俺と同じくらいの年齢に見える女の子が元気よく答えた。カラッとした声だ。
当然だけど答えたのは小脇に抱えている頭だ。髪の毛は女の子にしては短く切りそろえられている。多分持ち運ぶときに邪魔なのだろう。目がキラキラしている気がするほど生気がみなぎっている。
会話しているのに目線を下に向けなければいけないのはかなり違和感がある。あと、頭の横にある山脈は貧しそうな暮らしのわりに大きくて目線に困る。
どっかの漫画で首を切られたらどんな生物でも死ぬとか言われてたけどこいつらはどうなんだ? そもそも生物なのか? いや、生物ってなんだ?
哲学的思考が一瞬頭に浮かんだが二秒で忘れた。
「ええと、君らはどういう事情でここに来たのか理解してるのか?」
「はい! お母さんやお父さんたちにご奉公しろって言われました!」
事情を理解していないのか。カーチェは朗らかに言い切る。あるいは理解したうえで明るく振る舞っているのか。
ちなみに、この世界でのデュラハンの立場はかなり微妙だ。
以前の執政官はデュラハンの保護施策を打ち出していたはずだけど、それ以前は迫害の対象だった。なんせ見た目が見た目だし……はっきり言って氏族はクリフォトから産まれない生物を疎んじる傾向にある。
かといってノヴァローマもデュラハンを人間として認めてはいないらしい。ミアズマがないから襲い掛かることはないらしいけど、よくて奴隷だとか。
いろいろと微妙な立場である彼女たちを……いや待て。だからこそ利用できるかもしれないのか?
「なあ。君ら文字は読めるか?」
氏族は産まれた時から文字が読めるけど、人間やエルフはそうではないらしい。デュラハンはどうなのだろうか。
「文字が読めるのは私だけです!」
また元気そうにカーチェがはっきりと答えた。裏表のなさそうな表情だった。
しかしカーチェだけ? なんで? ……あんまり深く聞かないことにした。若干闇が深そうな気がする。
「わかった。なら、カーチェ以外の四人はこれから俺が言うことを覚えて繰り返してもらう。できるな?」
カーチェ以外の四人はちょっと戸惑いながらも頷いた。




