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第31話 人魚

 二日かけてタラントの町を一望できる丘にたどり着いた。

 わずかに届く磯の香りから、ここが港町だということがよくわかる。

(俺、あんまり海にはいい思い出ないんだよな。なんせ前世で死んだ原因が海での溺死だからなあ)

 タラントには何度か来たことがあるもののあまり長居したくないのはそういう理由だった。

「急ぐぞ。門が閉まったらシャレにならねえ」

「ワン!」

「んだな」

 シバとアザーレも頷いて荷物を背負いなおす。

 旅路を急ぎながら見える夕日に照らされた白い海辺の町はとても絵になりそうだった。


 地球のタラントもこちらのタラントも同じく港町で交易が盛んだ。

 話によるとシチリア島からこのあたりの海運のうち六割くらいがタラントを経由するらしい。

 ここからの輸出品の大多数を占めるのは織物や陶器などらしい。

 このあたりも地球のタラントとは似ている。

 ただやはり街並みの大きな違いはクリフォトがあることだろうか。ところどころ本当のこの町の主は我々だと言わんばかりに巨大な樹木がそびえたっている。

 クリフォトは文字通り命の源であるため、クリフォトが集まっている場所に大きな町ができやすい。

 それはノヴァローマも同じでクリフォトから離れすぎると魔法の威力が弱まるため必然的にクリフォトの近くに町ができやすいらしい。

(言い換えればクリフォトの数や配置を調整すれば発展する場所をコントロールできるってことだよな。……まあ、クリフォトを作った何者かがいるって前提だけど)

「ってちょっと待てシバ! 屋台に近寄るんじゃない!」

「ワンっ!? つい、美味しそうで……」

「いやお前昨日メシ食っただろ」

 ちなみにリュカオンはかなり食いだめができる種族で腹が満腹になれば平気で二日か三日くらい絶食する。だから旅立つ前にかなり食べておいたのだが……本能には抗えないのか今にもよだれを垂らしそうだ。

「せめて宿に向かってからにするんだな」

「そうだな。アザーレの……いや、すまん。先に用事ができた」

「ワウウ?」

「どうしたんだな?」

「あれだよ」

 俺の前方には供回りに護衛され、貝殻や珊瑚のような装飾品を身に着けた高齢ながらも美しい女性がまっすぐにこちらに歩んできた。

 あれがこの町の首長であるセイレーン、イレーネだった。


 さて、ギリシャ神話におけるセイレーンは人魚……ではない。海の近くに生息し、人を歌で惑わすとされているもののその姿は鳥のイメージを持っているらしい。

 が、時代が下るに従い人魚としての姿が定着する。ローマの時代だといろいろごっちゃになった状態らしい。

 そしてこの世界ではどちらかというと人魚に近い。

 足は二つあるがその爪先はヒレになっており、腕にも水かきがついている。

 イレーネは青い髪が美しく波打っており、その瞳もまた湖のような水色だった。

 本来セイレーンは服装も露出が多いのだが彼女は腹回りあたりを隠しているあたり衰えがあるのではないかと邪推せずにはいられな

「初めまして。印落ちの人間。何か不埒な考えでもありまして?」

「まさか。お初にお目にかかります。イレーネ様」

 この世界特有の文化である右手を右胸に置く敬礼を示す挨拶をする。私の心臓はここにあります、あなたを害するつもりはありません、という意味合いで本来なら左胸を差すのだが、俺は少し事情が違う。

「右胸を示すとは。本当に心臓が右にあるのですね」

「ええ。確かめますか?」

「ふふ、それはいささか無作法にすぎましょう」

 雅に微笑む所作はなるほど、確かに上に立つ人物のようだ。

 なお、クリフォトから産まれる氏族は当然ながら世襲という概念の認識が違う。同じクリフォトから産まれた氏族が役割を引き継げばそれが世襲と呼ばれるようだ。イレーネは姉、つまり少し年上の同じクリフォトから産まれたセイレーンからタラントのトップの座を受け継いだので、世襲したとみなされている。


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